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【第1回】差別と排除のなかで置き去りにされる少女たち
【第2回】「少女を守る」と胸を張るおじさんたちが守りたいもの
【第3回】「家族の助け合い」という言葉が隠すもの
【第4回】メディアはどっちを見てる?
【第5回】怒鳴る相手が違う
【第6回】世界各地の実践と議論に学ぶ
【第7回】罰せられるべきば買う者たち
路上で罵り合い
「夢乃さん! 早く来て! バスカフェに来てる子たちが喧嘩してる!」
歌舞伎町で路上をさまよう少女たちに声をかけ、つながるアウトリーチの活動中、私を見つけたハタチのメンバーが駆け寄ってきた。急いで現場に行ってみると、性売買スポットとなっているホテル街で、路上で体を売る状況にある少女や女性たちが罵倒し合い、五対一で喧嘩していた。
「鏡、見たことあるのか?」「あぁ? 鏡なんて、何回も見たことあんだよ。自分がブスって、とっくの昔からわかってんだよ!」「今、お前と話してねえんだよ、あっちいけ!」「うるせぇ! 早くどっかいけ!」などと叫び合っていた。
そこへ、「なになになに〜」と、入っていく。私はしょっちゅうこのエリアで女性たちに声をかけ、話をしていることから、だいたいの女性とは顔見知りになっている。この日言い合いしていた少女たちとも顔見知りだったり、一年以上の付き合いがある人もいた。
「キれちらかしすぎ、声デカすぎ、何があった?」と彼女たちに話を聞こうとすると、誰が誰のことを「ブス」と言った、「あの子には客がつかない」と言った、などと、頭に血がのぼった様子で、複数人が同時に話してくる。そして、「ブスって言っただろ」「お前だってブスだ」「お前はいくらで客を取ったのか」「目ざわりなんだよ」というようなことを大声で言い合っていた。
まわりには買春者が集まり、ニヤニヤしながら腕組みをして彼女たちの様子を見物していた。周囲を警察がパトロールしていたが、売春している女性が被害者として保護されずに捕まる日本では、警察に介入されたらむしろやっかいだ。
私は彼女たちより大きい声で、「誰がかわいくて、誰がかわいくないか? そんなこと誰が決めるの? 買春男たちが決めた価値観で喧嘩をしない! 誰がいくらで、誰がいくらか? 買春男がつけた値段を自分の価値だと思わないで、それで競わなくていい!」と語りかけた。この状況をどうにかしなくちゃと思っていたので、私の声は街頭演説並みに大きかったと思う。買春者たちにも聞かせてやりたかった。彼女たちが、買春男たちの決めた価値観のなかで揉めていることが悔しく、怒りで涙が出そうだった。ニヤつきながらあたりをうろつく買春男たちに心底、腹が立っていた。
「男たちが決めた『かわいさ』の基準なんてどうでもいい! なんであいつらが私たちを評価できる立場にあると思ってるんだ! 偉そうに、気持ち悪い! そんな価値観に縛られる必要はない!」と大声で語りつづけると、少女たちが「それな」「確かに」とポツリぽつりと合いの手を入れて、少しずつ静かになった。
「私にとっては、みんながかわいい! 男たちが決めた値段で自分を評価する必要なんてない。今はみんな、貢いでる男(彼女たちが体を売って得たお金を回収する性搾取の加害者)のこと、まだ信じたいんだと思うけど、私はその男たちだっておかしいと思ってる。みんなのことを大事に想っていたら、そんなことをさせない。私はみんなが体を売らなくていいように、そうしなくても生活できるようになってほしいと思っているし、そんなときが必ず来ると思うから、そのときは一緒に考えたい。とにかく、こんなキモいじじいたち、買春男たちの基準で自分の価値を決める必要なんてない!」と続けた。
彼女たちに語りかけながら、この街で、この社会で、そんなふうにまじめに、真剣に少女たちに語りかける大人は、どこにもいないんじゃないかと、悲しくなってくる。私も、少女時代、それが価値だと思い込まされていたから。彼女たちが何に縛られているのか、よくわかるから。
【1/20発売新刊】『Colabo攻撃――暴走するネット社会とミソジニー』
仁藤夢乃 編著、安田浩一、神原 元、小川たまか、太田啓子、田中優子 著
涙のわけ
双方を引き離して話を聞いてみると、二〇代のAちゃんが、まだ一〇代のBちゃんについて、一緒に路上で客待ちをしているCちゃんに「あの子、客ついてるの見たことない」と言ったことが喧嘩の発端だった。その話をCちゃんが、その界隈でも年上のDちゃんにしたことで、DちゃんがBちゃんを守るために、Aちゃんにブチ切れ、Bちゃんと年齢の近いEちゃんと、喧嘩を面白がるFちゃんが加わって、Aちゃんを罵倒していたようだった。
