ヘイトスピーチ解消法の偽善性
私が一貫して維持しているスタンスは、クズにはクズと正面から言ってやることだ。
しかし、リベラル界隈にいると、右翼がちょっとマトモなことを言うだけで、まるで英雄のように持ち上げてしまうみっともない姿を何度も見せられてきた。いったいあれは何なのか、不思議で仕方がない。
たとえば西田昌司だ。
10年前にヘイトスピーチ解消法ができたとき、法案成立に向けて自民党をまとめるのに功績があったとして西田昌司参院議員を讃える者が少なくなかった。京都が地元で被差別部落の苦しみを知っている西田さんだからこそまとめられたと言っている人もいた。
しかし、この法律はそもそも罰則のない理念法である上、おまけで付帯決議はついたものの「適法に居住する本邦外出身者」という限定付き。アイヌも、被差別部落民も、ウチナーンチュも、国際児も、性的少数者も、メインの保護の対象から外されているようなものだ。
ようやく手にした差別解消のための法律が、「お前たちは救わない」と誰かを排除したものだったことは、私にとって人生の汚点そのものだ。しかし、そんな代物でも、これまでの関係者の苦労を思うと、ありがたがらねばならなかったのだ。
それにしても、「京都が地元で被差別部落の苦しみを知っている西田さん」がまとめてくれたというのなら、なぜ被差別部落民が外されているのか。この時点でおかしいと思わなければならないはずだろう。
マスメディアによるヘイトの黙認
西田昌司は1958年生まれで京都市出身。滋賀大学経済学部卒業後、府議を5期務め、その後2007年に参院選で初当選した。それ以来、選挙のたびにトップ当選を重ねている。
思想的には極右ど真ん中。あの自民党の改憲草案の起草委員会幹事を務め、現憲法の基本理念である天賦人権論や平和主義、国民主権を否定する妄言を何度となく繰り返している。
西田は、ヘイトスピーチ解消法で言う「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」には明確に反対の立場を取っているというが、2017年1月2日に東京MXで放送されたDHCテレビ制作の番組「ニュース女子」について、わざわざその後続番組に出演して、この番組は解消法が規定するヘイトではないとお墨付きを与えているのだ。
「ニュース女子」は、ネット上に溢れていた沖縄の基地反対運動に対するデマをつなぎ合わせ、さらに在日への差別扇動で上書きしたような番組で、私に一切取材することなく、私があたかも北朝鮮の手先で過激派の黒幕であるかのように匂わせた上で、私との関係を理由に沖縄の平和運動を誹謗したものだ。
辺野古の埋め立て、米軍基地拡張という日本政府の方針に反対する沖縄の運動を攻撃するためなら、テレビという公共媒体を使って民族差別デマを放送し、在日である私を攻撃するよう大衆を扇動しても、それはヘイトではないというわけだ。
彼のお墨付きもあって、この番組が生み出した私への攻撃は壮絶なものとなった。
その後の訴訟で、最高裁は「ニュース女子」の私に対する名誉毀損を認め、制作会社のDHCテレビに賠償金の支払いを命じた。550万という高額の賠償金が認定されたのは、「ニュース女子」の扇動による私への大衆の暴力がそれだけすさまじかったからだが、判決の根拠となったのは民法の規定する「名誉毀損」だけだった。
ヘイトスピーチ解消法は、まったく「ニュース女子」のヘイトを追及する役には立たなかったのだ。
繰り返される在日朝鮮人への迫害
確かに、ここ数年、「ヘイトスピーチ解消法」を根拠に、あるいは判断基準の一部にして、被害者側が勝訴(賠償命令など)した裁判はいくつかある。
しかしその裏には、朝鮮人というだけで迫害されてきた在日の歴史と、無念の死を遂げた多くの命があるのだ。
1948年、各地で自主的に運営されていた朝鮮学校を占領軍と警察が強制的に閉鎖させ、この弾圧の過程で16歳の金太一少年が射殺された。1949年には「在日本朝鮮人連盟」が解散させられ、兵庫県支部長だった朴柱範は逮捕された後、獄死した。
1952年、武装警官隊が東京朝鮮学校に乱入して韓宇済を殺害し、泉大津朝鮮小学校襲撃事件では申聖浩が射殺された。
1962年には神奈川朝鮮高級学校の男子生徒辛英哲が殺害され、その後も朝鮮高校生への暴行事件が多発した。武装自衛官がこれ見よがしに朝鮮大学校の正門前で射撃訓練をするという事件(1967年)もあった。
1970年には九州朝鮮学校と愛知朝鮮学校への放火事件が発生し、72年にも東京朝鮮学校と大阪朝鮮学校が放火された。当時中学に上がったばかりの私も、チマチョゴリを着ていたせいで、新宿駅で木刀や竹刀や日本刀らしきものを持った男たちに囲まれた経験がある。
加えて、朝鮮半島での南北対立が、そのまま在日への迫害に転嫁された。1989年のパチンコ疑惑、94年の北朝鮮核疑惑、そして98年のテポドン騒動。このときは、公立学校に通う在日の4世や5世の子どもたちの蔑称として「テポドン」が使われた。千葉では朝鮮会館強盗放火殺人事件が発生し、他の民族団体の施設にも火炎瓶が投げ込まれた。
2000年、石原慎太郎東京都知事の「三国人発言」事件では国連人種差別撤廃委員会から是正を求める勧告が出されたが、本人も一般都民もマスコミも一顧だにしなかった。
そして、在日への暴力が一気に吹き荒れたのが、2002年の小泉訪朝で「日本人拉致」事件がマスメディアを席巻した時だ。日弁連の調査によると、在日の小中学生などをターゲットに、短期間で1000件以上の差別暴行事件が発生している。
2007年には「在特会」が出現した。彼らは京都朝鮮学校襲撃事件と徳島教組への乱入事件を起こし、2013年には「ヘイトスピーチ」が流行語となった。ヘイトデモは全国各地で頻発するようになり、大阪ではデモに参加した女子中学生が在日の集住地域で「鶴橋大虐殺を起こしますよー!」と叫ぶという事態に至った。
解消法の施行後もヘイトは止まらなかった。2018年には民族団体への発砲事件が起き、ネットのデマを信じた若者が京都の在日集住地域にあるウトロに放火した。その犯人は反省することなく、裁判では犯行を正当化し、再び同様の犯罪を行なう可能性すら示唆した。
解消法は、現実にまったく追いついていない。
現政権のねらい
高市政権は、その成り立ちからして「差別バネ」を武器にしてきた。ターゲットは「非日本人」である。
戦争はヘイトから始まると言われているが、マルティン・ニーメラーの「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから」から始まる詩の「共産主義者」を外国人に置き換えれば、高市政権がどこに向かっているのかがよくわかる。
そして西田は、そのお先棒を担ぐことはしても、決して政権の発する言葉がヘイトだとは言わないだろう。
解消法を作った俺だから分かる、という枕詞を付けて。
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月刊『マスコミ市民』の休刊で、1999年から連載を続けた私の言いたい放題の口も静かになるかと思いきや、なんと地平社さんに拾われることとなりました。早くも昭和の化石男性読者諸氏から絶望のため息が聞こえてくるような気がしますが、よろしくお見知りおきのほどをお願いします。



