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大川原化工機事件の「求償権」行使
警視庁公安部が歪んだ捜査の刃を振り回した大川原化工機の冤罪事件をめぐり、警視庁が先日、捜査を担当した公安部外事1課の幹部ら3人に「求償権」を行使した。これを受けて3人の元幹部ら――具体的には外事1課で捜査を指揮した警視の渡辺誠(現在は退職)、警部の宮園勇人(前同)、そして警部補の安積伸介(以上、3人とも階級は当時)は、いずれも個人として計528万円をすでに支払ったという。負担割合は渡辺、宮園がそれぞれ250万円、安積が28万円だったと各メディアは報じている。
この点、やや難解な法的手続きも含まれるから、あらためて経緯と概略から簡単に振り返っておきたい。
本連載でも以前詳しく記したが、横浜市に本社を置く化学機器メーカー・大川原化工機をターゲットとし、警視庁公安部の外事1課が捜査の刃を直接振りあげたのは2018年のことである。同社や社長宅などを家宅捜索し、以後2年近くにもわたって社長や社員らへの任意聴取を執拗に続け、2020年3月には社長の大川原正明、営業担当役員の島田順司、そして専務などを歴任した相嶋静夫の3人を逮捕した。
3人にかけられたのは外為法(外国為替及び外国貿易法)違反容疑――すなわち生物化学兵器の製造にも転用可能な化学機器を中国に不正輸出した、というおどろおどろしい容疑であり、続いて韓国にも類似の機器を不正輸出したとして再逮捕したが、ここで容疑内容を詳述する必要はないと思う。東京地検は間もなく3人を起訴したものの、東京地裁が指定した初公判期日のわずか4日前に起訴自体を取り消してしまったからである。
検察が起訴を取り消す――ましてや初公判直前に取り消すなどというのは異例中の異例であり、喩えていうなら、このまま公判に進んでも容疑を立証できないと判断した検察が白旗を挙げて自らすごすごと撤退したに等しく、冤罪と評することさえ憚られる明々白々たる砂状楼閣だった。
だが、逮捕・起訴された大川原ら3人には、この国の刑事司法に巣喰った悪弊の数々――特に容疑を否認するとなかなか保釈を受けられない「人質司法」の悪弊なども襲いかかった。当然ながら大川原らは、まったく身に覚えのない容疑を逮捕後も起訴後も強く否認し、すると検察の意を受けた裁判官に保釈請求がことごとく却下され、実に1年近くもの長きにわたる東京拘置所などでの勾留生活を強いられたのである。すでにご存知の方も多かろう、なかでも相嶋は勾留中に胃癌が判明しても保釈を許されず、適時適切な医療を受けられずに刑事被告人として落命した。
だから検察が起訴を取り消して間もなく、社長の大川原と島田、そして相嶋の遺族は、国や東京都を相手取って国家賠償請求訴訟を起こした。これも当然の行動であったし、示された判決も幸いに至極当然というべき内容であった。逮捕から数えれば3年弱が経過した2022年12月に東京地裁が言い渡したのは、国と都に合計で約1億6200万円の支払いを命ずる判決。両者の控訴を受けて2025年5月に東京高裁が示した判決はさらに踏み込み、外事1課による捜査も「違法」、逮捕も「違法」、さらには東京地検による起訴までをも「違法」と断じ、賠償額も増額して国と都に約1億6600万円の支払いを命じている。
さすがの警視庁も上告断念に追い込まれ、警視庁副総監と東京地検公安部長は大川原らに直接謝罪し、極めて不十分ながら警視庁は関係者の処分や内部検証も実施し、国と都は約1億6600万円にのぼる賠償金を支払った。
ただ、これは特筆大書しておかねばならないが、同社や大川原らが被った被害はこの程度の賠償で穴埋めできるものではなかった。何よりも失われた命は二度と戻ってはこないし、おどろおどろしい容疑を振り回す歪んだ捜査を受けた同社は一時、銀行や取引先などとの関係が滞って売り上げ等も激減し、現実には賠償額の何倍もの損失や実害を受けていたのである。
違法捜査の代償は誰が負うのか
