――医療費が高額に及んだ場合の自己負担額に上限を設ける「高額療養費制度」の限度額引き上げが進められています。
今年3月、制度見直しを織り込んだ予算案が可決されました。これに対して患者団体や保健医団体などが見直し撤回を求めて声をあげ、署名活動では短期間に30万以上の人が賛同しています。本日は、難病当事者でもある水戸部さんに、この制度見直しをめぐる問題についてお伺いします。まず、水戸部さんご自身の状況についてお聞かせください。(聞き手:本誌編集部 照井美優)
水戸部ゆうこ
(みとべ・ゆうこ)がんピアサポーター。1974年生まれ。東京都小平市在住。 2018年に肺がんを発病。2022年2月、「ささえあい(ピアサポート)」を目的とした集いの場、「地域でがんサロン~CancerおしゃべりCafe」を立ち上げる。現在、小平市内施設や職域である千代田区の銭湯で月ごとに交互開催。著書に『がんなのに、しあわせ』(good.book)。
水戸部 私は2018年に肺腺がんのステージ4の状況にあることがわかりました。当時私は44歳で、子どもは小学5年生と2年生。子育てをしながらフルタイムで働き、活動的に過ごしていたところだったので、衝撃でした。
咳が止まらなくなって病院に行ったんですが、検査中に医師から「肺腺がんのステージ4」と告げられて、本当に頭が真っ白になり、同席していた夫も絶句して……。当時は、がんの知識もまったくありませんでした。
その後、人にそれを伝えるかどうかで迷いました。治療が始まって薬の副作用で皮膚が荒れているなか、帽子を目深にかぶったり、マスクをしたりして学校公開に行くこともありました。でも、誰にも声かけることができなくて、人とのコミュニケーションがうまくいかない、どうしたらいいのかわからない、という状態でした。
ある日、子どもたちが学校でがん教育を受けていて、「がんは生活習慣が悪いとなります」と教わったんです。ところが、私はタバコも吸いませんし、お酒もたいして飲みません。「がんになった人=生活習慣が悪い」というイメージが浸透するのは心外で、自分から伝えないと誤解されてしまうと思い、学校に電話したら、幸いなことに理解してもらえたんですね。それがきっかけで、自分からカミングアウトしなきゃいけないと思いました。それが2年目でした。
子どもの教育費のこともあって、何かしなきゃ、社会とつながっていたい、と思っていたところに、子どもを持つがん患者の集まりのメールマガジンから、がん患者を対象とした社労士事務所の求人が来たんです。アルバイトだったのですが、その時に「自分の闘病の様子をブログに書いてください」という話があって、そこから社会的に発信するようになりました。
治療にともなう経済的不安
水戸部 最初に使い始めたのは分子標的薬という抗がん剤で、1日1錠なのですが、かなり高額で当時1錠2万4000円ぐらいしました。3割でもかなりの負担です。それを毎日服用しないといけない。お金をかけて治療を続けていかないといけないことがショックでした。当時、何が心配だったかといえば、お金のことと子どものことなんです。子どもが成長していく過程を、私は見守れるのだろうか。治療費のこと、仕事のこと、そういうことを考えていると眠れなくなっていきました。睡眠導入剤を処方してもらったり、精神腫瘍科にかかったり。がん患者の5人に一人はうつ病など精神的に衰弱するというデータもあります。
そのうち、元気が出なくて仕事に行けなくなりました。当時の仕事は、がんと分かる3カ月前に始めたばっかりだったんです。これからという時にがんがわかって、心が折れてしまい、休職して、どうしても復帰する力が湧いてこなくて、結局、退職しました。
治療の当初から高額療養費制度を利用できたことは、本当に大きな支えでした。まず、治療費を月の自己負担限度額までに抑えることができます。収入によって限度額が変わるのですが、私の場合は上限8万円程でした。そこからさらに、「多数回該当」といって、直近12カ月以内に治療費が3回8万円ほどに達すると、4回目以降はさらに引き下げられる仕組みがあり、私の場合は月4万4000円に抑えることができました。働けなくなっていたこともあり、命を支えるシステムだと痛感しました。
