トランプ・ダメージと核のパンドラ――臨界点に向かうNPT体制

太田昌克(共同通信編集委員)
2026/04/30
Man in a dark overcoat walking among uniformed military officers on a tarmac at an airfield
中東で戦死した米軍兵士6名の遺体移送式に出席するトランプ大統領。2026年3月18日、デラウェア州ドーバー空軍基地。Official White House Photo by Abe McNatt

大義なき戦争

 国際政治が未曽有のカオス状態を呈している。そして「核のパンドラの箱」が、その大きな口を開けようとしている。行き着く先は、国際安全保障が無秩序状態に陥る世界危機である。

 その〝震源〟は紛れもなく、内政の溶解が進むアメリカ合衆国の第47代大統領のドナルド・トランプだ。

 「何が脅威であるか、また脅威でないかを決定できる唯一の人物は大統領です」

 米国とイスラエルの対イラン攻撃から19日目となる3月18日、米国家情報長官トゥルシー・ギャバードが上院情報特別委員会の公聴会でこう言い放った。国家情報長官は18の米情報機関を束ねるトップであり、インテリジェンス・コミュニティーを代表する大統領のアドバイザーだ。

 衝撃的なこの発言自体が実は、米国の安全保障政策と民主主義の現在地を考えるにあたり、切実な問題を提起する。なぜならギャバード発言は、政治とは明確な一線を画した上で偏りのない情報収集と客観的な情報分析を旨とする「インテリジェンスのプロ」の掟に背くと同時に、王様のような振る舞いを見せる為政者トランプにおもねる忖度発言以外の何物でもないからだ。

 ギャバードは公聴会に事前提出した書面にこうも記していた。「ミッドナイト・ハンマー(真夜中の鉄鎚)作戦の結果、イランの核濃縮計画は壊滅的な打撃を受けた。以来、濃縮能力を再建しようとする動きは見られない(1)」。

 昨年6月、米軍B2爆撃機が大型の特殊貫通弾でイランの核施設を破壊した。その後、核爆弾原料の兵器級高濃縮ウランを生成する動きは見られない。よって核計画は休止中だ――。これが書面証言の言わんとするところだ。

 そうだとすると、今回のイラン戦争の「大義」としてトランプが掲げる「イランの核の脅威」はそもそも存在しなかったことになる。虚偽答弁をすれば偽証罪にも問われる議会公聴会で情報機関の最高責任者が開示したインテリジェンスと、国家安全保障政策の最高決定権者であるトランプの掲げる「大義」がまったく相いれないのだ。

 そんな矛盾を取りつくろうため、苦し紛れの末に飛び出したのが「何が脅威かを決めるのは大統領」との発言に他ならない。それはまた、混乱と迷走を過ぎて「国際の平和および安全」(国連憲章)の害悪にすらなりつつあるトランプの独善的な政権運営と政策決定手法の帰結でもある。

 民主主義国家における政策決定の要諦の一つは、科学的なエビデンスに根差した熟議と公論だ。「トランプのアメリカ」はこれを端から無視し、自衛権発動の大前提となる「急迫不正の脅威」の存在があやふやなまま、イスラエルの甘言に乗って無謀な戦争に突き進んだ。そんな違法かつ大義なき戦争が意味するところはあまりに深遠であり、極めて重大かつ深刻である。

 本稿では以下、①米国とイスラエルが仕掛けたイラン戦争、②イスラエルのガザ侵攻、③5年目に入ったロシアのウクライナ侵略――を題材に、これら3つの現代戦争が眼下の世界秩序をいかに変容させているかを考察する。とりわけ①を中心に論述を試み、1970年の発効以来、国際的な核秩序の礎石となってきた核拡散防止条約(NPT)体制に与える核心的含意と致命的打撃を検証してみたい。

 結論を先取りするとこうなる。「トランプ・ダメージ」の傷痕は深く、今後の中東情勢次第では、「核のパンドラの箱」を半世紀以上閉じてきた要石のNPT体制が〝臨界点〟に近づく恐れがある。核兵器使用のリスクは中長期的に増大する傾向にあり、人類は「核時代の新常態」を迎えている――。

イラン戦争、三者三様の構図

太田昌克

共同通信編集委員、早稲田大と長崎大で客員教授。核に関する著作は10冊以上。『狂気の時代――核と人類の80年』(地平社)を近刊(予定)。BS11「インサイドOUT」M C(第2、4金曜)。

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