列島線の安寧のために――台湾と沖縄/琉球の平和的使命

張鈞凱(ジャーナリスト)
2026/01/08
沖縄・伊江島に降り立つ在沖縄米海兵隊。劣化を理由に改修していた伊江島補助飛行場滑走路の工事が終わり、式典に参加するため。改修で米軍はここで大型輸送機などを着陸させることが可能となり、パラシュート降下訓練も実施可能となった。2025年12月15日。Photo by U.S. Marine Corps photo by Cpl. Thomas Sheng

訳=本田善彦

 台湾住民の多くは、火遊びに興じる権力者たちを前に、焦燥感と不安を高めている。

 権力者たちは、この群衆心理を利用し、「米国」という強権への依存を深めることによって、権力者個人や政党の権力の延命を図っている。群衆の側も、時にはイスラエルの「強国化」を高く評価してみたり、時にはガザの悲劇を哀れんでみたり、あるいは「私たちは皆ウクライナ人だ」などのスローガンを叫んでウクライナへの一時的な同情に浸ったりしながら、自らの拠り所を探しつづけている。

 これら諸外国のできごとに自らの理想や理念を仮託する一方で、多くの台湾住民は台湾自身の歴史と現実に目を向けようとしなくなった。その結果、巧妙に隠された権力者らの真の思惑は見えにくくなり、群衆は社会全体を支配する「被害者意識」のもと、権力者らの思惑に抗うことができなくなっている。

歴史的経験と現実の融合――沖縄住民の警戒感

 沖縄は、台北から飛行機で二時間足らずの距離にあり、ここ数年は台湾でも人気の海外旅行先となっている。

 長年にわたり、台湾側はこの地を公式には「琉球」と称してきた。中華民国外交部は沖縄との交流を専門に扱う「中琉文化経済協会」を設けており、二〇〇六年に「台北駐日経済文化代表処駐琉球弁事処」に改称されるまで、那覇には同協会の「駐琉球弁事処」が存在した(二〇〇七年、「台北駐日経済文化代表処那覇分処」に改称)。台湾の桃園国際空港では、今日に至るまで発着便の表記で「琉球(沖繩)」を使用している。〔訳者注:その背景には、中華民国を含む歴代の「中国」の政府が「琉球」をかつて日本から独立した朝貢国と認識していた歴史経緯がある。余談であるが、「台湾問題」をめぐって日中関係が険悪化した際、北京政府が「台湾地位未定論」の意趣返しとして「琉球地位未定論」を持ち出す原因もここにある。〕

 台湾社会における「琉球」から「沖繩」への呼称の転換は、もともと歴史的な経緯に基づいていた台湾と沖縄の相互関係と相手側に対する認識が、次第に日本政府、ひいては米国の立場や視点を反映するようになったことを示している。

 他方、多くの沖縄県民が一九四五年の沖縄戦で犠牲になったこと、戦後の米軍基地の設置(日本の国土面積の約0.6%に過ぎない沖縄に、在日米軍専用施設の約七割が集中)が住民の生活にいかに危険と被害をもたらしているか、さらに安倍晋三政権以降、米国のアジア太平洋/インド太平洋戦略に歩調を合わせる形で南西諸島における自衛隊の軍備増強が進んでいることなど、沖縄のもう一つの側面に対しては、台湾側は往々にして無関心であり、無感覚ですらある。それどころか、「台湾の安全保障上の盾」という視点から、沖縄が抱える「軍事の影」を積極的に評価し、その置かれた状況を受容してさえいる。

 沖縄の住民の多くが、その歴史的経験と過酷な現実が交じり合うことで、戦争とそれにともなう軍事基地や再軍備化などに対し、反感と抵抗感を抱いている。実際に、東アジアで軍事衝突が発生すれば、沖縄が真っ先に巻き込まれる可能性が高いということもあり、沖縄住民は戦争のリスクに対して並外れて鋭い感覚を持っている。

 二〇二三年四月下旬、筆者は那覇で開催された第二回「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」に招かれ、「『台湾有事』とは何か?」というテーマで基調講演を行なった。この期間中、『琉球新報』などの地域メディアや地元住民らとの交流を通じて、彼らが「台湾有事」に対して抱く強い緊張感と懸念を痛感させられた。

 二年後の二〇二五年五月、筆者は台北の学術機構・中央研究院で開催された座談会を通じて、バンドン会議の精神を引き継ぐ日本の団体AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)のメンバーと同席した。その際、彼らの訪台の目的が「台湾有事」に対する台湾現地の受け止め方を知ることだと聞き、またメンバーの一人が『「台湾有事」を起こさせないために』という小冊子を片手に熱心にメモを取る姿を見て、日本側の「台湾有事」に対する関心の高さをあらためて感じた。

沖縄という「とげ」を抜く

 「台湾有事」の言説が台湾の政界やメディアでも頻繁に取り上げられるようになったのは、安倍晋三が首相退任後の二〇二一年一二月に「台湾有事は日本有事、すなわち日米同盟の有事でもある」と述べたためである。その少し前の同年四月下旬には、英国誌『エコノミスト』がカバーストーリーで、台湾を「世界で最も危険な場所」(The most dangerous place on Earth)と指摘した。その後、特に米国の様々なシンクタンクが「台湾海峡における兵棋演習(図上演習)」を実施したこともあり、「中共(中国共産党)による台湾侵攻」が半ば当然視されるようになった。そうこうするうちに、米国側が大々的に宣伝する「二〇二七年台湾武力統一」説が派生し、「抗中保台(中国に抗い台湾を守る)」のスローガンを唱える台湾の民進党政権も、後述するように二〇二五年に入って台湾本島を戦場とする軍事演習を初めて実施した。

張鈞凱

Chan Chun-kai
台湾雲林県出身、国立台湾大学政治学系修士、北京大学国際関係学院博士課程。前・多維メディア記者、「香港01」駐台首席記者、風メディア主筆兼両岸センター主任を歴任。現在、原郷人文化工作室執行長。両岸関係や台湾の内政などを取材している。

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