ただ、私の治療は紆余曲折でした。新薬の開発にともなう治験だと製薬企業が薬代を負担するので、治療費しかかからないんですね。その治験への参加を約2年続けました。一つ目の抗がん剤は高かったのですが、二つ目の治験の薬は安く済んだので、高額療養費の基準に届かず、ありがたかったのですが、その薬が効かなくなったらまた標準治療に戻り、高額の薬剤費を払うことになります。その場合、多数回該当の基準になるまでの3カ月間はまた通常の上限額まで払うことになります。
私の場合、昨年12月まで使っていた薬が効かなくて、脳に転移してしまったので、今年1月から放射線治療をしつつ、副作用が少なめの薬に変えたんです。ただ、使える薬はもうほとんどなくて。最初の治療を一次治療、次の段階を二次治療と言うのですが、私は現在、八次治療で8個目の薬です。長く生き延びられているということでもあるのですが、このあとは一種類ぐらいしか使える薬は残っていません。肺がんの人の平均余命は4年、私はもう8年目です。薬を飲みつづけると耐性ができて効かなくなってくるので、違う薬に切り替える。薬を変えながら生き延びるというのが、進行がんの治療方法なのです。もちろん、ステージが軽い場合は、手術や放射線治療で治る人もいるのですが、私の場合、気づいた時にはステージ4で、手術も放射線治療もできなかったので、抗がん剤で延命治療を繰り返している状態です。そして、この治療のあいだ、高額療養費制度のありがたみをずっと感じてきました。
今も治療を続けていますが、現在服用中の薬は安い薬で、自己負担限度額に届かないため、多数回該当には当てはまっていません。ただ、いずれまた違う薬に変えなければいけません。その時、高額な薬に変わったら、自己負担額上限の治療費を3回支払わないといけないことになります。
こうしたことはほとんど知られていなくて、私のような闘病患者には常に多数回が適用されていると思い込んでいる関係者も多いです。多数回該当になると、先ほども言ったように、私の世帯の収入では8万台が約半分の4万4400円になって家計は本当に助かるのですが、実際、長期療養者で、ずっと多数回該当に当てはまるかというと、そうではありません。多数回該当の上限額については今回は見直しの対象になっておらず、それはよいのですが、やはり、私のような長期にわたる闘病患者でも全体として負担額が重くなってしまうことは避けられません。
自己負担額の引き上げ
――今回の見直しにはどのような問題があるのでしょうか。
水戸部 一言でいえば、負担額の引き上げということです。自己負担額がまず今年8月から引き上げられ、来年8月になると収入の細分化の上、さらに引き上げられます。
私の場合、今年は7%の引き上げですが、来年になるとさらに3万円上がって月々11万を支払うことになります。それを3回続けないと多数回該当にはならない。また、年収600万円前後の家族ありの世帯の場合、家族を養いながら、何の控除もありません。私には大学生と高校生の子どもがいますから、教育費が一番かかるライフステージです。その中で月11万の治療費を支払っていたら、とてもじゃないですが生活がもたない。働けない患者さんはもちろん、働ける人も、本当に窮地に追い込まれてしまいます。
闘病者の生活を苦しめるような政策は、何のためなんですか? 「制度を維持するため」という名目で、受診抑制をせざるをえないような制度にしてしまう。8万円の治療費が11万円になったら、病院に行けなくなる人が出てきます。そういう状況の中で、自分から死を選択する人だって出るでしょう。がん患者の希死念慮は病気でない人の2・4倍というデータがあります。
加入している保険によって負担額が変わることにも疑問があります。たとえば中小企業などで働く人が加入する協会けんぽでは8万台が11万台になるのですが、国会議員などの国家公務員の共済では同じ収入の世帯でも2万5000円から5万円です。
今回の見直しにあたり、国は「長期療養者のための配慮」として、多数回該当とは別に、一定の所得以下の方について年間53万円という上限額を設けました。しかし、この上限額もかなり高額です。政府は「患者団体の意向に沿うもの」と言いますが、都合のいい受け止めだと思います。
――石破政権時には制度見直し案が出たものの反対の声を受けて凍結されました。昨年の自民党総裁選時には高市現首相はこの問題に「見直し反対」という姿勢を示していました。ところが新政権発足後はこの問題を復活させ、ついには予算案可決にまで至りました。