Aちゃんは、「自分が最初に、Bちゃんに客がついているのを見たことがないとCちゃんに言ったことは悪いと思っているけど、それをみんなに言いふらすCちゃんも、あそこまでキレるDちゃんも悪くないの? 関係ないのに入ってくる人たちも悪くないの?」と言う。Aちゃんが、知り合いではなかったBちゃんについて言ったことが発端となったことを申し訳ないと思っているというので、謝りたいなら一緒に行ってもいいけど、どうしたいかと聞くと、「五対一であんな勢いで言われたら、怖い。知り合いじゃないし関係ないのに入ってきた人たちもいて、気まずい」という。確かにそうだ。
「そうしたら、今日はあの子たちも興奮してるし、まともに話し合える状態じゃないから、帰りな。私があの子たちにも、Aちゃんが最初に言ったことはよくなかったと思っていると言っていたことは伝えてみるから」と話して、Aちゃんを帰そうとした。Aちゃんには帰る家があるが、他の子のなかには家がない子もいるので、まずはAちゃんに今日はひとまず歌舞伎町から離れてもらうほうがいいと思ったからだ。
Aちゃんは私たちに一緒にいてほしいという様子で、引き留めてきた。目に涙をためているので、理由を聞くと、「あんなふうに言われたらもう、あそこに行けなくなる……。稼がないといけないのに、どうしよう」と話した。
彼女が泣いているのは、あそこに立てなくなったら、ホストに貢げなくなり、捨てられるからだった。Aちゃんが稼がないといけないのは、ホストのためだ。月に数百万円入れるように「頑張ってほしい」と言われているという。「今はそう思えないのもわかるけど、ホストはAちゃんのことを大切に想っているわけではないと思う」と伝えつつ、Aちゃんを家に帰した。
Aちゃんは、自分には精神疾患があるので、こんな不安な状態で家に帰ったら何をしてしまうかわからない、と泣きながら震えていた。「リスカとかODしちゃうかな。でもそもそも、その原因はホストが作っている。その男と切れない限りは、この生活もやめられないし、おっさんに体売って、男に毎月数百万とられて、精神的にきつい状況が続くけど、今はそのホストがいないと生きれないと思ってる状態だもんね」と話しつつ、とにかく今日は歌舞伎にいても危ないから、家に帰って、またあとで連絡を取り合おうと伝えた。私とは前にLINEを交換したことを彼女は覚えていて、その後LINEをくれ、朝方まで不安な様子でやり取りをした。一人ひとりとこうして関係を作り、数年かけて、性売買から抜け出すタイミングやきっかけを待ち、作りつづける。そんなことを続けている。
* *
Aちゃんと別れてから私は、怒りで興奮していた子たちと早く話をしなければと、急いでホテル街に戻った。早く落ち着かせないと、彼女たちが何をするかわからず、それによっては、その子たちが警察に捕まる可能性もあることを心配していた。ホテル街に戻ると、五人は客待ちのための定位置に戻っていたが、まだイライラした様子だった。Colaboからもらったチュッパチャプスをしゃがみながら舐めている人もいた。
私が戻ると、「どこまで送ってったの? なんて言ってた?」といらだった様子で聞いてくるので、彼女の言葉を伝えた。「悪いと思うなら今から連れてきてよ」「謝りに来い」などと言ってくるので、この状況ではまともに話し合いができる状態ではないし、喧嘩を面白がって盛り立てている人もいる状況では無理であることを伝え、それから、他の五人の言い分を聞いた。
私は、「みんなそれぞれ言いたいことがあるのはわかるが、客の決めたかわいさや値段、客がつくかどうかで自分や他の子の価値をはかろうということがそもそもおかしい」ということを繰り返し伝えた。それについては、「それはそうだ」と彼女たちは応えた。「でもそれは、あなたたちのせいじゃなくって、そういうふうに若い子たちに思わせる大人の責任である」と思っていることも伝えた。
自分についた値段に傷つき、傷つける
歌舞伎町では、性売買の現場では「客がつかない」ということが、悪口になる。そして「あんな体形だから、客がつかない」と女性同士が非難し、「あの顔で、いくらで売ってるんだろう」などと、見た目や男につけられた値段で互いを評価し、罵り合っている。
自分に客がつかないと「選ばれなかった」と落ち込み、買春男に選ばれるように見た目を変えたり、値段を下げたり、生・中出しなどのより劣悪な条件で「買われる」よう調整し、「努力」することを求められる。
この日の少女たちの喧嘩のなかでは、見た目や金額のことだけでなく「あの子には家がある(だから心配しなくていい)」と家庭環境を比べた発言や、「あいつは障害持ちだ」といった差別発言も飛び交っていた。それは彼女たちが、買春者や性売買業者から、そして世間から浴びせられてきた言葉だ。
