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坂本真有美:3・11ゆいネット京田辺
小嶺博泉:与那国で畜産業を営む。元与那国町議会議員。
新田秀樹:市民団体「ピースリンク広島・呉・岩国」広島世話人。
和田香穂里:馬毛島基地反対住民訴訟原告団長。西之表市議会議員。
杉原浩司:武器取引反対ネットワーク(NAJAT)代表。
(司会)川崎 哲:平和構想研究会代表。ピースボート共同代表。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員兼会長。
安保政策の転換後、何が起きているのか
川崎 本日は各地からお集まりいただき、ありがとうございます。
2022年の12月16日、岸田政権のもとで、国家安全保障戦略などのいわゆる安保3文書が閣議決定されてから2年が経ちました。日本の防衛安保政策の転換点となったこの安保3文書は、軍事費を倍増させ、武器輸出の全面解禁への道を開き、敵基地攻撃能力をもって、米軍と一緒になって戦争できる国にしていくという政策転換でした。
この政策転換のもと、現在、西日本を中心とした日本各地で基地増設やミサイル部隊の配備、弾薬庫の整備、さらには「有事」を想定した演習、米軍などとの共同訓練など、具体的な戦争への準備が進んでいます。
私はふだん東京におりますが、そうした動きが全国的に報道されているとは感じられません。そのため、平和問題に取り組む市民の間でも、各地の現場で何が起きているか共有されていません。 そこで本日は、各地の状況を報告していただき、こうした危険な動きを止めるため市民に何ができるのか、何が必要なのかということを討論していきたいと思います。
声を出しにくくなる島の状況
小嶺 与那国の小嶺と申します。日本最西端として知られる与那国島は、東京から2000キロ離れた国境の島で、台湾まで111キロです。
もともと与那国町は、平成の大合併の方向には流されず、自分たちの足で立つ島を、という「自立ビジョン」を掲げてきたのですが、それに反して2008年頃に町議会からの要請という形で自衛隊誘致が始まり、あれよあれよという間に加速し、現在に至っては、情報部隊だけでなくミサイル配備という状況まで進んでしまっています。議会の要請は「安全の担保と経済効果」を目的としたのでしょうが、現況では地場産業は疲弊し、地元人口は減少の一途です。あげくのはて、「台湾有事」では国民保護のもと住民は島から出ていくことになるとまで言われています。
実は、私はもともと自民党の議員です。それはあえてイデオロギー的な見解ではないと主張したいのです。いま与那国で起きていることは、民主主義の危機なのではないかと思っています。島の人間が島のことについて声を上げることが難しいという状況、これが一番危険なことだと思うんですね。実際、与那国では“親方日の丸”には逆らえないという状況ができてきています。
2000年に地方分権一括法という法律が施行され、地方の声は地方から届ける、地域のことは地域で決めると、国と地方の仕事のすみ分けが法的に定められました。与那国の自立ビジョンはその中で作られたのです。しかし、今の与那国ではその「地域からの声」として、「国境の島が危ない」というメッセージが発されています。全国のニュースでも与那国の糸数町長の発言が報じられているのを見た方も多いのではないかと思います。彼が地域を代弁して「国境の島を助けてくれ」と国に要請している形になっています。それが与那国の声だと。しかし、これは島の多くの人間が考えていることとは違います。今日は皆さんと一緒に考えながら、島の状況を公にしたいと思っています。
新基地建設が島の自治を破壊
和田 鹿児島県の南にある種子島(西之表市)から参加しています。現在、種子島からすぐ近くの無人島である馬毛島に大規模な自衛隊基地が建設されています。
かつては緑豊かな島で、固有種のマゲシカなど独特の生態系を持っていた島でしたが、2011年の2+2(注:日米安全保障協議委員会、日米の外務・防衛閣僚による会合)で、米軍の空母艦載機離着陸訓練の移転候補地とされました。その後、陸海空自衛隊の訓練拠点、さらには戦時の展開拠点、つまり戦争のための拠点として基地建設が進められています。馬毛島は開発業者が99.7%の土地を持っていて、売り渋っていたのですが、国の鑑定評価額で45億円とされていたものを、防衛省が160億円で購入しました。これは国会の審議を経ることなく、辺野古の米軍新基地建設関連予算から流用されたものでした。
