国家主導の排外主義
2025年5月、出入国在留管理庁(以下、入管)は「不法滞在者ゼロプラン」を公表した。その基本的考え方として掲げられたのは、「ルールを守らない外国人により国民の安全・安心が脅かされている社会情勢に鑑み、不法滞在者ゼロを目指し、外国人と安心して暮らせる共生社会を実現する」というものである。この一文にこそ、この政策の本質が露骨に表れている。すなわち、国が「ルールを守らない外国人」と判断した者を排除し、「国民」が「安心して暮らせる」社会を「共生社会」と定義しているのである。ここで語られる「共生」とは、排除の上に成り立つものであり、「国民」だけのための社会である。外国人は、条件付きでのみ存在を許される存在として位置づけられている。この前提認識そのものが、排外主義的である。
排外主義とは、みずからの属する集団を優位に置き、他者を排斥する思想である。歴史的に見れば、それは差別の温床であり、国を戦争へと引き込む導線となる。このプランは、国家が主導する排外主義キャンペーンであり、その影響は社会全体に波及している。
ゼロプラン後の強制送還の実態
「不法滞在者ゼロプラン」以降、強制送還の運用は質的に大きく変化した。それは単なる件数の増加ではなく、手続保障の後退を伴う形で、強行的な執行へと転換した点に特徴がある。
まず顕著なのは、送還予定時期通知制度の形骸化である。この制度は、2010年に日本弁護士連合会と入管当局との合意により導入され、代理人弁護士に対しておおむね2カ月前に送還予定時期を通知することにより、訴訟提起や権利救済の機会を保障する役割を果たしてきた。しかし、「ゼロプラン」以降、この通知は2週間から1カ月前程度に短縮されることが増え、場合によっては、直前の電話連絡にとどまる例すら現れている。さらに入管は、日弁連との合意を一方的に破棄し、2026年2月1日付けで、この送還予定時期通知制度を廃止している。
次に重大なのは、訴訟提起によって送還が事実上停止されるという従来の運用を、入管がやめたことである。従来は、退去強制令書発付処分取消訴訟等を提起すれば、送還は実質的に停止されるという運用が定着していた。しかし現在では、裁判所による執行停止決定が出ない限り、送還は予定どおり実施される。入管当局は、「提訴の機会は保障されている以上、裁判を受ける権利は侵害されていない」と説明するが、実際には、執行停止決定が出なければ、送還が実施され得る運用へと変化している。
さらに、収容から送還に至るまでの過程自体も短期化・迅速化している。通知の遅延、突発的な収容、収容直後の送還という流れが一体的に運用されることにより、当事者が十分な準備や法的対応を行なう時間的余裕は、著しく制約されている。これらの制度運用の変化は、送還の実施を最優先とする方向へと、制度全体が再編されつつあることを示している。
こうした運用転換の実態は、具体的事例においてより鮮明に現れている。たとえば、私の依頼者であるタイ人女性の事案では、日本人との事実婚関係があり、在留特別許可を求める訴訟が係属していたにもかかわらず、裁判所の判断を待つことなく送還が強行された。私は代理人として送還延期を求めたが、入管当局は「執行停止決定がない限り送還する」との立場を崩さず、最終的に護送官付きで送還が実施された。
また、別の依頼者であるネパール人男性の事案では、さらに深刻な問題があった。この男性は、パニック障害により乗り物に乗ることが困難であり、長年にわたり仮放免を受けて生活していた。しかし、訴訟提起や執行停止申立てが行なわれたにもかかわらず、裁判所が執行停止を認めなかったことを理由に、送還手続が進められた。一度は送還が見送られたものの、その後、突然の拘束ののち、わずか1日前の電話による予告で、送還が実施された。日弁連との間で合意されていた事前通知の枠組みは実質的に機能せず、家族に対しても十分な情報提供がなされないまま、送還に至っている。
これらの事例はいずれも、訴訟係属中であることや個別事情の存在にもかかわらず、送還が優先される運用が現実化していることを示している。
以上のような制度運用および具体的事例を踏まえると、「不法滞在者ゼロプラン」以降の強制送還は、単なる行政手続の変化にとどまらない。
第1に、司法的統制の実効性を著しく弱めるものである。裁判係属中の者の送還は司法判断の意味を空洞化させる危険を孕み、被送還者の裁判を受ける権利を侵害する。
第2に、十分な手続保障を欠いたままでの送還実施は、憲法上の適正手続保障(憲法31条「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」)との関係で重大な問題を生じさせる。
第3に、国際人権法上の義務、特に難民申請者の場合は、ノン・ルフールマン原則(難民が迫害の危険に直面する国への送還に対する保護を享受すること。難民条約第33条に規定)との関係においても、深刻な緊張関係を生じさせるものである。
さらに、「ゼロプラン」が不法滞在者数の削減という数値目標を掲げ、その達成を最優先課題としている点に照らせば、こうした運用は個別事案における判断に基づく運用ではなく、制度的方針に基づくものであると評価できる。すなわち、個々人の生活関係や健康状態、家族関係といった事情よりも、送還の実績が優先される構造が制度的に組み込まれているのである。
このように、「不法滞在者ゼロプラン」以降の強制送還は、人権保障の後退と引き換えに、国家による排除機能を強化する方向へと大きく舵を切ったものと位置づけられる。その意味において、これは単なる運用の問題ではなく、日本の法秩序のあり方そのものに関わる問題である。







