前に進めば進むほど、好むと好まざるとにかかわらずゴールは遠のいていくだろう。本書は、過去に生まれた可能性の瞬間を記録に残し、その背後にある人々の物語を語り、こんにちの連帯の希望を未来に伝えるための取り組みなのだ。(33‐34頁)
1.失敗の歴史から希望を受けつぐ
歴史には様々な社会運動の失敗が埋もれている。理由のないことではない。そもそも既存の社会のなかで力を持たない、あるいは差別をされている個人や集団が、その状況を変えるために運動を起こすのだとすれば、その出発点ははじめから「失敗」の側に傾いているのだから。
しかし、運動が失敗するとはどういうことだろう。短期的には、その運動の掲げる目標が達成できなかったときである。しかしその「失敗」した運動は、まさにそのさなかに、人々に生きる希望を与えたかもしれない。絶望から人々を救ったかもしれない。あるいは、世の中にインパクトを与え、差別と不公正の存在を知らしめたかもしれない。運動を担う当事者たちの要求を、世に伝えたかもしれない。そしてその運動は、時を超えて、未来の人々にインスピレーションを与えるかもしれない。そう考えれば、運動の「失敗」を語るのは意外にも難しい。
本書から例を引いておこう。1975年、フランスのセックスワーカーや活動家らの連合はリヨンにあるサン・ニジエ教会を占拠した。驚くべきことに、教会の司祭は警察を呼ぶのを拒否した。占拠者たちはマスコミにパンフレットを配り、大多数のセックスワーカーは働く母親に過ぎないことを強調した。「純潔」の性道徳を掲げるとされてきたキリスト教会という場所で彼女たちは、家庭を守る母と、堕落したセックスワーカーという二項対立的な認識を翻し、セックスワーカーの生存にとって必要なものとは何かを世の中に訴えようとした。
今では、フランスには「北欧モデル」と呼ばれる買春者処罰の法制が敷かれている。セックスワーカーの交渉力を削りとり、とりわけ移民やトランスジェンダーの人々の安全を損なうと批判されることのある法制である。教会を占拠したセックスワーカーたちの運動は「失敗」したのだろうか? 答えは簡単ではない。なぜならその後数十年にわたって、リヨンで起きたこの教会占拠という手法はセックスワーカーの活動にインスピレーションを与えつづけたからだ。1982年には、イギリス売春婦コレクティヴが教会を占拠して12日間立てこもり、セックスワークの犯罪化に抗議し、法的権利を要求した。今日の私たちが「セックスワーク」という概念を手にし、その非犯罪化というアプローチを議論できるのは、このような「失敗」の運動があり、COYOTEなどのセックスワーカーの当事者団体の活動の蓄積があったからなのだ。
本書は、ジャーナリストである著者が、そうした失敗の歴史を寄せ集めたモザイク柄のタペストリーである。筆者は言う。「運動が失敗した」というのは、私たちから政治的関心を奪うためのレトリックだと。それはまた自己予言的でもある。「運動は失敗したのだから顧みられる必要がない」という断言は、現在世代がそうした過去の運動から変革のインスピレーションを受け継ぎ、希望が未来につながるための回路を断ち切るからである。
だから著者は、過去に生まれたラディカルな運動の瞬間を記録する。邦訳の帯に大きく印字されているように、失敗の歴史を寄せ集める試みは「権力者にとって最も都合の悪い歴史を書き残」すことでもあるのだ。
2.ラディカルな歴史を掘り起こす
本書の原題は Shoulder to Shoulder: A Queer History of Solidarity, Coalition and Chaos. 直訳すれば「団結して肩を組む:連帯と連合とカオスのクィアな歴史」である。著者はゲイ男性であり、本書ではそのほとんどのエピソードで、「ストレート」ではないクィアな人々が登場する。
現代の私たちはLGBTQ+というカテゴリーを有しており、LGBTQ+の人々による運動も存在する。この書評を書いている私も、そのような運動の内部に明確に身を置いている。しかしそうした「LGBT運動」の現在に、著者は批判的でもある。なぜなら現代のLGBT運動は、性的指向と性自認(および性別のありかた)のマイノリティ性という一点に関心を集中させ、往々にして、既存の社会への包摂的統合のみを志向する向きが強いからである。