馬毛島には滑走路や飛行訓練支援施設などのほか火薬庫も整備されます。防衛省の資料によると、馬毛島に自衛隊施設を整備する必要性として一番目に挙げられているのは、陸海空自衛隊の訓練活動です。戦闘機のタッチ・アンド・ゴーやオスプレイなどによる輸送訓練、水陸機動団の上陸訓練。年間の飛行回数は2万3000回に及ぶとされています。2番目に挙げられているのは補給と後方支援活動で、戦争が起こった際には馬毛島に武器・弾薬・人員・物資などを集積し、戦闘地域に展開する拠点となります。そして3番目に米軍空母艦載機の離着陸訓練です。これは年に1、2回、一回あたり10日間程度とされていますが、年間最大5000回以上、深夜から未明の午前3時までの訓練も行なうとしています。
この艦載機訓練は、神奈川の厚木基地から山口の岩国基地に米軍空母艦載機が移駐し、これまで訓練を行なってきた硫黄島が距離的に遠くなったというアメリカ軍の要請と言われています。しかし、この背景にあるのは、いわゆる「南西シフト」です。沖縄の島々や馬毛島を含む南西諸島でミサイル配備が次々に進められようとしています。
ミサイル配備とは、つまり「敵基地攻撃能力」の地域への押しつけです。その拠点となる馬毛島は、政府の言う「継戦能力」を負わされるのだと考えられます。
馬毛島に近い種子島も無関係ではありません。自衛隊員の宿舎や車両整備工場などが作られるので、馬毛島と連続する形で種子島も軍事拠点化されてきています。
基地の本格着工は2023年1月でしたので、2年が経過します。4年間で終わるとされていましたが、3年延長されました。工事には最大で6000人が投入され、昨年10月末で種子島側に1990人、馬毛島側に2860人、合わせて4850人の作業関係者が入っています。その結果、地場産業が混乱しています。家賃が高騰し、UターンやIターンを諦める人も出ています。旅館などの宿泊施設やレンタカーは慢性的に不足し、帰省や観光を諦める人も増え、工事のための大型車両が激増したことから交通事故件数も増えています。
基地建設関連の仕事は給料がいいので、農林水産業や福祉・介護の分野から人が流れ、人手不足に陥っています。多くの業種で事業縮小や廃止が起きていて、私が勤めている介護関係でもデイサービスやショートステイをやめる、事業そのものをやめるというところが出てきています。
漁業への影響も深刻です。馬毛島の東海岸は「宝の島」と呼ばれていたほど豊かな漁場でした。そこが軍港に作り変えられ、補償金が22億円出されました。漁業者は種子島から馬毛島へ作業員を輸送するための海上タクシーに携わるようになっています。その結果、島民が毎日のように食べていた地元産の美味しい魚貝類がすっかり上がらなくなり、あったとしてとても高価になりました。海上タクシーは日給が良いため、基地建設に反対していた漁業者もそれに従事するようになっています。そもそも漁に出られないのですから、苦しい選択だという漁業者もいます。
もともと種子島では基地に反対という人が圧倒的に大多数を占めていました。署名でも首長選挙でも、7割を超える反対の意思が表明されていたのです。ところが、政府はまったく聞く耳を持たず、軍事基地建設を強引かつ急速に進めてきました。
一度も住民の意志として受け入れを表明したことはないにもかかわらず、問答無用で押し付けられた基地建設によって、種子島の自治は破壊されています。米軍再編交付金も含めた様々なカネに振り回され、自分たちが選んだ首長や議員も、当初は「反対」と言っていたのに、選挙を経ずに賛成に変わったり、賛否を表明しないまま基地を受け入れたりする公約違反が起きています。民主主義が危機的な状況にあると思います。
再び軍都化する広島・呉市
新田 新田と申します。「ピースリンク広島・呉・岩国」という市民団体で世話人をつとめています。広島を再び軍事拠点にさせないということで活動しています。
現在、広島市の南にある呉市で大規模な基地建設が計画されています。旧日新製鋼、現在の日本製鉄の工場が2023年に閉鎖されましたが、その広大な跡地を防衛省が一括買取する意向を発表しました。130ヘクタールもの広さの土地で、防衛省の説明では多機能で複合的な防衛拠点にするとのことです。防衛装備品の維持管理、整備、製造、あるいは岸壁を利用した軍港としての機能を持たせると言われています。
旧日鉄工場に隣接して海上自衛隊の呉地方総監部があり、最近、艦船の数が増え、40隻を超えていると言われています。自衛隊の保有する艦船の3分の1以上がこの呉基地に配備されています。その隣にこれだけの大きな土地が空くということで、増大する防衛予算を注ぎ込もうとしているのです。呉市の行政も前向きで、防衛装備品の製造拠点、つまり兵器工場ができればそこで雇用が生まれるとして、呉の行政や経済界は歓迎ムードというのが実態です。
