原発を拒む新潟の民主主義――国策に抗する地域社会

佐々木 寛(新潟国際情報大学教授)
2026/01/08
新潟県の東京電力柏崎刈羽原発。2025年11月7日(共同通信社機から)/共同

 二〇二五年一一月二一日、新潟県の花角英世知事は、東京電力柏崎刈羽原発再稼働の容認を発表した。そしてその一週間後、北海道の鈴木直道知事も、これに便乗する形で泊原発再稼働の容認を表明した。福島第一原発の過酷事故から約一五年、まさにその加害当事者である東京電力への新潟県による再稼働容認は、政権が進める「原発回帰」路線が、その後全国で加速化する新たな号砲でもあった。

知事の権力はなぜ「拘束」されたのか

 花角知事は、二〇一八年に初当選を果たして以来、一貫して再稼働の際には「県民に(職を賭して)信を問う」と表明してきた。背景には、当該知事選挙における花角陣営にとっての想定外の「苦戦」があったといわれる(1)。この選挙は、二〇一六年に県政史上初めて革新知事となった米山隆一氏がスキャンダルで辞任した直後の選挙であった。二〇一六年知事選では原発再稼働問題が最大の争点となり、事実上の県民投票の様相を呈したが、「権力にすり寄る政治ではなく、県民に寄り添う知事を!」と訴えた米山氏が勝利したことで、再稼働問題は、すでにその時点で決着がついていたともいえる。二〇一八年選挙でも再稼働問題が浮上し、「新潟のことは新潟で決める」と訴えた野党候補の池田千賀子氏は、選挙戦で終始花角候補を猛追した。その結果、花角=自民陣営にとって再び再稼働問題が争点となることは極力避ける必要があった。結果的に、選挙戦最終盤、花角=自民陣営が新聞広告一面に謳い上げたスローガンは、「脱原発の社会をめざします」、「再稼働の是非は県民に信を問います」であった。

1 UX新潟テレビ21「【特集|検証】柏崎刈羽原発の再稼働幻の〝出直し知事選〟政府の極秘シナリオ……「信を問う」七年の軌跡」(2025年11月21日放送)

 初選挙で辛勝した花角知事であったが(2)、第二期目を迎えても、記者会見などの折に触れ、再稼働の際には「県民に信を問う」という当初の公約をくりかえし、自らを「拘束」してきたとも言える。というのも、「信を問う」意味を問われた花角知事は、「信任・不信任、(つまり自らの)存在を賭けるということ」とこたえており、地元メディアを含め、再稼動判断の際には少なくとも県知事選挙が想定されていると誰もが疑わなかったからである。

2 結果は、花角54万6670票、池田50万9568票、そして「原発即時停止」を訴えた安中聡候補が4万5628票であった。言うまでもなく、安中候補が出馬しなければ、結果は逆転していた可能性がある。この第三の候補がなぜ出馬に至ったのか、さまざまな憶測が流れているものの、今後歴史的な検証が待たれる。

「国策」とのはざまで

 しかし花角知事は、「信を問う」方法については、終始一貫して具体的な明言を避けつづけた。一方、明確に原発回帰に舵を切った岸田政権は、二〇二四年九月六日、原子力関係閣僚会議で新潟県が求めていた事故時の避難道路や屋内退避施設の整備について予算を確保する方針を決めた。東京電力も再稼働に向けて着々と準備を進め、同年四月から七号機の燃料装荷を開始し、九月には、青森県むつ市にある国内初の使用済み核燃料中間貯蔵施設に向けて使用済み核燃料六九体を搬出した。

 このように知事の「県民に信を問う」ことが宙に浮いたまま、再稼働という「国策」だけが進行した。しかし新潟県は、むしろこの「国策」に即応するかのように、前米山県政に始まった「原発検証委員会」を、十分な総括的検証も経ずに二〇二三年三月に終了させ、また中でも特に(筆者も副委員長を務めた)「避難委員会」で提起した四五六の論点のうち、明確に対応すべき少なくとも二三八点の課題のほとんどを解決しないまま、「対応済み」として整理した(3)

3 検証を事実上中断した県は、その後たとえば避難委員会で積み残しとなった「被ばく線量シミュレーション」なども実施したが、事故想定も放出線量想定もあらかじめ極度に限定し、リスクを過小評価したきわめて不十分なものに終始した。検証委員会がいかに多くの課題を残したのかについては、池内了『新潟から問いかける原発問題――福島事故の検証と柏崎刈羽原発の再稼働』(明石書店 2024年)を参照。

 県民の「不信」が募る中で、二〇二四年に誕生した「柏崎刈羽原発再稼働の是非を県民投票で決める会」は、一二年ぶりに県民投票条例制定の署名活動を行ない、有効署名数は、必要署名数の約四倍となる一四万三一九六筆にのぼった(4)。前回と異なるのは、「新規制基準」で認められた原発再稼働について「地元同意」を求める枠組みがすでに閣議決定で明文化されており、前回のように「国策」という理由だけで県議会が条例案を否決できなくなっていた点である。また、当時の地元紙の調査結果(『新潟日報』二〇二四年一〇月二六日)でも、花角知事が再稼働問題で自身の判断を示した後に「県民に信を問う」手法として適当とされたのは、「県民投票」が57・3%と最多であった。さらに、立地自治体以外の県内首長や自民党の県議の中にすら、再稼働に消極的な姿勢も散見された。花角知事が「国策」を円滑に遂行するためには、公約であった「三つの検証」(原発検証委員会)を収束させるだけでなく、政府から課された「地元同意」の調達という次なる課題が立ちはだかっていた。

4 前回(二〇一二年)の「みんなで決める会」の試みでは、有効署名数は6万8353筆であった。この「県民投票で決める会」は、県の「検証委員会」が閉じられた後に市民が立ち上げた「市民検証委員会」の活動の中から誕生した。この14万3196筆は、新潟県全有権者の約13人に1人が署名したことを意味する。また、それ以前の宮城や茨城における直接請求署名の同様の事例と比較しても、それを大幅に上回る結果となった。2012年時の二倍以上の署名が集まった背景には、前回参加した市民が蓄積していた経験の活用や、地元の立憲野党事務局や平和センターの参加による組織力の向上(世話人10名、請求代表者119名、受任者約6000名)等が挙げられるが、2024年1月の能登半島地震が県民に与えた心理的影響も少なくなかったと思われる。

デモクラシーはどのように歪められたのか

佐々木寛

(ささき・ひろし)新潟国際情報大学教授。専門は、現代政治理論、平和学、特に核(原子力)エネルギーと民主主義の関係性について。「市民連合@新潟」共同代表、自然エネルギーを市民の力でつくる一般社団法人「おらってにいがた市民エネルギー協議会」代表理事。近著として、『市民エネルギーと地域主権』、オリバー・リッチモンド『平和理論入門』(訳書)など。

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