『地平』2024年12月号

熊谷伸一郎(『地平』編集長)
2024/11/05

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編集後記

 近所の公園で子どもたちと遊んでいるときや、旅行先の山間でコーヒーを飲んでいるとき、そういうな時間に、いつまでこういう安定的な気候の中で生きられるだろう、自分はともかく、子どもたちは?——そう思うことが増えている。いや、実際にはすでに「安定的な気候」は失われつつあるのだ。

 今年始め、2023年の世界の平均気温が産業革命前に比べて1.48℃上昇し、観測史上最高を記録したことが報道された。今世紀末までの上昇を1.5℃に抑えるという目標に、ついこのあいだ人類は合意したわけだが、今年、異常な酷暑は日本だけのことではなく、この1.5℃を早々と突破してしまった可能性が高い。そのうえ、昨年につづき、今年も世界の温暖化ガス排出量は過去最高を更新するだろう。井田徹治氏の連載に見られるように、海面上昇による居住地の崩壊や、移住をめぐる紛争(気候紛争)が起きつつある。

 だが、今号第2特集の平田論文や座談会での発言を読むと、自民党や経産省や電力業界などは、この危機的状況を原発復活の好機としてしか見ていないようだ。エネルギー基本計画をめぐって、本筋の温暖化対策の議論は消え、経済成長の手段に位置づけられたガラクタ新技術(井野博満論文参照)に湯水のように補助金を注ぎ込む議論が花盛りだ。本気で気候変動問題に向き合おうという気概や責任感は微塵もなく、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の権化のような人々だとしか言いようがない。

 宇宙人が地球を見ていたら、不思議に思うだろう。なぜヒトは生態系の崩壊が迫るこの状況で戦争を始めているのか、それを皆で本気で止めようとしないのか。緊急特集したイスラエルの戦争だけではない。日本政府は来年度予算で軍事費を8兆円以上も注ぎ込もうとしている。それを気候危機対策や教育・福祉に使い、平和と安定は自主的な外交努力によって確保するべきではないか。

 総選挙で自民党は自滅的敗北を喫したが、問題は、それに代わるべき野党の多くもまた保守化し、こうした危機的状況に対する処方箋に関心がなさそうなことである。いうなれば「今だけ、自分だけ、選挙だけ」というところか。

 だが、第1特集の論考のすべては、私たちに希望が、抵抗の手段と連帯の可能性が残っていることを語っている。本誌もまた、コトバを通じてその動きとともにありたいと思う。

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熊谷伸一郎

(くまがい・しんいちろう)月刊『地平』編集長。株式会社地平社代表取締役。1976年8月生まれ。フリージャーナリストを経て2007年、岩波書店『世界』編集部に参加。2018年7月から2022年9月まで同誌編集長をつとめる。2023年7月、独立のため退職。著書に『なぜ加害を語るのか』(岩波ブックレット)、『反日とは何か』(中公新書ラクレ)、『金子さんの戦争』(リトルモア)、『私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点』(合同出版)、坂本龍一氏らとの共著に『非戦』(幻冬舎)など。

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