性売買のなかにいる女性たちは、「家があるかないか、頼れる人とのつながりがあるかないか」「障害があるかどうか」「自傷行為の傷があるかないか」「見た目や体形がどうか」などで、いつも判断される。そして、「傷モノ」であるとみなされると価値が下がることを、男たちの評価で一日に何十回も突き付けられ、実感させられている。「傷モノ」の少女たちは、性売買の現場で、安く見積もられたり、軽く扱われたり、もっとひどい暴行をしてもよい存在として扱われる。
そういう目に遭ってきた少女や女性たちが、自分に障害があることや家庭環境が自分を性売買に誘導したことをかたくなに認めなかったり、「彼氏」に騙されていると思いたくなかったりするのには、理由がある。
この日、「あいつは障害持ちだ」と悪口として言っていた女性にも障害があったり、「あの子には帰るところがある(だから心配しなくていい)」と突き放すように言っていた少女が続けて「それなのにこんなところに来ている」と言ったりしていた。自分たちがどんなところにいて、どんな扱いを受けているのか、それを彼女たち自身が一番わかっているから、そういう言葉を、相手を傷つける言葉として言うのだ。
社会が彼女たちに浴びせる目線を内面化して、自分自身を傷つけるような言葉を、彼女たちが他の子に言うとき、それは彼女たち自身の心の傷を表している。相手を攻撃することで、自分は同じ立場ではないと思おうとしたり、自分はそんなことでは傷つかない存在なのだと思ったりすることで、自分を奮い立たせ、強く見せ、自分を保とうとする。そうするしか、そこで生き抜く方法がないからだ。
路上で体を売る状況にある女性に声をかけた時、拒絶され「あんたたちより稼いでるんだよ!」と叫ばれたこともあった。「男にこれだけ買われた」ということだけが評価になる性売買のなかで、「いくら稼いでいるか」や「いくらその金をホストに貢いだか」に自分の価値を置き、そこにすがることで自分を保とうとしている人は多い。「かわいそうな存在と思われたくない」という想いもあるだろうが、そう思わせているのも、被害者を弱くて力のない存在として扱う社会だ。
男社会の価値観による分断を女の連帯で乗り越える
性売買の現場では、男たちが作った基準、規範、価値観のなかで女性が分断させられている。少女や女性たちを搾取しつづけるために、性売買の中にいる女性が連帯できない構図を男社会が保っているからだ。
性売買のなかだけでなく、職場や学校などさまざまなところで「女性は怖い」「女性同士のいがみ合いはひどい」「女が集まるといびりが始まる」と思いこまされている人が多くいるが、その背景を見つめてみると、男社会が決めた価値観の中で、女性が互いを傷つけ合っていることばかりだ。
この日、喧嘩をして苛立っていた少女たちに「ご飯食べた?」と聞き、食事を提供した。深夜二四時頃だったのに、「お腹すいた。今日まだ何も食べてない」と言ってご飯をもらいに彼女たちは来た。
その途中、成人式を迎えるという女性に、「振袖選びにおいでって言ってるのに」と声を掛けたら、別の少女が、私のことを二〇歳だと思ったらしく「え、ハタチ?」と目を丸くして聞いてきた。私がさすがにそれはないだろうと笑っていると、喧嘩の時に一番威勢の良かったDちゃんが私に「喜んでるでしょ?」と笑いながら言ってきた。
私は、「喜んでませーん。『若いほうがいい』っていう価値観で生きてないから! おばさん、楽しいよ! 早くこっち来な〜。この中ではDちゃんが一番おばちゃんでしょう? こっち側こっち側!」というと、Dちゃんが「おばさんじゃねーし」と言い返してきた。
「おばさんって言われて嫌だったらキレてみな? さっきの威勢はどこいった?」と私が言うと、Dちゃんが大笑いしながら、私に体をぶつけてきて、その後、抱き着くように引っ付いてきた。他の子たちもみんな、笑っていた。
声掛けの活動の際は、性売買業者からの脅しや威嚇を受けることもあるため、安全のために「女の壁」としてボランティアの女性たちがそばにいてくれている。その時、私のそばにいた五〇歳近い女性に「おばちゃん、楽しいよね?」と声をかけると、「楽しいよ!」とその人が満面の笑みで答えた。その人がこの日、若い子が絶対に着ないような、コアラが何匹も描かれた柄の、すごく派手な緑色のニットを着ていたので、「みんなもいつか、こんなニットを堂々と着れるくらいになろう! 男たちが決めたかわいさの基準なんておかしい! おばさんってこういう服も堂々と着れる。そういう自信を私たちも身につけないと。このコアラの服は、私もまだ着れないけど」と話すと、少女たちがコアラ柄ニットの女性に「その服、似合ってます。かわいい」と声をかけていた。
私が、「ご飯を食べないとイライラしてよくない、また喧嘩になるから早く飯食って、メンタルを落ち着かせよう!」といって歩き出すと、「早く飯食えって、その言い方やめて。四番目のお母さん思い出すから」とDちゃん。「それは苦労してるわ」と言いながら、その日、彼女たちはバスカフェのお弁当でお腹を満たしていった。(つづく)