現代のLGBT運動は、その始祖を1969年の「ストーンウォール蜂起」に求めることが多い。この蜂起に由来する、街に出て自らの姿を示すという運動スタイルはその後「プライドパレード」という形をとって世界中に広がり、日本でもそうしたパレードが毎年各地で開催されている。そうしたパレードが、LGBTQ+の人々の可視化のために果たした役割は計り知れない。しかし、著者はここに見落としがあることを懸念する。それは、1969年という時代がどんな時代だったかということに関わる懸念だ。
1960年代から1970年代のアメリカは、変革と激動の時代である。黒人解放運動があり、ブラックパンサー党のようなラディカルな活動が生まれ、ベトナム反戦運動があり、反核運動があり、女性解放運動があり、そしてゲイ解放運動がある。それが1960年代末という時代の立ち位置である。だからこそ著者は、ストーンウォール以前からすでに存在していた、同性愛者とブラックパンサー党の「連帯」の事例に注意を促す。「同性愛者の自由を求める委員会」が発行したパンフレットには、その連帯が力強く謳われていた。同性愛者と黒人のあいだには、解放という共通の目的があるだけでなく、警察暴力という共通の敵がいる。「我々が同志と腕を組んで運動を起こせば、われわれ全員で自由を勝ち取ることができる」。
ゲイであることや、性別を変えて生きていくことが、それだけで社会から完全につまはじきにされる理由として正当性を持っていた時代。それは、そうした人々が警察暴力に怯えなければならない世界でもあった。そして、今でもBLM運動において警察と刑務所という問題が焦点化されるように、国家暴力との対峙は黒人とクィアの人々にとってどちらも避けられない課題だった。周知のように、ストーンウォール蜂起もまた、そうした警察権力との対峙が引き金になっている。こうした「蜂起」に端を発するゲイ解放運動が、ブラックパンサー党の活動や刑務所廃止運動などのラディカルな社会変革の熱と無縁であることはありえない。著者はそう呼びかける。
イギリスにおいても事態は同様である。同性愛者やトランスジェンダー的な人々は、事実としてほとんどが労働者階級に属している。だからこそ、UKのゲイ解放戦線は労働組合や労働者階級の主張に賛同し、搾取を可能にする労働法に反対の声をあげた。
しかし、そのような「肩を組む」ような連帯の歴史が、現代のLGBT運動のなかに響いているとは必ずしも言い難い。プライドパレードには有名企業の協賛がつき、アイデンティティに基づく可視化と包摂に力点を置いた運動は拡大しつづけていった一方、世界中で低賃金の不安定雇用を生み出し、人々の健康と富をむさぼるグローバル企業と「肩を組む」そうした運動は、資本の再分配のあり方を根本から問うようなラディカルな運動から離れてしまった。果たして私たちは本当に「ストーンウォール蜂起」の継承者なのだろうか。
もちろん、歴史は単線的ではない。混乱後のバー「ストーンウォール・イン」の窓には、「仲間の同性愛者たち」に向けて「穏やかな行動を続けるよう」求める、マタシン協会が書き残したメッセージが残っていた。協会は、当時のアメリカで社会的な体面を保つことを重んじた同性愛者の活動体である。リベラルな運動とラディカルな運動。その緊張関係こそがストーンウォール以来の歴史である。
それだけではない。ストーンウォールの混乱のさなか、女子拘置所の窓から「ゲイライツ! ゲイライツ! ゲイライツ!」と叫ぶ声があった。被収容者たちが、火のついたものを片っ端から投げていた。「女性たちはどこかでストーンウォールのことを聞きつけて、拘置所のなかで騒ぎを起こすようになった」のである。しかし、時代の記録を男性たちが独占したことで、この「連帯」は忘れ去られてきた。そう苦々しく語るのはリタ・メイ・ブラウンである。リタ・メイ・ブラウンはレズビアンフェミニストの作家であり、1960年代から1970年代にかけてのラディカルな女性解放運動を生きた人物である。
ストーンウォール蜂起から55年の時が経ち、日本初のプライドパレードからも30年が経過した。その時間は、クィア/LGBTQ+の人々が希望と生存を受けついできた、誇るべき歴史である。しかしその時間のなかで、私たちは誰と肩を組み損ねてきたのだろうか。もはや神話として語られる「ストーンウォール蜂起」に、現代のクィア/LGBT運動が縛られつづけることには問題が大きい。そして、職場や地域、学校での排除を減らすための包摂の運動は、それはそれで骨の折れる、困難かつ喫緊の活動だ。その価値はいかほども否定されるべきではない。しかし、本書のこうしたラディカリズムの発掘を通して、私たちは変革をもたらす熱量の源泉にふたたび向き合うことができる。