水戸部 政治不信になりますよね。石破さんは、全がん連(全国がん患者団体連合会)理事の轟浩美さんらを参考人招致し、出張先からとんぼ返りして面会された際、「(轟さんらの)この言葉を聞いて、心震えぬ者はいないでしょう」と言われたそうです。その結果、制度見直しは凍結され、政治に少し希望を持ったんです。ところが、いつの間にか同じ話がまた出てきて、しかも今度は話を聞こうとしない。この見直しでどのくらいの影響が出るのか、患者の生活が困窮しないか、実態調査もせずに進め、あたかも私たちが同意したかのような言い方までしていて、怒りを感じています。
今度の制度見直しによって、生活費の4割を治療費に当てないといけないような状況も出てきます。国民皆保険制度の本質が崩れるような異常事態ではないでしょうか。でも、その目線になかなか立ってもらえない。
「制度の持続可能性」とは
――国は見直しについて説明する際に、「制度の持続可能性」という言葉を使っています。
水戸部 制度自体は持続させるのかもしれませんが、本当に困っている人を救えなくなってしまう、それでいいのでしょうか。苦しい人のための制度なのに、生活が困窮して治療も大変な人を切り捨てていく制度になってしまいます。
国は、療養費で削減した分は少子化対策に用いるとも言っていますが、少子化対策を重視するのであれば、なおさら弱い人に寄り添うべきではないでしょうか。将来への安心が得られないからこその少子化だと思います。そして、実際には軍事費がとても増えていますよね。5年で43兆円もの金額にして、さらに増やしていくという。
今年度から、少子化対策の財源として「子ども・子育て支援金」の徴収も始まりましたが、日本の教育費の家計負担は世界で4番目に高く、OECD加盟国の平均22%に対して50%ぐらいが個人負担となっています。この状況で治療費も払っていくとなると、年収が600万円あっても貯蓄はできません。少なくとも現状の高額療養費制度を維持してくれないと、特に自宅外通学の大学生を持つ家庭では、支払い余力がマイナスになります。こんな状況だから、私たちの調査でも進路変更を検討する人が40%もいるのです。暫定的な見直し案では、年収600万前後の世帯の負担が急激に上がるようになっていますが、むしろ全体を緩やかに下げてほしい。高額療養費制度と少子化対策は、地続きの問題として考えてほしいと思います。
生活の困窮とか、子どもが自分の希望する進路に進めないとか、この状況をどうにかしたいのです。難病患者の家庭では、子どもが家計を支えるために、自ら働くと言い出すのです。それを国はどう思うのでしょうか。
私の長男の友達に、お母さんが肺がんの方がいました。彼は首席で高校を卒業したのですが、就職を選びました。それは、お母さんへの優しさなんです。そういう当事者の努力や優しさに、国があぐらをかいていいはずがありません。彼のお母さんが私に「子どもに申し訳ない」と言ったんです。大学に行かせられなくて申し訳ないって。彼女は自責の念を抱えながら、これからも闘病していくことになるわけです。
がん患者だけに限らず、親の状況がどうであれ、どの子にも選択肢が開かれていて、大学で勉強したい子には学べる政策を、国は進めないといけないんじゃないですか。子どもが安心して学べて、未来を選び取れる制度にすることが大事なのに、今は逆方向に向かっているように思います。
自分たちの子どもだってがんになるかもしれない。だから、未来のためにも諦めちゃいけない。今の政権は「日本列島を、強く豊かに」とスローガンを掲げていますが、弱い人の気持ちになって考えられる社会であってほしい。
――国は見直しにあたって当事者を含む専門委員会で議論を行なったとしています。この専門委員会ではどのような議論がなされたのでしょうか。
水戸部 私は厚労省のサイトから動画配信で見たのですが、たしかに患者団体の代表が意見を述べる機会は与えられていました。でも、その内容が決定に反映されていません。専門委員には国側の立場を代弁する人が多いので、これでは出来レースではないかと感じました。専門委員会は形式的なもので、結局は国の方針に落ち着かせるためのお膳立てだったのではないでしょうか。
当事者の生の声を伝える
――水戸部さんは、いつから制度見直し問題に対して取り組んでこられたのですか。
水戸部 私が最初に高額療養費制度の限度額引き上げの話を聞いたのは、2024年12月でした。衝撃を受けて情報を集めていましたが、2025年1月になり「オンライン署名をやろうか」と近所の仲間が言ってくれて。それは効果がありそうと思い、1月中旬に一人で立ち上げました。