戦前の呉には、有名な呉海軍工廠がありました。海岸線に沿って工場が並び、軍艦や砲弾を作っていました。日鉄の工場があった場所でも当時は兵器弾薬を作っていたようです。まさに軍都だったわけです。それが、再び大規模な軍事拠点として蘇ろうとしています。
広島・呉・岩国と視野を広げると、広島の原爆ドームから南東に約20キロで呉があり、南西約30キロに米軍のアジアにおける最大拠点と言われる岩国基地があります。岩国と呉は直線距離で40キロです。それ以外にも、米軍の大規模な弾薬庫が県内3カ所に存在します。こうして見ると、広島湾全体が軍事都市という性格を取り戻しつつあると言わざるを得ません。
現在の呉基地には自衛隊の所有する艦船の多くが集積していますが、ここは最大の潜水艦基地でもあります。練習艦2隻を含めて14隻が属しています。南西諸島にミサイルを運ぶなどした大型輸送艦は呉にしかありません。
さらに、新設される自衛隊海上輸送群が呉にまもなく配備されます。まだ具体的内容はよくわかりませんが、陸海空が統合された輸送部隊とのことです。
広島というと「平和都市」のイメージを持っている方が多いと思うのですが、実際はこのような状況です。呉の基地強化もまだ知られていませんので、情報共有から始めて、全国的な軍拡反対のうねりを作っていきたいと思います。
住宅地に大規模な弾薬庫の計画が
坂本 京都府京田辺市の3.11ゆいネット京田辺で活動している坂本真有美と申します。祝園【ルビ:ほうその】弾薬庫問題については、〈京都祝園ミサイル弾薬庫問題を考えるネットワーク〉の方々の活動がとても素晴らしく、私たちもそこに参加させていただきながら、自分たちらしい活動も行なっています。京田辺市は祝園分屯地のすぐ北側にある住宅地です。京田辺だけではなく、分屯地の大部分がある精華町も「学研都市」として研究施設や新興住宅地がどんどん開発されている地域です。近畿圏の中央に位置していて、交通アクセスにも恵まれています。
基地は戦前からあり、戦時中は東洋一の弾薬庫と呼ばれていたそうですが、私たちは最近になってそれを知ることになりました。京田辺市と精華町が協力して「ツアーオブジャパン京都」という自転車レースを毎年5月に開催しています。そのコースが祝園分屯地をまさに一周する形になっています。
重要土地調査法ができ、基地の周辺は「注視区域」とされ、祝園分屯地周辺も周囲1キロが注視区域とされています。この区域の近くには小学校と幼稚園があります。つまり、住宅地の中に弾薬庫があり、それが大規模な形へ、さらに強化されようとしているわけです。
私たちは、2011年の東日本大震災で起きた原発事故から逃れてきた避難移住者の方々と、原発、平和、食や環境などについての学習会やお茶会を開催してきました。そして、2023年12月に、三上智恵監督の映画上映会を開催したときに参加者の方が、沖縄の基地も問題だけど、すぐ近くの祝園分屯地に弾薬庫が増設されることを知っていますか、という話をされたのです。2022年の年末に安保3文書が出されたことはニュースで聞いていましたが、身近な事と捉えていませんでしたので驚きました。
それから、祝園分屯地の現地学習ツアーや沖縄戦を子どもたちの体験から考えるお話し会などを始めました。参加者の方々からは、反対と声を上げるのはしんどいけど、「自分たちが守りたいことは何なのかといったら、子どもたちが安心して笑顔でいられる環境を作っていくということ。だから、やっぱり戦争は駄目だよね」と伝えながら活動していこうと決めました。映画の上映会などには若い世代の方々も参加され、活動の輪に入ってくれました。
京田辺市へ情報公開などに関わる質問を出し、2024年6月と9月の2回、市の担当課と懇談を行ないました。
市は増設工事は国が主体であるからと強調、工事における安全性や暮らしへの影響について国に求めることは市民の声を届ける姿勢ですが、増設の意味や市民の「戦争に向かっているのでは」との不安に応え、ともに考える場にはなっていません。今後も継続していく予定です。
どう食い止めていくのか
川崎 各地からの現状のご報告、ありがとうございました。それでは、この4人の方からの報告を受けて、杉原浩司さん、コメントをお願いします。
杉原 武器取引反対ネットワーク代表の杉原といいます。これまでの報告で、安保3文書からわずか2年、ここまで地域に負担とリスクが押し付けられているのか、ということがわかりました。それを押し付けている政府や国会のある東京は、ある意味、島や地域の暮らしを破壊する側、奪う側にいます。川崎さんが冒頭で整理していた敵基地攻撃兵器の導入や軍事費の倍増、殺傷武器の輸出解禁を含め、これまでにない規模で戦争準備が進められているのですが、その政府や国会のある東京や首都圏で、この戦争準備への抵抗が大きくなっていない。社会運動が弱いままで、何一つとして実質的な歯止めがかけられていない。私自身はまず、この点を痛感しています。
