コロンビアのエネルギー転換は、政策文書のなかでだけ起こっているわけではない――それは油田で、炭鉱町で、そして裁判所のなかで繰り広げられている。『ジャコバン』は、ポスト採掘主義の経済を実現する試みについて、技術者たち、労働組合員たち、そしてペトロ大統領自身と対話した。(翻訳:中村峻太郎 京都大学大学院文学研究科博士後期課程)
※この原稿はJacobin 2025年8月21日配信“Colombia Against the Fossil Fuel Age”の翻訳です。
アンドレアス・マルム(Andreas Malm) :ルンド大学における人間生態学の准教授。邦訳に『パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである』(箱田徹訳、青土社)など。
マクシー・ゲズ(Maxy Guez):フランスの独立ジャーナリスト。
はじめに
私たちの乗るタクシーは、大統領宮殿にぎりぎりまで近づいたところで停止する。車から降りて列に加わる。最初のチェックポイントで守衛にパスポートを預ける。それから、いくつかのセキュリティ中継点の通過を求められ、そのたびに重々しさと厳粛さの度合いが増していく。そしてとうとう、私たちは国家権力の最深奥の秘所に隣接するホールに入るが、それからさらに――このときには携帯電話も手放したうえで――1、2時間待たなければならない。その時が来ると、執務室に通じるドアがひらく。そこに彼、コロンビア大統領がいる。
彼は大統領用の椅子にもたれている。デスクには本の山がそびえ、その一番上にはエンツォ・トラヴェルソの『革命』が積まれている。木製の鳥には〔パレスチナ連帯の象徴である〕クーフィーエが纏わせられている。シモン・ボリバル〔ラテンアメリカの独立の英雄〕の置物が家族写真と場所をあらそっているが、なにより目につくのは散乱した書籍だ。儀礼上の挨拶が終わるやいなや、この国家元首は自分がいま書いている本――マルクス主義による気候危機の分析――について語りはじめる。
COVIDのあいだ、私は人生で3度目の『資本論』を読み始めましたが、今回は気候危機というレンズを通してでした。いろいろな視点から読むことができますからね。COVIDに罹患しましたが、そのあいだも読書はやめず、3巻すべてを読み通して自著のための重要な素材を抜き出しました。気候変動とは、地上で行なわれる資本の蓄積が、大気という鏡に映し出されたものにほかなりません。資本蓄積というハリケーンは、エネルギーの流れというハリケーンを生みだす。そしてこれは人類の終焉につながりかねない。資本と生命のあいだ自体に、敵対的な矛盾が存在しているのです。
控えめに言っても、国家の元首がこのような言葉で語るのを耳にするのはそうあることではない。しかしそれを言うなら、グスタボ・ペトロは普通の大統領ではまったくない。彼の印象はどちらかと言えば、風変わりな教授、ないし同志のまえで世界情勢について幅広い分析を展開する幹部活動家といった趣だ。飛び上がって椅子のうしろに回り、背もたれも掴んでいたかと思うと、新たな長い余談を始めるためにふたたび椅子に深々と身を沈める。彼はみずからのミニ講義に斎藤幸平やニコラス・ジョージェスク=レーゲン〔ルーマニア出身の経済学者〕への言及を散りばめる――2025年の政策立案者たちの口にめったに上ることのない名前ばかりだ。だが何にもまして彼の特異性を印づけているのは、ある際立った特徴である――彼は気候危機を死ぬほど深刻にとらえているのだ。
