【書評】街の書店から始まる教育対話『公教育をあきらめるな!』

二村知子(隆祥館書店店主)
2026/07/04
Japanese book cover on a yellow background; blue vertical title reads '教育で大事なことは何ですか?' with photos of an elderly man and a smiling woman, and top text '公教育をあきらめるな!'.

 隆祥館書店では、いつも常連のお客様との会話などからアンテナをはって、イベントの企画をしている。2019年当時は、学校へ行っていない不登校の親御さんからのご相談が増えていた。

校則や定期テスト、チャイムもない、服装も自由、そんな公立中学校が東京にあった。普通の中学校では〝当たり前〟とされることからの解放を実施したにもかかわらず、平均学力や有名校への進学者数も伸びて、地域のトップレベルになっているという噂を聞いていた世田谷区の桜丘中学だ。不登校の相談をお客様から受けるたびにその中学の西郷孝彦校長にお会いしたくてたまらなくなり、ついに退職される前年の2019年夏、ジャーナリストの木村元彦さんのご紹介で、私の娘であり臨床心理士、スクールカウンセラーの宝上真弓と世田谷まで見学に行かせていただいた。

校長室は、リラックスしている子どもたちであふれ、西郷先生との距離の近さを感じた。その温かい光景には驚いた。生徒手帳には、校則ではなく、子どもの権利条約が記されていた。校内ではスマホもタブレットも自由、それどころか生徒のためのWi‐Fiまで飛んでいる。

チャイムが鳴らないのに、いったいどのように授業が始まるのか? 見学させていただいたが、生徒は自分で時間を管理して集ってくる。スマホもいじらない。ざわざわしているものの、誰一人として授業に参加していない子はいなかった。

かつてイジメや非行や暴力事件が頻繁に起こっていた中学が、なぜこうまで変わることができたのか。私はあのときに校長室でうかがった西郷先生のお話をいつか、多くの人にも届けたいと思っていた。

店頭では相変わらず、不登校で悩むお客様からの学校への不満や、教員への憤りのようなことを聞くことも度々あった。そこで、この分断を何とかできないか、保護者の方と、子どものことを考えて行動している教員の方をつなぐ橋渡しができればと考えたのだった。

それこそが、先生方や親御さんの集う本屋の役割のように感じた。

実際に桜丘中学での見学体験があったことで、実現できる未来なのだと確信し、日本中の学校の校長がこのような方だったら不登校もいじめもなくなると信じ、伝道師のように、西郷先生の本もお薦めし、イベントも数回開催した。

その後も、一緒に桜丘中学に見学に行った宝上真弓と西郷先生の交流は続いていった。横浜生まれながら、大の阪神タイガースファンの西郷先生は、野球観戦で甲子園球場に来られると必ず隆祥館書店に立ち寄って下さった。その都度、宝上は速射砲のように質問を西郷先生に浴びせかけた。どうやって校則をなくされていったのか? その際に大きな反発はなかったのか? 子どもたちを信じられた大きな要因は?……

大阪の指導難関校で5年間教師をしていた宝上もまた、桜丘中学のような学校を作りたかったのである。なぜ、そうしなければならないのかという合理的な説明ができない校則を生徒たちに守らせるために、教師は消耗していた。西郷先生は言った。

「下着の色のチェックなど、理不尽な校則が先生と生徒を分断している。それならそんな分断装置をなくしてしまえば、もっと信頼し合える」「教師としてどうあるべきか? そうじゃない。まず人間としてどうあるべきかを考えないと」「子どもはもともと完全なかたちで生まれてくるのに大人が過干渉でダメにしている」「不登校の子がいたら、その子を変えるんじゃなくて、学校をその子に合わせて変える。一人の子が困っていたら、その子のために学校環境を変える。それが結局、皆のためになる」「学校は地域と一緒に行なっている保育だと思っている」

学校現場における切実な問いを立てて聞いていく宝上と、豊富な経験と何より大きな実績に裏打ちされた答えを出していく西郷先生。これらのやりとりを見ていた木村さんが書籍化を提案すると、二人もまたその意義を感じて、正式な対談という運びになった。版元は集英社新書で、鈴木大祐さんと久保敬さんもゲストで参加いただくことになった。

理想の学校はやる気と覚悟さえあれば、公立でもつくっていけることを西郷先生は証明された。公教育にはまだまだ希望が持てる。本書には、いろんな回答とヒントがあった。不登校で悩まれているお客様や教師としての自信を無くしかけている若い先生にもお勧めしている。 

町の本屋として、市民が悩みを解決するために集う場として機能したいと常々考えていた。そのために常備する本をいつも検討していたが、今回は本屋が自らお客様の問題解決のために本づくりに関わらせていただいた。

二村知子

(ふたむら・ともこ)大阪市にある隆祥館書店の店主。1960年生まれ。1949年創業の隆祥館書店の奮闘は木村元彦『一三坪の本屋の奇跡』(ころから)に詳しい。

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