寡頭政治との戦い――米民主党復活の鍵

三牧聖子(同志社大学大学院教授)
2025/10/07
トランプ大統領がホワイトハウスにハイテク企業のトップらを招いて開いた懇談会の様子。Photo by The White House

富裕層の富裕層による富裕層のための政治

 「ディープステート(闇の政府)を打ち砕き、国民によって国民のために運営される政治を復活させる*1」――2024年大統領選中、ドナルド・トランプは、これまで政府は「腐敗した既得権益層」に乗っ取られてきたとして、「ディープステート」の解体を繰り返し国民に約束した。しかしその就任式で、トランプ一族とともに最前列を陣取っていたのは、実業家イーロン・マスクをはじめ、アマゾンの共同創業者ジェフ・ベゾスやメタCEOのマーク・ザッカーバーグら世界有数の富豪たちだった。就任式の光景は、「国民のための政治」がすでに政権発足直後から捨て去られようとしていたことを暗示していた。

1 “Agenda47: President Trump’s Plan to Dismantle the Deep State and Return Power to the American People,” Trump,Vance 2025 (March 21, 2024)

 政権発足から半年、アメリカ政治に巣食ってきた「ディープステート」は解体されるどころか、むしろより肥大化した「ディープステート」が現出している。アメリカの歴史上、腐敗した大統領は数多くいたが、トランプほどにあからさまに大統領という地位を利用し、巨額の利益を得ている大統領はいない。2025年現在、トランプの純資産は過去最高の73億ドルに達し、2024年の43億ドルから30億ドルも増加した。フォーブスが発表する純資産の最新ランキングでは118ランクも順位を上げ、201位の位置につけた。富の蓄積の大きな原動力となってきたのが暗号資産だ。トランプは3人の息子とともに、2024年9月に暗号資産ベンチャー「World Liberty Financial(WLF)」を立ち上げた。政権発足直前には自身のミームコインを立ち上げ、政権が発足すると早々に暗号資産に関する規制緩和に乗り出した。その結果、トランプのミームコインは毎週数千万ドルもの自由に使えるお金を生み出し、WLFがこれまで生み出した富は14億ドルにのぼるという*2

2 「トランプの純資産が1.1兆円到達、『米大統領の権力』を現金化」Forbes(2025年9月13日)

 トランプ政権のもとでは、いつ、どのような大領令が出されるかわからない。富裕層はトランプに擦り寄り、ビジネス上の利益を確保するのに必死だ。9月4日、トランプはホワイトハウスにハイテク企業のトップら二十数人を招いて懇談会を行なった。メタ創業者のマーク・ザッカーバーグ、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)、オープンAIのサム・アルトマンCEOら、政権と関係を深め、自身のビジネスへの優遇的な措置を勝ち取りたい企業トップらは、トランプの統治を褒め称え、「素晴らしいリーダーシップ」に対し、何度も感謝の言葉を口にした。その後、トランプの私邸マールアラーゴを模したパティオへと改修されたばかりのローズガーデンで、共和党関係者も含めて豪華な晩餐会が開催された。

 なんとも現代のアメリカを象徴する光景だ。アメリカの経済格差は広がるばかりで、富裕層上位1割が富全体の7割近くを保有し、下位半数が保有する富はわずか3%に過ぎない*3。それでも強欲な現代の富裕層は、足るを知らない。2024年大統領選では、電気自動車大手テスラや宇宙開発企業スペースXのCEOである実業家イーロン・マスクがトランプに2億ドルもの巨額献金を行なった。その「見返り」として、マスクは政権に深く入り込み、一時は「共同大統領」と呼ばれるほどの権勢を誇り、スペースXなどの大量の政府契約も獲得した。

3 “America Has Never Been Wealthier. Here’s Why It Doesn’t Feel That Way,” New York Times (March 31, 2025)

 その後、トランプとマスクは、関税政策や電気自動車促進策などをめぐり対立を深め、5月末にマスクは政権を去った。しかしこれによってトランプ政権とシリコンバレーの富裕層の関係が絶たれたわけではない。マスクが去った後、政権との関係を深め、莫大な利益を得ているのがデータ分析企業パランティア・テクノロジーズだ。2001年9月11日の同時多発テロ直後、決済サービスPayPalの創業者として成功を収めたピーター・ティールが、旧友アレックス・カープとともに、「テロの脅威から自由社会を守るためにテクノロジーを活用する」という発想のもとにつくった企業だ。以降、パランティアは国防総省や国家安全保障省から数多くの契約を勝ち取ってきた*4

