「よい食」のための公共調達── 食料システムの全身治療のために何ができるか

関根佳恵 (愛知学院大学経済学部教授)
2025/01/05

対症療法より全身治療を

 自国第一主義の台頭、コロナ禍、ロシアとウクライナの戦争などにより、グローバル化は逆回転を始めたと言われている。食料安全保障、農村の過疎化、気候変動、生物多様性の喪失、および食品安全の問題等への対応も急がれる。しかし、私たちに求められているのはこうした課題に対する「対症療法」ではない。いま、地球上では10人に1人が飢えているにもかかわらず、食料の3分の1は廃棄され、グローバルな食料システムから温室効果ガスの3分の1が排出され、農業が生物多様性喪失の原因の8割を占めている(関根・中野2024)。つまり、私たちが目指すべきは食料システムの「全身治療」である。

農業近代化への反省

 1960年代以降、日本を含む各国は「緑の革命」と呼ばれる技術(改良品種、化学農薬・肥料、農業機械・施設、灌漑)を用いて農業の近代化を進め、土地生産性と労働生産性の向上、そして経営規模の拡大を目指した。80年代からは新自由主義的政策を採用するようになり、GATT・WTO体制下で農産物・食品の貿易自由化が本格化するなか、国際競争力のある農業経営の育成を目指して、さらなる規模拡大や法人化、企業参入のための規制緩和を進めた。

 こうした農業近代化を、食料の増産などの面から評価する声もある。しかし、現在ではその弊害も数多く指摘されている。農業近代化は、①化学農薬・肥料の使用により生態系に負荷を与え、化石燃料の使用で気候危機をもたらし、人畜共通感染症等による被害を拡大した。さらに、②経営規模の拡大や機械化・自動化などは、都市化とあいまって農家・農村人口を減少させ、地域コミュニティの衰退を招いた。そして、③農場外の投入材への依存度を高め、飼料・エネルギー・資材価格の高騰や為替レートの変化に脆弱で、多額の投資・ローンを必要とする産業に農業を変えてしまった。

 現在の食料システムの危機は、農業近代化の帰結である。私たちはこの事実を直視し、深い反省に立ってポスト近代化農政・農業を展望しなければならない。

農業の「全身治療」──アグロエコロジーへの転換

 国連や世界銀行は、科学者や市民社会団体とともに、「全身治療」の具体的実践として小規模な家族農業によるアグロエコロジー(生態系と調和した持続可能な農と食のあり方)への転換を推奨している。アグロエコロジーは直訳すれば「農生態学」だが、一学問分野にとどまるものではない。これは「農業生態系の働きを研究し説明しようとする科学」であり、「農業をより持続可能なものにしようとする一連の実践」であり、同時に「農業を生態学的に持続可能で社会的により公正なものにすることを追求する運動」でもあると定義される(ロセット・アルティエリ2020)。

 アグロエコロジーは、化学農薬や化学肥料、遺伝子操作された作物を用いない有機農業や自然農法と技術的に重なる部分がある。しかし、国連食糧農業機関(FAO)が2018年に発表した「アグロエコロジーの10要素」(表1)によると、アグロエコロジーは農法にとどまらず、農村の暮らし、公平性、福祉、食文化、責任あるガバナンス、循環型経済や連帯経済等の社会のあり方にも踏み込んでいる。そして、アグロエコロジーを実現するには、5つの段階が必要だと考えられている(表2)。

表1 アグロエコロジーの10要素
資料FAO2018より筆者作成
表2 アグロエコロジー的転換の5段階
資料DeLonge et al 2016およびGliessman2016をもとに筆者作成
注実践例欄の 内は日本の読者に分かりやすいように筆者が加筆した

 こうした方向転換の背景には、農業の生産性を土地生産性や労働生産性だけで測るのではなく、資源エネルギー生産性(資源エネルギーの単位投入量当たりの収量)や社会的生産性の視点から評価する機運の高まりがある。社会的生産性とは、小規模な家族農業が多数存在することで創出される多面的価値(所得獲得機会の創出、防災、環境保全、景観維持、文化伝承等)によって社会全体の生産性が増すことを指す。

拡がる「よい食」の公共調達

 現代社会における危機を人類が克服し、持続可能な社会への移行を達成できるか否かは、現行の食料システムを変革できるか否かにかかっている。そのため、学校給食などによる食材の公共調達の変革を通じてこれを持続可能なものに再構築し、社会全体の課題を解決しようとする取り組みが世界各地で始まっている。それは、政府が公共調達という政策的梃子(レバー)を用いて市場介入を強化することによって、より望ましい未来社会を創る試みといえる。そうした意味において、特に公立学校の給食は変革の主体形成の場になる。

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関根佳恵

(せきね・かえ)愛知学院大学経済学部教授。1980年神奈川県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。専門は農業経済学、農村社会学、農と食の政治経済学。著書に『13歳からの食と農──家族農業が世界を変える』(かもがわ出版)、『ほんとうのサステナビリティってなに?──食と農のSDGs』(編著、農文協)、『アグロエコロジーへの転換と自治体──生態系と調和した持続可能な農と食の可能性』(共編著、自治体研究社)など。

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