パレスチナのガザやヨルダン川西岸でイスラエルのジェノサイドが起きています。アメリカはそこに武器輸出をしている国です。トランプ政権になって、その姿勢はより露骨になりました。ジェノサイドの共犯国家だと言わざるを得ない。そんなアメリカという国と、日本は軍事同盟を結んで、強化して、軍事基地を置かせて、「思いやり」の予算を与えて、「敵基地攻撃」という先制攻撃すら含む軍事作戦を一緒にやっていく、本当にそんな流れでいいのか、ということを真剣に問いかけなければいけないと思います。また、そういう本質的な議論が、メディアからほとんど発されないということに危惧を覚えます。
その中で、かなり例外的な事例ではありますが、先日、NHKスペシャルで与那国の状況を伝えていました。これまでは交付金を出して基地と共存させてきたものが、琉球弧の島々の場合は、そこを戦場にすることを念頭に、住民を「避難」と称して追い出そうとまでしている。ただでさえ人口が減少している中、基地や軍隊の存在が事実上の強制避難をもたらしつつある。憲法の理念、基本的人権の尊重に真っ向から反しています。地域に人々が暮らしつづけられるということを政府は保証しなければなりません。
こうした流れをどう止めていくのか。さまざまな方法がありうると思います。敵基地攻撃兵器の問題でいえば、愛知県小牧市の三菱重工がそれを量産しているわけです。この問題に取り組む愛知の市民運動と連携をしていく。三菱重工に対しては私たちも日本消費者連盟や主婦連合会と一緒に反対キャンペーンをやっていますが、そういう動きを強めなければいけないと思っています。
国会では与党の過半数割れという状況の中で、野党第一党である立憲民主党に政策転換を迫らなければいけないと思います。いまだ琉球弧の基地建設に賛成の姿勢ですので、それを反対の論陣を張る形に動かしていく。これも主には私たち東京の側の責任ではないかと思っています。
取り組みをどう進めるか
川崎 それでは次に、ご報告者の皆さんに市民側の動きを中心にご発言いただきたいと思います。
新田 まず、各地の運動のネットワーク化についてですが、いま、各地の市民団体が集まって「戦争とめよう!沖縄・西日本ネットワーク」を結成するという段階です〔編集部注:2月22日に結成集会が開催〕。これから何をしていくのか、議論しているところです。
課題としては、各地の情報が埋もれてしまっていることです。各地で起きていることをどうやって全国に知らせていくのか。全国レベルはなかなか大変なので、まずは西日本でつながろうとしているわけですが、首都圏との関係というのはやはり大きな課題です。相手が政府ですから、やはり東京での行動が必要になってきます。ネットワークを広げていくことに取り組みたいと思います。
小嶺 杉原さんが紹介されたNHKスペシャルですが、地元ではまったくといっていいほど話題になりませんでした。もちろん、みな、興味はあります。でも、口に出せないのです。ただ、島外の保守系の議員の知り合いから「君のところの町長はよくやっているじゃないか」と電話が来る。「それなのに君は何をやっているんだ」と。与那国の置かれている状況の意味が伝わっていないのだな、と思います。戦争は、沖縄や与那国だけで起きるのではないのです。与那国だって日本なのですよ。「国境地帯の限定戦争」なら仕方ないという考えがそうさせるのかとは思っています。しかし、与那国や沖縄だけで収まるとは限りませんよ。
島ではよく「国民保護法のもとでどう避難するか」という説明会があります。そこで紹介されるのは、火山の噴火で全島避難した三宅島の事例です。三宅島では自衛隊にも協力いただきました、という導入があってから、さあ与那国の皆さん、あなたたちの避難ですけれど……と切り出していく。しかし、私はいつも疑問に思うのですが、果たしてその自衛隊の皆さんが与那国町民を守ることができるのでしょうか。三宅島のような災害救助ではなく、これは戦争の時の話なのです。武力攻撃事態法、戦争と災害では法律も違います。にもかかわらず、あたかも災害救助法と同じように救出してもらえ、生活保障もしてもらえるという勘違いを誘発しているわけです。与那国の場合は佐賀県へ避難、石垣市は山口県と、割り振られています。仮に避難経路が確保でき、無事に避難できたとして、その後はどうするのか。生活の保障ができますか。
