万が一、重大な原発事故が生じたときに、避難計画は機能するのか。住民は被ばくせずに無事に避難することができるのか。
避難や屋内退避といった原子力防災に関する計画は自治体によって策定される。策定のベースとなっているのが、原子力規制委員会が定めた「原子力災害対策指針」だ。これらの計画や国の対応を取りまとめたのが「緊急時対応」と呼ばれる文書で、原発が立地する地域ごとに策定される。二〇二五年六月二七日、石破首相が議長を務める原子力防災会議で柏崎刈羽原発の「緊急時対応」が了承された。
しかし、この「緊急時対応」は、福島原発事故や能登半島地震の教訓を踏まえたものとはいえず、住民を被ばくから守るような内容となっていない。
福島第一原発事故の教訓は
そもそも、土台となっている「原子力災害対策指針」が、計画が必要な範囲をほぼ30㎞と限定し、避難を最小限に抑え、おおむね屋内退避ですませようという内容だ。
住民を被ばくから守る、というよりも、原発事故の想定やそれに伴う避難を「大ごとにしない」、社会的混乱やインパクトを最小限に抑えるものとなっている。検討で使われている原子力規制庁のシミュレーションをみると、前提としている事故の規模は、放射性物質の放出量としては、福島第一原発の一〇〇分の一のレベルだ。「新規制基準も整備され、それに基づく対策がなされているので、福島第一原発事故ほどの規模の放射性物質の放出は起こらない」ということなのだろう。
それでは、福島第一原発事故の教訓とは何だろうか。
二〇一一年三月一一日の東日本大震災により発生した福島第一原発事故は、地震・津波・原発事故がほぼ同時に発災するという複合災害であった。三月一二日から一五日にかけて、一号機、三号機、四号機が相次いで爆発し、大量の放射性物質が放出された。二号機は爆発こそ免れたものの、大量の放射性物質が放出された。
放射能汚染は広範囲に及び、30㎞よりも離れた飯舘村も全村避難を強いられた。60㎞離れた福島市も20マイクロシーベルト/時超を観測した。これは、現在の原子力災害対策指針においては、「一週間をめどに一時移転」が必要となるレベルである。原子力安全・保安院の推計によれば、放出されたセシウム134とセシウム137は33ペタベクレル(ペタは10の15乗)に及んだ(1)。
1 原子力安全・保安院(平成23年10月20日)「「東京電力株式 会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」の正誤」
放射性物質を含む大気は風向きや地形に応じて広がり、雨・雪により、土壌に放射性物質が沈着し、長期にわたる放射能汚染を引き起こした。せっかく巨額の予算を費やして開発されたSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)による放射性物質拡散予測のデータは隠されていた。このため、放射性物質の影響が強い方向に避難した住民も多い。また、ヨウ素剤の服用指示の助言も現場には伝達されなかった。
一五年近くが経過しても、いまだに住民が帰還できない地域がある。影響は広く、複雑で、長期にわたる。
住民に被ばくを強いる「屋内退避」
それでは、柏崎刈羽原発の「緊急時対応」はどのようになっているのか。
原発が冷却機能を喪失するような全面緊急事態になった場合、5㎞圏(PAZ)の住民は被ばくを避けるために、放射性物質が放出される前に、原則30㎞圏外に避難をすることになっている。一方、5〜30㎞圏(UPZ)の住民はひとまずは「屋内退避」となり、高線量が観測されたときにはじめて、避難指示が出される。20マイクロシーベルト/時に達したときは一週間程度を目途にした一時移転、500マイクロシーベルト/時に達したときには即時避難だ。基準自体がかなりの高線量だが、これは柏崎刈羽原発に限った話ではなく、前述の「原子力災害対策指針」で定められているので、すべての原発に適用されている。
さらに「屋内退避」後に「基準に達した場合」の「避難指示」では、住民に被ばくを強いることになる。まず、屋内退避で被ばくが十分低減できるわけではないのだ。内閣府原子力防災の試算(2)では、木造家屋で自然換気では、積算被ばく量の削減は50%程度にとどまる。
2 内閣府ウェブサイト「原子力発電所からおおむね5~30㎞圏内にお住まいのみなさまが行う屋内退避について」
放射性物質を含んだ大気(プルーム)が繰り返し到来した場合など、時間の経過に伴いさらに屋内退避の効果は薄れる。福島第一原発事故の際は、家屋の屋根などに放射性物質が付着したため、屋内のほうが放射線量が高くなった例もみられた。住民は、原発事故が進展する中、屋内で被ばくし、高線量になって避難指示が出たあとに、避難の途中で被ばくする。いわば、屋内退避と避難と、二段階で被ばくを強いられることになる。
原発近傍の住民も、避難できなければ「屋内退避」
原子力災害対策指針では、PAZ(原発から5㎞圏内)の住民は、原発が全面緊急事態となった場合は、「即時避難」としている。これは、屋内退避では十分な被ばく防護とならず、「放射線被ばくによる重篤な確定的影響を回避し又は最小化するため」のIAEAの判断基準(実効線量100mSv/週、甲状腺等価線量50mSv)すら超えてしまうからだ。これは、原子力規制庁のシミュレーションでも示されている(3)。
3 原子力規制庁(平成26年5月28日)「緊急時の被ばく線量及び防護措置の効果の試算について」
一方で、かねてより、「大雪時など道路が通行不能になり避難できない場合もあるのではないか」ということはしばしば指摘されつづけてきた。二〇二四年一月一日に発生した能登半島地震では、道路が寸断されて通行不能となり、多くの集落が孤立した。また、多くの家屋が倒壊した、つまり、地震と原発事故が重なる複合災害では、避難も屋内退避もできなくなることを私たちは再度突き付けられた。原子力規制委員会はこうした疑問に真摯に向き合うべきだが、そうはせず、原子力災害対策指針を見直すのではなく、屋内退避の運用を見直すことで論点をずらした感がある。
結果的に、現在の柏崎刈羽「緊急時対応」では、PAZの住民は、暴風雪や大雪時などで避難できないときは「屋内退避」することになっている。これは「対策」といえるものではなく、住民が「重篤な確定的影響を回避又は最小化」できないレベルの被ばくをすることを許してしまうことになる。