とはいえ、いかに当然の判決であっても国と都が支払う賠償金の原資は、あらためて記すまでもなく私たち納税者が納めた税金であり公金である。この点に釈然としない想いを抱く向きは多いだろうし、誰よりも大川原と弁護団がそう考え、高裁判決から約半年後の2025年11月、捜査を指揮した外事1課の幹部らに賠償金を負担させるよう都に住民監査請求を行なった。
これを受けて都の監査委員は2026年1月に監査結果を公表し、前述した当時の警視・渡辺と警部・宮園には「重過失」が、警部補の安積については「故意」がそれぞれ「認められる」と指摘した。
一般にはさして知られていない手続きだから、あらためて国家賠償法をひもとけば、その第1条は次のように定められている。
〈国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる〉
そして同条は続けて2項でこう定める。
〈前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する〉
つまり大川原らによる住民監査請求を受けた都の監査委員は、この定めに則って監査を行ない、捜査を指揮した警視・渡辺らによる「公権力の行使」は違法であって、さらにはそれぞれに「重過失」あるいは「故意」があると判断し、警視庁に勧告した。だから警視庁は「求償権」を行使し、捜査を指揮した警視・渡辺ら3人は賠償金の一部を――都が負担したのは約9500万円だというから、正確には「ほんの一部」と記すべきだろうが、計528万円の支払いを求められた。
これまた異例の事態ではあり、2月6日付の朝日新聞記事も「違法捜査で生じた賠償金を、捜査に関わった警察官個人に負担させるのは極めて異例だ」と報じている。他方、一部には「警察の捜査現場に萎縮を招きかねない」といった指摘もあるようだが、前述したように国賠訴訟の判決で捜査も逮捕も起訴までも「違法」と断ぜられるデタラメ捜査だった以上、これはむしろ歪んだ警察権の違法かつ放埒な行使に歯止めをかけるものであり、さらには冤罪の防止等にも資すると受けとめるべきであって、賠償金の全額を当該の三警察官らに支払わせたってかまわないとすら私は思う。
そして思い出す。同じ警視庁公安部がかつて引き起こした事案――しかもトップの公安部長が明らかな「故意」で引き起こした無惨な醜態にも、同じく「求償権」が行使されるべきではなかったか、と。こちらもあらためて経緯と概略から振り返っていきたい。
警察庁長官銃撃事件と公安の失態
いまからちょうど31年前の1995年3月30日早朝、小雨に煙る東京・荒川区南千住の巨大マンション前で、ここに居所を置いていた当時の警察庁長官・国松孝次が何者かに銃撃された。のちに判明したことだが、殺傷能力が高い米コルト社製「パイソン」とみられる銃から発射された4発の銃弾のうち3発を被弾した国松は、さいわいに一命は取りとめたものの瀕死の重傷を負った。俗に警察庁長官銃撃事件などと称され、この国の警察組織のトップが直接命を狙われた衝撃的事件でもあった。
周知の通り、この10日前にあたる3月20日には地下鉄サリン事件も発生し、首都警察である警視庁をはじめとする全国警察は当時、オウム真理教への総力戦ともいえる捜査に突き進んでいた。そのさなかに起きた新たな重大事件ではあったが、犯行の態様や動機面などを鑑みれば、いわゆる左翼勢力や右翼勢力といった従来型の思想的犯行によるものとは考えにくく、本来は刑事部門が捜査を主導するべき事件だった。しかし、当時の警視庁はオウム捜査の中核を刑事部が担い、すでにいくつもの重大事件捜査を担っていて、新たな重大事件を抱えこむ余力は残されていない――そう考えた当時の警視総監・井上幸彦の判断などにより、警察トップが銃撃された重大事件の捜査は公安部に主導権が委ねられた。
このころ通信社の社会部記者として事件現場や所轄の南千住署を這い回っていた私は、捜査の主導権を委ねられた公安部幹部らの緊張に満ちた表情をいまも鮮明に記憶している。
「ウチのお客さんじゃないよ」
当初はそう言って南千住署を離れ、顔に笑みすら浮かべていた幹部が慌てふためいた様子で再び署に戻り、顔をこわばらせながら記者会見などに臨む姿を。このあたりは本連載の源流となる拙著『日本の公安警察』(講談社現代新書)に詳述したから興味のある方は参照してほしい。
オウム犯行説に拘泥した公安部