誰かが言わないと、誰も気づいてくれない。当事者だからこそわかることを言わなきゃいけないと思いました。「生きること、子どもの未来を諦めろっていうの?!」というテーマで署名を募りました。この言葉が効いたのか、短期間に5万8000人の署名が集まりました。
その後、保団連(全国保険医団体連合会)さんが署名運動を立ち上げて、私も協力しました。保団連職員の一人ががんサバイバーで、もともと友達だったんですよ。その友達と私と、周辺の人たちでアンケート調査を作りました。これによって、高額療養費制度の限度額が上がった場合、子どもを持つがん患者はどうなるか、データに基づいた訴えができるきっかけになりました。私一人ではできなかったことなので、非常に助かっています。保団連さんの先生たちが各地から白衣で集まって、議員会館の前で抗議活動をしたこともありました。たった一人のがん患者、一市民ではありますけど、当事者の声は必要とされているし、署名数からも自分の声が届いていると感じています。
予算案は通ってしまいましたが、反対しつづけないと来年8月には600万前後の年収世帯の限度額がさらに30%も引き上がるので、声を上げていきたいです。
苦しい人の居場所をつくるために
――現在のご活動についてお聞かせください。
水戸部 2020年にがんサロンを始めました。きっかけは、初めてできた「がんともだち」いわゆる「がんとも」が、肉腫というがんで亡くなったことでした。彼女には未就学のお子さんが二人いたんですが、周囲の人にも自分の状況を打ち明けられないまま、亡くなりました。
がんであることを言いやすい世の中だったら、せめて精神的な部分で、周りの人が関わることができたんじゃないか、それができない社会ってなんなんだろうと思い、ピアサポーター養成講座を受けて、サロンを始めました。
がん患者の3分の2は65歳以上なので、年齢を重ねると周囲に結構いるんですけど、年間30万人ぐらい罹患する就労世代のがん患者さんの中で、孤立してしまう人は少なくない。こんなにつらい状況を抱えながら生きていることについて、せめて同じ仲間同士で話ができて、その内容を許される範囲で外に発信する。この状況を理解してもらって、ゆくゆくは制度や社会風土の変革につなげたい。
――闘病じたいが苦しいことなのに、それに加えて経済的な心配が増やされ、制度見直しに対して声を上げることにも大変なご苦労があるかと思います。
水戸部 いちばん苦しい当事者が、ただ声を上げるだけでなく、取り組みの先頭に立たなきゃいけないこの国が心配です。看護師さんとかケアマネージャーさんとか、ケアに従事している人たちもみんな心配していると思いますが、今の社会では声を発するのが難しいのですね。
国会議員だけでなく、なかなか社会的に当事者意識をもって議論がされていないことも心配です。若い人たちにも私たちが取り組みの意味をぜひ届けたいと思いますね。
ピアサポーターの活動では、20代は少ないですが、私の年齢に近い40代は多い。30代は乳がんになる女性の方が少なからずいます。がん種・性別・年齢を一切決めずに幅広く話を聞きあって、自分の学びにもしたいと思っています。私ががんになった時に、話せる人がいなかったんですけど、皆さんそうなんです。会社にも家族にも言えないっていう人も多いです。そんな中で同じ患者同士だったら、打ち明け合えて、心を支え合える。特に若いと患者数が少ないので、同じ居場所で話すことを大事にしています。
――最後に、今後の取り組みと展望についてお話ください。
水戸部 自分の生活と子育ての状況など、闘病患者の声をこれからも発信していきます。今年8月の引き上げは決まってしまいましたが、来年8月の引き上げは阻止したい。
病気にならない人なんていません。だからこそ、みんなの未来のために言いつづけます。年を取るにつれて病気のリスクは上がるし、若くてもがんにはなる。病気を抱えながら生きることがどれだけ大変かを、当事者として伝えていかないといけないと思っています。
今はまだ当事者ではない人も、障害や病気がある人も、誰もが幸せになれる社会であるよう、病気になったら人生は終わりという社会にならないよう、人に優しい社会を築いていきたい。できることを続けていきます。
――本日はまことにありがとうございました。