3.特権とアライシップ
もちろん、連帯は容易ではない。具体的な事例を通して著者もたびたび記しているように、共通の目標を掲げて行動を起こすには、ときに長い時間を要し、粘り強く相手を説得しなければならない。運動の中にも差別やハラスメントはあり、その対処や防止に多くのリソースが割かれることもある。不当な現実にぱっと駆けつける、そうした軽やかな連帯にも大きな価値があり、本書で挙げられる「カオス」な運動の多くはほとんどがそうした参集を契機としている。それでもしかし、活動を組織化し、中長期の目標を立てるや否や、立場やアイデンティティが同じでない人々とのあいだで、時間のかかる調整や交渉が待っている。
そうしたコストを払うのは面倒なことだ。そして、より問題的なことに、現在ではそうしたコストを払わないことの方が、むしろ「アライシップ」として賞賛されるようになっている。
本書の「はじめに」と、末尾にあたる「解放に向かって」は、それだけでも読むに値する名文である。注目すべきことに、そのいずれにおいても著者は、エマ・ダビリ著『白人が次にできること――アライシップから連携まで』(邦訳未公刊)を参照している。「現代の「反人種差別」の議論の多くは[…]階級や資本主義の視点が欠けていて、人と人のあいだにおける「特権」の問題にすり替わっている」というダビリの指摘を、著者は現代のLGBT運動にも妥当する課題として、あるいは、現在の社会運動一般に妥当する課題として認識している。
「アライ」という言葉が日本語圏でも広がったのは、LGBTの文脈であろう。そこでアライとは、いわゆる性的少数者の当事者ではない人たちが、当事者の味方であることを意味する。確かにアライ(味方)が増えるのは大切なことだ。しかし、そうした当事者/非当事者という線引きは、アライであるにはどうあるべきかという、個人の行動の次元に重きを置いた規範を生み出す一方で、同性愛や性別移行などを経験する人々を苦しめている構造的不正義が、そうした経験を共有してはいない人々を苦しめている構造的問題と共通の根をもっているという事実を後ろに追いやっていく。アライ(非当事者)は、でしゃばりすぎないこと。アライ(非当事者)は、自分の特権を顧みること。人間同士のコミュニケーションにおいてはたしかに重要なそうした行動規範は、しかし、真のアライシップにむしろ反する。著者はそう主張する。
真のアライシップとは、連帯である。肩を組むことである。共通の目的を見極め、より広範な正義を追求すべく団結することである。そこには相互性がある。しかし今のアライシップの枠組みは、差異ばかりを強調し、目標の共通性を見失っている。一歩引いて「当事者」を立てる。その後退は、問題の「当事者」に全てを背負わせ、構造的不正義に対する格闘から身を引く無責任となかば一体化してはいないだろうか。著者の問いは切実だ。
現代のLGBT運動には、たしかに課題もある。その課題と限界は、この2年で恐ろしいまでに吹き荒れている、米国発信のバックラッシュによってますます顕在化している。どうすれば、その課題と限界を乗り越えることができるだろうか。問われているのは、クィア/LGBT運動自身がラディカリズムを取り戻せるか否かであると同時に、これまで「当事者」ではないとされてきた人々が、どうすれば真のアライシップを結び直すことができるのかである。
トランスジェンダーに対する差別的な攻撃を梃子にして米国大統領に返り咲いたドナルド・トランプは、国際法を踏みにじりながら世界中に戦火と緊張、混乱を招いている。日本でもまた、「LGBT」と「外国人」を文化と安全の破壊者という共通のフレームに押し込めて差別票をかせぐ政党が国会で堂々と議席を得ている。いったい誰が、問題の「当事者」なのか。上品なアライシップに立ち止まっている時間など、残されていないはずだ。
絶望しそうにもなるかもしれない。「だが、どれほど不幸であっても、そのとき必ず全員で生き延びるのだと決意して、できることをやり続けなければならない。世界はもっとよくなるという希望をもち続けるために」(349頁)。
わたしたちは肩を組み、より優しい未来に向かってともに歩んでいくことができる。