いずれにせよ、公安部に捜査の主導権を委ねた判断が、いまから考えればすべての過ちの原点だった。遠慮会釈なく評すれば、「反共」を最大のレゾンデートルとして左翼勢力の監視や情報収集に明け暮れてきた公安警察に畑違いの事件捜査を――いや、そもそもが重大事件の捜査などを担う能力自体がなかったのである。
実際、事件発生時点で犯行組織にあたりをつける“見込み捜査〟がお家芸の公安部は、長官銃撃事件についても同じ轍を踏み、当初からオウム真理教による犯行だと決めつけていた。当時、公安部の最高幹部の一人がこう言っていたのも昨日のことのように思い出す。
「焦る必要などない。オウム真理教への捜査が進展すれば、こっちの事件も自ずから輪郭が見えてくるよ」
最高幹部らはそう語って余裕すら見せつつ、こちらはいかにも公安警察らしい手法を縦横に駆使して“オウム殲滅戦〟ともいうべき捜査――教祖をはじめとする教団幹部らの追跡や拘束、あるいはアジトの摘発などへと公安部は邁進した。だが、そうやってオウム捜査が進展し、一区切りを迎えても、長官銃撃事件の「輪郭」など一向に見えてこなかった。
それどころか警視庁公安部は前代未聞の大激震を自ら引き起こしてしまう。
隠蔽と迷走
直接のきっかけは事件発生から1年半ほどが経過した1996年10月中旬、警視庁記者クラブに常駐するメディア各社に送られてきた一通の封書だった。
〈警察庁長官狙撃の犯人は警視庁警察官(オーム信者)。/既に某施設に長期間監禁して取り調べた結果、犯行を自供している。/しかし、警視庁と警察庁最高幹部の命令により捜査は凍結され、隠蔽されている……〉
明らかに警察内部からと思われる告発を受け、複数のメディアが裏どりに走って事実関係を報じ、警視庁と公安部は大混乱の只中に叩き込まれた。事件の本ボシだったか否かはともかく、所轄署の公安部門にも所属していた現職の巡査長が犯行を「自供」し、なのにそれを隠蔽して事実上の“軟禁〟下に置き、必要な捜査を行なっていなかったのはいずれも事実であり、当然ながら警視庁公安部をはじめとする警察組織は猛批判に晒され、公安部トップとして捜査を指揮していた公安部長は直ちに更迭された。続いて警視総監の井上も引責辞任に追い込まれた。
こうした醜態による大混乱の影響もあったのだろう、以後も公安部の捜査は“オウム犯行説〟に拘泥し、軌道修正を図ることも図ろうとすることもなく、いかにも公安警察らしい強引な捜査で教団の元幹部らを別件逮捕したり、本件の殺人未遂容疑で元巡査長や教団元幹部らの逮捕に踏み切ったりしたものの、検察が起訴さえできずに頓挫するという醜態を繰り返しつづけた。
そして事件の発生から15年が経た2010年3月30日午前零時――事件はついに公訴時効を迎えて迷宮入りする。治安機関であり捜査機関でもある警察組織にとってみれば、治安を司る自らのトップが狙われて瀕死の重傷を負わされた前代未聞の重大事件だというのに、無惨な醜態を繰り返した末に肝心の捜査は大敗北を喫し、その主導権を委ねられた警視庁公安部の――この国の公安警察組織における最大かつ最強でもある実働部隊の威光や面子は丸潰れになった。
一方、刑事部門の捜査ではオウム真理教とまったく別の容疑者が浮かんでいて、こちらが本ボシではなかったかと捉える向きもあるのだが、私自身は深く取材したことがなく、本題からも外れるからここで詳述はしない。こちらも興味のある方は、たとえば毎日新聞記者の遠藤浩二による『追跡・公安捜査』(2025年、毎日新聞出版)などを読むといい。別の容疑者説の深層に迫っていて参考になる。
求償されるべきだった失態
さて、ここからがようやく本題である。事件の公訴時効が成立して9時間後の同年3月30日午前9時、東京・桜田門の警視庁本部庁舎では、当時の公安部長・青木五郎が会見に臨んだ。公安部長が自ら会見するのも極めて異例だが、警察トップが銃撃された事件を迷宮入りさせてしまった重大性などを勘案したのだろう。実際に青木は「日本警察のトップを対象にした卑劣なテロ事件について、犯人に法の裁きを受けさせることなく時効を迎えたことについては残念」と述べ、「警視庁の所見」だという「捜査結果」も発表し、「実行犯や共犯者を特定する証拠はなかった」と認めつつも耳を疑うような言説を平然と発したのである。
