なぜ司法は原発事故の悲惨さから目を逸らすのか――その要因と改革の方向

斎藤 浩(弁護士)
2026/02/12

 原発容認判決が続く要因を、現代司法に立ち入って分析する。

 まず、最高裁が社会的論点について発信していると思われる基本方針、それに沿わなければ裁判官はどのような処遇に直面するのかを深掘りしたい。不当な処遇に、敢然と立ち向かう裁判官もいるが、普通の裁判官は避けたいと考える。裁判官には身分保証があるのにそのような弱腰は情けないと思うのは、裁判所の実情を知らない観念論である。裁判官はエリートではあるが、組織内では一人の子羊にすぎない。裁判官に勇気を与え、憲法が求める良心に向かわせるには、偏狭な理想論ではなく、最高裁を取り巻く世論を変えること、原発に関して言えば、最高裁が追随している政府、行政の原発政策に変化を与えること、政財官学のコングロマリットの切り離し努力をすることなどしかないと私は思う(電力業界が代表的行政法学者をも取り込む組織を持っている点については、斎藤浩「行政法分野の原子力村と原発訴訟判決」『原発の安全と行政・司法・学界の責任』を参照されたい)。

 政府、行政の原発政策を変えるために原発関連裁判を起こしているのに、そのようにいうことは背理ではないかという批判があるかもしれない。しかし、不十分ながら裁判所改革を長く探ってきた者としては、裁判所の実像を知ることが重要であると考える。同時に、原発の危険性、アナログ性と長期的視野では採算ベースに合わない実態を訴えつづける国民運動の新しい展開を模索したい(斎藤浩「原発訴訟——規制基準を中心に アナログ原発を普通に裁く社会的・思想的土壌の醸成」『現代日本の司法』も参照されたい)。

再稼働容認の動き続く

 二〇二五年一一月から二六年一月、原発再稼働の動きが続いている。東京電力の柏崎刈羽について、二五年一一月、花角新潟県知事が再稼働容認発言をし、北海道電力の泊原発三号機について、同年一二月、鈴木北海道知事が再稼働同意発言をした。

 世界最大の柏崎刈羽原発については、避難計画が不備であることで差止め訴訟が新潟地裁で係属中であるのに、首都圏の安定した電力供給を最大のメリットとして(日本経済新聞二五年一一月一二日付)、知事の判断は強行され、実際に二〇二六年一月二一日再稼働したが、翌日、制御棒引き抜き作業にトラブルが起き、また停止した。

 泊原発については、防潮堤がなく津波対策がないとして二〇二二年五月三一日の札幌地裁で運転差止め判決が出ており、現在なお防潮堤は完成していない。また避難計画は不十分であり、核燃料輸送に問題があるのに、知事は、電気料金の値下げ、半導体の国策会社「ラピダス」の道内進出などで電力需要が増えるからなどと、再稼働に同意している。つまり、安全性よりも経済効果を重視しているわけである(東京新聞社説二〇二五年一二月一二日)。

 しかし、この電力需要増加論を基本にした路線は、事実に基づかない。橘川武郎国際大学学長は、次のように批判している。日本政府や電力業界は、①AIとDX(デジタルトランスフォーメーション)でデータセンターが増える、②だから電力需要がものすごく増える、③だから原発を増やさないといけないという三段論法だが、このうち①→②については、国の電力広域的運営推進機関の見通しを見れば、二〇三〇年を過ぎたあたりから電力需要の伸びは止まり、ピークの高さも東京電力福島第一原発事故後の二〇一三年より低いくらいだ、と指摘されている(毎日新聞二〇二五年八月一九日)。

 この点で今後大問題になるであろうことが、二〇二六年初頭に中部電力浜岡原発で暴露された。それは安全に関わる審査データの捏造問題で、再稼働全体に水をさすものである。他の原発ではどうか? そもそも原子力規制委員会の審査は信頼できるものなのかとの疑問が湧き上がる。私も引き続き研究、分析していく予定である。

敗訴が続く原発差止め訴訟とその要因

斎藤 浩

弁護士。京都大学卒業。元立命館大学大学院法務研究科教授。著書に『行政訴訟の実務と理論』(三省堂)、『自治体行政って何だ!』(労働旬報社)、編著に『原発の安全と行政・司法・学界の責任』(法律文化社)など。

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