スパイ防止法批判

海渡雄一(弁護士)
2025/10/16

スパイ防止法案をめぐる動き

 スパイ防止法は、世界を「味方」と「敵」に二分する考え方にもとづく法律である。

 A国のB国に対するスパイ行為が成功した場合、この行為は、A国においては英雄的行為として称賛されるが、対象とされたB国で検挙されれば死刑などの厳罰に処せられる。しかし、外交的な交渉によっては、スパイ交換によって生還することもできる。各国の情報機関が行なうスパイ行為は、自国の安全保障戦略のために必要とされる。しかし、それは「敵国」からみれば、敵対行為である。

 このように、スパイ防止法において罪に問われようとしている行為は、窃盗や詐欺、殺人のような、人間社会において普遍的に罪とされる行為ではなく、時と立場によって善悪が逆転する性質の行為である。つまり、スパイ防止法は簡単に逆転する正義を罰する法律なのである。

 政府がスパイ防止法案の提案を検討している動きはいまのところ、表面化していない。しかし、先の参議院選挙で躍進して議案提案権を得た参政党は、この秋の臨時国会にも法案を議員提案するとしており、その場合には大きな政治的焦点になる可能性がある。国民民主党と日本維新の会などもこの提案に応じて独自案を提案する可能性があるからだ。そこで、各党の選挙公約を振り返っておきたい。

 まず、自由民主党では、経済安保担当相として「経済安保法」の制定を進めた高市早苗氏が会長を務める自民党「治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会」が5月28日、「『治安力』の強化に関する提言」を取りまとめた。この提言では、諸外国と同水準のスパイ防止法の導入に向けた検討を推進すべきとした。自民党の選挙パンフにはスパイ防止法について記載されなかったが、政策インデックスでは「すべての不安と脅威に立ち向かい、安全・安心な社会を築きます」との項目に、闇バイト、国際ロマンス・投資詐欺などと並列して「諸外国と同レベルの安全保障を確保するため、国家情報戦略やスパイ防止法の導入に向けて検討を進めます」との文言が忍び込まされている。

 次は、国民民主党。参院選公約には、「G7諸国と同等レベルの「スパイ防止法」を制定します。今の日本には、スパイ行為を包括的に処罰できる法律が整っていません。また、近年ではサイバー空間を含む新たな諜報活動が国際的に活発化しており、従来の法制度では対応困難な状況です。こうした現状を踏まえ、国家機密保護や安全保障体制の強化という観点から、サイバー空間を含めたスパイ行為全般を処罰対象とする、実効性の高い包括的な法整備を進めます」と記載されている。

 参政党の安全保障政策は「優れた情報機関で先回り対応の「先手情報危機管理」を実現」として、「現代の国際社会において、情報戦の重要性が増している。偽情報の拡散による我が国の信頼の低下や社会の分断、サイバー攻撃による重要なインフラや情報システムの破壊等、経済活動や公共サービスに深刻な影響を及ぼすリスクも考えられる。このような状況下で、情報戦への対応は国家安全保障上、極めて重要であり、サイバーセキュリティの強化、メディアリテラシー教育の推進、偽情報の迅速な検知と対策、国際的な情報共有と協力体制の構築が要となる」、その主な施策として、「手を打つ危機対策の実現のため、インテリジェンス(諜報・防諜)能力を世界トップレベルまで向上させる。/日本版「スパイ防止法」等の制定で、経済安全保障などの観点から外国勢による日本に対する侵略的な行為や機微情報の盗取などを機動的に防止・制圧する仕組みを構築。/繰り返される情報戦(事実に基づかない日本批判)、歴史戦(誤った歴史情報)に対して、オールジャパンで先手をとって正しい情報を発信する(カウンター・プロパガンダ)。/国民が偽情報やプロパガンダを識別できるよう、教育機関や公共キャンペーンを通じて情報リテラシー教育を推進」が示されている。

 参政党の神谷宗幣代表は7月14日、松山市であった参院選の街頭演説で、公務員を対象に「極端な思想の人たちは辞めてもらわないといけない。これを洗い出すのがスパイ防止法です」と述べた。神谷氏は「極左の考え方を持った人たちが浸透工作で社会の中枢にがっぷり入っていると思う」と述べ、急進左派的な思想を排除したいとの考えを示している。

 立憲民主党の安全保障政策では、専守防衛に徹しつつ「日米同盟を深化」させる、QUAD(日・米・豪・印)など「同志国との連携」を強化する、防衛力を抜本的に強化する、非伝統的脅威(宇宙、サイバー、電磁波、認知戦)の全領域を統合した作戦能力を向上させる、省庁横断的なインテリジェンス体制を強化する、防衛産業の基盤強化を推進する、防衛増税は行なわない、経済安全保障の観点から基幹インフラの防御強化、重要物資の安定的な供給確保、先端技術開発支援を推進する、などとされ、自民党とほとんど異ならない政策が打ち出されている。以前はうたわれていた特定秘密保護法の廃止は公約に含まれていない。また、スパイ防止法の制定は含まれていない。

 日本維新の会も参院選公約で、安全保障の強化について、「現行の経済安全保障法制の実効性を担保するため、わが党が提出した経済安保実行化法案に盛り込んだ罰則の適用や実施能力の強化等、具体的な措置を拡充」する、国家安全保障上重要な土地等の取引等については厳格に規制を強化する、米国の CIAのような「インテリジェンス機関を創設し、諸外国並のスパイ防止法を制定し情報安全保障を強化する」としている。土地規制法の強化や情報機関の創設と併せてスパイ防止法の制定が打ち出されていることが注目される。

 日本保守党は、「スパイ防止法制定、諜報専門機関の設置及び関連法整備」を公約している。

1985年のスパイ防止法案

海渡雄一

(かいど・ゆういち)弁護士。秘密保護法対策弁護団・脱原発弁護団全国連絡会。

2025年11月号(最新号)

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