与那国は小さな島です。千数百名の島民を黙らせておけば、軍事要塞化することもできてしまう。要塞化することで安全が確保されると勘違いする人も少なくありません。自衛隊員とその家族の住民が増える中で、国に対し、反対の声もますます上げにくくなっている。また、日米安保の枠組みの中で、自衛隊法の優先度を考えると、住民どころか、自衛隊自身の家族ですら守れるのか。「日米安保」「受忍論」を精査せずにきたなかで、80年前の戦争の教訓が失われてしまい、民主主義の崩壊がこの地域からスタートしていると感じています。
和田 私たちは八板俊輔・西之表市長が工事のために市有地を売却したのは違法だとして住民訴訟を提起しています。2023年の12月に「『どんたちの馬毛島を返してや』馬毛島基地反対住民訴訟」と銘打って、提訴しました。
アメリカ軍の対中戦略を背景とした軍拡に反対する各地の方々とつながり、ネットワークを広げながら、自衛隊馬毛島基地反対の取り組みに関してはこの住民訴訟をしっかり進めていきたいと思います。それが戦争を止める力になると信じています。
坂本 沖縄のことをはじめ、情報を得るように努めてきたつもりなのですが、今日初めて知ることもたくさんありました。与那国や広島、馬毛島のことなど、やはりなかなか情報が届いていないのだということを痛感するばかりです。何とも言葉がありません。今日、皆さんにうかがった話を、まずは身近なところに伝えていくしかないと思っています。
政府は市民の戦争被害を補償しない
川崎 先ほど、政府は一応の避難計画は作るけれども、本当の意味で人々の暮らしや生命を考えているわけではなく、とりあえず島から出ていかせればいいという話になっている、という指摘がありました。それで思い出したのが、先だってノーベル平和賞を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)の田中煕巳【ルビ:てるみ】さんが、ノルウェーのオスロで開催された授賞式で語られたことです。核兵器廃絶についてスピーチされたと報道され、皆さんもそう理解されているのではないかと思いますが、もう一つ、重要な柱がありました。それは、戦争による市民の被害について日本政府は補償を行なっていない、ということへの批判だったのです。
つまり、生き残った原爆被害者に対しては、放射線を浴びたことについて一定の医療的な保障をしているわけですが、そもそも原爆で亡くなった人たちについての補償はなされていないですよ、と。その源流には、戦争中の被害についての受忍論というものがあります。国家の非常事態である戦争において、国民は生命・身体・財産に何らかの被害を受けても、それを我慢しなければいけないということが、実は現在にまで至る政府の姿勢であるのです。そのゆえに政府は原爆被害者はもちろんのこと、空襲被害者などにも補償をしていないわけです。
いま、政府が再び戦争への準備を進めている中で、この問題――政府の始める戦争で市民が被害を受けたとしても政府は何ら補償などはしない――も再び現実的なテーマとして考えなければいけない。このまま戦争になったとしても、国民保護計画があるから大丈夫ですね、という話ではまったくありません。
軍事偏重ではない発想の転換を
杉原 いま、ほとんどのマスメディアが、沖縄、与那国は対中国との戦争の最前線となるという政府のスタンスを共有するようになって、その前提で報道されるようになっていると感じています。
しかし、一方では、小嶺さんが話された与那国の「自立ビジョン」の流れ、あるいは沖縄県の自治体外交や、沖縄の市民による中国・台湾の人たちとの対話と連帯の動きなど、多様な発想と動きがあるわけです。
たとえば、与那国はアジアに開かれた玄関口であり、文化・経済の交流をしていく拠点となって、むしろアジアの緊張をときほぐしていく地域となるという発想に転換させることが必要だと思います。
そうした方向とは正反対に、軍事化一辺倒の動きが急速に進められていて、現実は非常に厳しいということは、今日のお話を聞いて理解できたのですが、これをなんとか反転させていくために、全国レベルで情報を共有して、力をつないでいきたいですね。
川崎 まだまだ話をうかがいたいところですが、時間が来ました。西日本を中心に進められている軍備強化の動き、自治を破壊する動きと、それに抵抗する市民の方々やネットワークについて、日本の市民社会で共有していきたいと思います。本日はまことにありがとうございました。
編集部注:本座談会は平和構想研究会主催オンライン討論会「『安保3文書』から2年 現場とつながり戦争準備を止める」(2024年12月14日)の内容を縮約し、情報を加筆更新したテキストです。