まさに今、私たちはコロンビアでの黄熱〔蚊が媒介する感染症〕の大流行に対処しています。その直接の引き金は、気温の上昇です。このウイルスはかつては低地に限定されていましたが、ますます暑くなるなかで標高の高い地域、コーヒー生産地域にまで到達し、そこでこれまで40人の人々が亡くなりました。ここボゴタ〔コロンビアの首都〕では、都市の周りを緑豊かな自然が取り巻いているにもかかわらず、私たちは水の不足に苦しんでいます。アマゾン森林に目を向けてみれば、去年は水がまったくもって存在しませんでした。アマゾンカワイルカは何百頭という単位で死に、その死骸が岸に打ち上げられました。これは終末を予告する警鐘です。もしアマゾン雨林が消失してしまえば、私たちは二度と引き返せない地点を越えてしまいます。COP30は、今年〔2025年〕の後半に〔ブラジルの〕ベレン――アマゾン河が海に流れつき、きわめて驚異的な自然が存在する場所――で開催されることになっており、これが本当に最後のチャンスになるかもしれません。トランプは参加しない予定ですが、しかし、人類全員がそこに集まる必要がある。
ペトロが2022年の大統領選に勝利したとき、彼は気候をアジェンダの最上位に据えた――そしてその優先事項からわきに逸れることはなかった。強いて言うとすれば、他のあらゆることに優先するこの大義への彼の個人的コミットメントは、むしろ強固なものになってきたようだ。彼はこの問題に根底から取り組むために、ほとんど並ぶ者のない根気強さで仕事を行なってきた。アマゾンの森林破壊をコントロール下に置きつつあることは――彼の説明によれば――非凡な成果だ(私たちが彼の執務室にいたあいだに行なわれた最長の論説のひとつは、熱帯雨林における水文学的循環の性質に関するものだった)。
だが、そうした前進は脆弱なものでもある。森林破壊のペースは依然として、かなりの程度まで麻薬輸送業者とアマゾンの武装ギャングの権力に左右されている――そしてこうした勢力の手綱を握ることにペトロの政府はまだ成功していない。グローバルな〔温室効果ガス〕排出の配分――森林破壊は二酸化炭素の10分の1に責任があり、残りは化石燃料の燃焼である――を考えてみれば、ペトロによる最も桁外れな達成は、おそらく別のところにある。
ペトロが2022年の選挙戦で遊説を行なっていたとき、彼はコロンビアを化石燃料生産から引き離すと約束した。採掘プロジェクトの事業許可(ライセンス)を終了させるつもりだ。石炭採掘や石油・ガス掘削のための新たな契約はもはや結ばれないだろう。水圧破砕(フラッキング)〔深刻な環境破壊を伴うシェールオイル・ガスの採掘方法。水や薬品を高圧で注入して岩盤を割り、石油や天然ガスを採掘する〕は行なわれないだろう。 言うまでもなく、大統領や首相の大多数は誓約などなかったことにしてしまう。だがこの場合、選挙公約は文言通りに守られてきた――ペトロの監督のもとで発行された化石燃料の採掘許可は、これまでただの一つもない。彼が語るように「なにより重要なことは、石油と石炭の輸出を停止することです。たとえそれが私たちの輸出収入の60%を占めているとしても。そして、石油とガスの生産は、現在急速に低下しています。私が国民に伝えたのは、生産減少が実際に起こりつつあり、別のものでそれを代替する必要があるということです」。もしペトロのような大統領が他に何人も存在したならば――これは無理のない推量だと思うのだが――世界はいまとは別の姿を見せていたことだろう。
「生命(いのち)の政治」
化石燃料は、コロンビアの社会編成にとって周縁的なものではない。石油とガスは長らく、その土壌を通過して行なわれる資本蓄積の主要な経路でありつづけてきた。石油は1920年代から、石炭は1980年代から採掘が行なわれてきた。21世紀に入るころ、右翼の政権が連続して誕生し、二つの化石燃料の生産を加速させる競争で互いに抜きん出ようとした。かれらはこれらの産業を「成長を牽引する機関車」として選び出した。確認されたあらゆる埋蔵に事業許可を出すことでその車輪に潤滑油を差し、未開拓地を切り開き、次なるフロンティアのための準備を行なった――フラッキングである。ペトロの前内閣のエネルギー大臣によれば、フラッキングによって同国の石油・ガス埋蔵は3倍に増加するはずだった。言うなれば当時の政権は、主要な化石燃料産出国のあらゆる政府と同じように振舞っていた。2022年以前、コロンビア国家はブルジョワジーの関心事をつかさどる委員会が望むとおりの行動をとっていた――最大限のスピードで炎に燃料をくべていたのだ。