4 “In Trump’s Washington, Palantir Is Winning Big,” Washington Post (August 1, 2025)“Palantir Shakes off Defence Spending Concerns with Boost to Revenue Outlook,” Financial Times (May 5, 2025)

 同社創業者のティールは2016年大統領選に際し、当時トランプ批判一色だったシリコンバレーでいち早くトランプ支持を公言し、125万ドルを献金した経緯があり、JDバンス副大統領の長年のメンターでもある。トランプ政権になって政治への影響をいよいよ強める、右派的な思想を持つシリコンバレーの投資家たち=「テック右派」の代表的な人物だ。

現実を否定するトランプ政権

 豪華な夕食会の様子が政府の公式SNSに投稿されると、「庶民感覚とあまりにかけ離れている」と人々から批判が殺到した。7月4日、トランプは「一つの大きくて美しい法案」と名付けた大型減税法案に署名し、法律として成立させたが、その内実は明らかに富裕層を優遇するものだった。同法案には確かに労働者向けの目玉政策として掲げられてきた「チップ収入非課税」も含まれたが、低所得者向けの医療保険(メディケイド)など医療関連費の1兆ドルの削減が盛り込まれるなど、低所得層にとっては支援が削られる痛みのほうがはるかに大きい。議会予算局の試算によれば、法案成立により、政府債務は今後10年間で3.1兆ドル拡大し、2029年時点で高所得層の所得が3%増加する一方で低所得層の所得は4%減少する。

 トランプ政権が発動した高関税は、いよいよ価格に本格的に転化され始めている。労働省労働統計局(BLS)が9月11日に公表した8月の消費者物価指数(CPI)の前年同月比の上昇率は2.9%。食品の価格も前年同月比で3.2%の上昇となった。家賃等住居費も3.6%上昇した。雇用状況も悪化している。BLS発表の雇用統計によると、8月の非農業部門雇用者数の伸びは大きく鈍化して2万2000人増にとどまり、失業率も2021年以来の高水準となった。8月初頭、トランプは、7月の雇用統計で過去の就業者数が大幅に下方修正されたことに激怒し、「民主党寄りの労働統計局長が自分を貶めるためにデータを改竄した」と一方的に断定し、同局長のエリカ・マクエンタファーを解雇したが、結局、数字は嘘をつけない。トランプや共和党に近いケーブル報道局FOXニュースですら、9月初頭に実施した世論調査で、有権者の52%が「トランプ政権によって経済が悪化した」と回答し、「改善した」と回答した30%を大きく上回ったと報道した。この調査について問われたトランプは、「FOXは新しい世論調査会社を雇うべきだ」と数字に疑義を呈し、状況改善のための具体的な政策は一切語らなかった*5

5 “Fox News Host Confronts Donald Trump with His Bad Polling Numbers,” Newsweek (September 18, 2025)

 庶民が置かれている厳しい経済状況をよそに、トランプ政権は今、ホワイトハウスに、自身の名前を冠した新しい舞踏会場を建設する計画に熱を入れている。2億ドル超の規模と推定されるプロジェクトに対し、すでにGoogleやロッキード・マーチン、パランティアなどの大企業が500万ドル以上の寄付を約束していると伝えられている。10月15日には、さらに寄付金を募るための「レガシーディナー」と称する資金集めイベントが開催される予定だ。トランプ政権はその統治の実態が、ごく少数の金と権力を持つ人たちがさらにその富と権力を増やす一方、庶民は今かろうじて持っているものですら剥奪される寡頭政治であることを隠そうともしていない。

敗戦から立ち直れない民主党

三牧聖子

(みまき・せいこ)1981年生まれ。同志社大学大学院准教授。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了。米ハーバード大学日米関係プログラム・アカデミックアソシエイト、高崎経済大学准教授などを経て現職。専門はアメリカ政治外交史、平和研究。著書に『戦争違法化運動の時代』(名古屋大学出版会)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)、『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』(集英社新書)など。

2025年11月号(最新号)

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