「(犯人は)オウム以外にいるとは考えていない」「事件は教祖の意思の下、信者グループが計画的、組織的に敢行したテロだ」
唖然とするしかない。公安部捜査の無惨すぎる失敗こそがすべての原因であり、だから立件するに足る証拠を集められずに事件は迷宮入りしたのであって、なのに警察が――しかも捜査を指揮した公安部トップが特定の組織や個人を名指しして「犯人だ」などと言い放つ蛮行が罷り通れば、刑事司法はおろか法治そのものが壊死する。と同時に、いかに数々の組織犯罪に手を染めたカルト教団とはいえ、根拠なき汚名を着せるのは重大な人権侵害であり名誉毀損にも該当する。
だから教団の後継団体が反発したのも当然だったろう。アレフと称する後継団体は2011年5月、会見での公安部長発言で名誉を毀損されたと訴えて東京地裁に提訴した。そして、こちらも当然というべき判決だったろう、東京地裁は2013年1月にアレフ側の勝訴を言い渡し、東京都に100万円の賠償支払いを命じ、さらには謝罪文まで提出するよう命じたのである。
皮肉を込めて記せば、超重大事件にもかかわらず醜態ばかり繰り返した末の無惨な失敗捜査に、さらに恥の上塗りをした形になった、とでもいうべきか。ただ、ここでも都が支払いを命じられた賠償金の出所は税金であり公金であり、あまりに愚かで論外にすぎる言説を発した公安部長にも「求償権」が行使されてしかるべきではなかったか。
そう考えたのは私ばかりではない。都に賠償を命ずる判決が示された直後、朝日新聞が掲げた社説もこう訴えている。近年は各社とも微温的な社説が目立つなか、辛辣でありつつ至極真っ当な指摘だったから、少し長めに関係部分を抜粋、紹介しておきたい。
〈私たちは会見当時の社説で、警察のやり方を批判した。膨大な人手と費用、時間をかけながら犯人を検挙できなかったのに、失敗を棚にあげ、オウムの犯行と断じたのだ。/こんな理不尽な行動がゆるされるようでは法治国家といえない。公権力が違法行為に進んで手を染めてどうするのか。/判決理由にも「無罪推定の原則に反する」「わが国の刑事司法制度の基本原則を根底からゆるがす」といった、厳しく、かつ当然の言葉がならぶ〉
(1月17日付朝刊)
〈判決を受けいれ、これ以上恥を重ねるのを避けるべきだ。/賠償金は東京都、つまり都民の税金から支出される。国家賠償法は、被害者がたしかに救済されるよう、責任は自治体が負うと定めているためだ。/一方で、「公務員に故意や重大な過失があったとき、自治体はその公務員に対して求償できる」との条文もある。/今回の公表行為は、まさにこの規定にあてはまるだろう。/当時の警視庁幹部に支払いを求め、しっかりけじめをつける必要がある。都民に尻ぬぐいさせるのはおかしい〉
まったくその通りだと深く頷く。誰がどう考えても公安部長の発言は「重過失」どころか明々白々たる「故意」なのだから、100万円という額は少なすぎるぐらいだが、「求償」して本人に全額を支払わせるべきだったろう。だが、残念ながら以後も警視庁が「求償権」を行使したとは寡聞にして聞かない。
いずれにせよ、この国の公安警察組織で最大かつ最強とされる実働部隊の、この四半世紀ほどの間に仕出かされた失態、醜態、そして違法行為の数々を眺めるだけで、この国の公安警察組織そのものの根源的な歪みばかりか本質的な無能を疑うに十分であろう。折しも現政権は「インテリジェンス機能の強化」を呼号し、「国家情報局」の創設などを盛り込んだ関連法案をすでに国会提出し、さらにはスパイ防止法の制定やら対外情報機関の創設を勇ましく訴えているのは周知の通りである。
だが、その国家情報局ひとつをとっても、組織的には従来の内調=内閣情報調査室を格上げし、内調を率いてきた内閣情報官も格上げして局長に据える方針とされ、まさにこれらを牛耳ってきたのは公安警察出身の警察官僚。そのような者たちが組織と権限を大幅に拡大・拡充させて「インテリジェンス活動」などを繰り広げる果てに何が引き起こされるか、こちらも誰が考えたってすぐに想像がつきそうなものだと思うのだが、さて。
(文中敬称・呼称略)(つづく)


