【連載】〈叛–地政学〉への旅――いくつものフォルモーサへ(2)1963年のプロテストソング

今福龍太(文化人類学者・批評家)
2026/07/05
Beige wave-pattern cover with two blue birds and pink flowers, a vertical Japanese title in the center, and '連載' on the right.

「生命」の尊厳への無配慮

 2026年年頭、アメリカ軍のベネズエラ攻撃によってベネズエラから輸入されていた石油の供給が断たれ、燃料枯渇のため市民生活も含めた経済の壊滅的な状況が伝えられるキューバ。半世紀以上にわたって、大国アメリカの喉元につき刺さる棘のように敵対してきたこの社会主義の島国の体制転換を図ろうとする専横的な国家による狡獪な作戦が、いま発動されようとしている……。

 メディアを騒がせるそんな地政学的な見立てに背を向けて、アメリカとキューバをめぐって私が不意に思いだしたある些細な、忘れられかけた出来事を語ることから始めよう。1963年3月21日、ロサンジェルス、ドジャー・スタジアム。アメリカの黒人ボクサー、世界フェザー級チャンピオンのデビー・ムーアは、カストロによる革命直後にメキシコに亡命していたキューバ人ボクサー、シュガー・ラモスの挑戦を受け、10回TKO負けで王座を失った。この激闘で受けた脳幹の損傷により、ムーアは試合の75時間後に病院で死亡する。ボクシング史上、見世物興業と生命の尊厳のあいだの調停しえない矛盾をめぐって大きな議論を巻き起こすことになった試合である。

 このとき、一曲の深遠なプロテストソング的な物語歌が、特筆すべき一人のアメリカ人吟遊詩人によって書かれている。1963年10月のカーネギーホール・コンサートでボブ・ディランが歌った《デイヴィー・ムーアを殺したやつは?》Who Killed Davy Moore?。それはこんなふうに始まっていた。

今福龍太

(いまふく・りゅうた)文化人類学者・批評家。1955年東京生まれ。東京外国語大学名誉教授。奄美自由大学主宰。現在、淡水の淡江大学客座教授として台湾に在住。著書に『クレオール主義』『群島―世界論』(以上水声社)、『霧のコミューン』『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』(以上みすず書房)、『宮沢賢治 デクノボーの叡知』(新潮選書)、『原写真論』(赤々舎)など多数。

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Magazine cover with a white dog illustration on a pink background, large red Japanese characters and vertical white text on the right, yellow flowers at bottom.