『地平』2025年1月号

熊谷伸一郎(『地平』編集長)
2025/12/05

編集後記 

 このところは毎朝の新聞がどうにも精神衛生的に良くない。隣国との強まる緊張、排外主義の高まり、たがの外れた軍拡の動き、「停戦」後も続行されるイスラエルの蛮行などなど。新潟の東京電力柏崎刈羽原発の再稼働をめぐる県知事同意の報道には、また同じことを繰り返すのか、と徒労に似た感覚にため息が出た。

 記憶の風化、ということが指摘される。そうかもしれない。しかし、3・11のあの恐怖を、本当にもう忘れてしまったというのだろうか。事故はまだ収束しておらず、放射性物質の流出も続いていて、避難をしている人も少なからずいるというのに。いかに「選択的な健忘症」とはいえ、都合が良すぎはしないか。

 だが実際には、記憶の風化というより、無反省というべきだと思う。未曾有の原発事故とその被害をもたらしたことへの無反省である。そして、その無反省をもたらしているのは、不処罰ではないだろうか。

 本誌で繰り返し掲載(後藤秀典氏の連載「司法崩壊」など)してきたように、2022年6月17日のいわゆる6・17判決で最高裁は政府の責任を免責し、2025年3月5日には東電経営幹部の刑事責任も免責した。あれだけの事故を起こしておきながら、そしてその事故の危険性は繰り返し指摘されていたにもかかわらず、日本の司法は誰一人としてその責任を問わなかったのである。

 今号の「知層」で、イスラエルの戦争犯罪をめぐる民衆法廷の取り組みを根岸陽太氏が報告している。アメリカをはじめとする共犯国家(本号アルバネーゼ新報告書参照)の後ろ盾を得て、ネタニヤフ首相以下は司法の裁きから逃れようとするだろう。だが、大量虐殺という蛮行を不処罰のままにしてはならない。同じことを繰り返させないためだ。

 そして、前号の高橋哲哉インタビューで語られたように、「無反省」の高市政権の登場を許したものもまた同様の構図で理解できよう。不十分に終わったアジアへの戦争責任の追及を反映して、その反省も不徹底であった。だが、東アジアの不再戦を支える基盤は、日本の過去への反省にもとづく平和主義である。断じて軍事的均衡などではない。その思いで第2特集を組んだ。

 2026年も厳しい逆風が吹くだろうが、今号の第3特集で取り上げたような新たな左派のプロジェクトとその可能性を、今後も継続的に取り上げ、議論していきたい。

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熊谷伸一郎

(くまがい・しんいちろう)月刊『地平』編集長。株式会社地平社代表取締役。1976年8月生まれ。フリージャーナリストを経て2007年、岩波書店『世界』編集部に参加。2018年7月から2022年9月まで同誌編集長をつとめる。2023年7月、独立のため退職。著書に『なぜ加害を語るのか』(岩波ブックレット)、『反日とは何か』(中公新書ラクレ)、『金子さんの戦争』(リトルモア)、『私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点』(合同出版)、坂本龍一氏らとの共著に『非戦』(幻冬舎)など。

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