「ゲオポリティク」由来の地政学
2026年に入った1月、今年の動向を予測する多くの経済ニュースが「地政学リスク」をネガティブな要因として挙げた。世界のどこかで武力衝突が起きて資源のサプライチェーンが危険にさらされると、解説者が即座に口にするのが「地政学リスク」である。それを知るには「地政学」を学ぶ必要があると言われ、書店には「地政学」と題する本が並んでいる。
今から40年前、地理学者の竹内啓一は「地政学」の流行について警鐘を鳴らしている。
「地政学」という訳語が一般に用いられているが、そもそもこれが「学」であるかどうかということ自体が問題なので、ゲオポリティクというドイツ語を使うことにする(「ゲオポリティクの復活と政治地理学の新しい展開――ゲオポリティク再々考」一橋論叢、第96巻、第5号、1986年、40頁)。
日本での「地政学」は歴史的にドイツ語のGeopolitikの訳語として使われてきた。この用語を生み出したのは、スウェーデンの地理学者ルドルフ・チェーレン(チェレーンと表記することもある)である。彼が1916年に出版した『生命形態の国家』の第2章のタイトル「帝国としての国家(ゲオポリティク)」に由来する。
チェーレンは師であったドイツの地理学者フリードリッヒ・ラッツェルが提唱した国家有機体説(国家を生き物としてとらえる)と生活空間(レーベンスラウム)(Lebensraum. 生き物である以上、生活のための空間を必要とする)を基にして、有機体(生き物)としての国家には身体としての領土が必要であり、国家の発展(人口増加)とともにより広い空間を必要とし、空間闘争の歴史を経験するものだと主張した。この本が1924年にベルリンで版を改めて出版されると、ヴェルサイユ体制のもとで巨額の賠償金と領土割譲を強いられていたドイツ国民に大きな共感を呼んだという。そしてその年、ドイツの軍人にして地理学者であったカール・ハウスホーファーが『太平洋地政学』を著したのである。これについては後に詳しく検討する。
私が懸念するのは、40年前に竹内が提示した疑問が今の日本社会ではほとんど共有されていないことである。
日本の経済界や金融アナリストの間で、非常に頻繁に使われるようになった「地政学リスク」という言葉は、実際には何の説明にもなっていないことが多い。今年の年初の時点では、台湾海峡有事、ロシアによるウクライナ侵攻、中東ではガザ紛争、イランの核開発、アメリカはトランプ政権の強権化、中国は習近平政権の強硬路線などが「地政学リスク」として取り上げられたが、これらの問題を貫いて理解の助けとなる「地政学」は存在するだろうか?
特定の地域で発生する政治的な問題が経済にネガティブな影響を与える事例に、英語のgeopolitical riskをあてるのは理解できる。しかし、問題の本質を明らかにするには、どこで、なぜ、どのような危機が発生し、どのように波及するのかを、政治、経済、社会構造、国際関係、地理的条件など、分野ごとに分析し、その成果を集積しなければならない。つまり「地政学」という言葉は、便利なラベルとして乱用され、そこにリスクという言葉を付けることで、思考停止のまま問題のショーケースを見せているにすぎない。
私の問題提起は、日本語では、geopoliticalに、なぜ「地政的」ではなく、「学」の一文字を加えて「地政学」にしたかにある。その言葉が本来何を指していたのかを、歴史をさかのぼって問い直し、いま私たちが直面する問題に別の角度から光を当てるのが本稿の目的である。









