アメリカ軍需産業の下請け化?――日米防衛産業協力DICASとは何か

川田篤志(中日新聞(東京新聞)政治部記者)
2025/01/05
PAC-3ミサイル(LOCKHEED MARTIN)

 DICAS(ダイキャス)とは、いったい何なのか。編集部から難しいお題をもらって本稿を書いている。正式名称「日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議」とは、2024年4月の日米首脳会談で創設が決まった協議体を指す。その目的は、米軍の武器不足や米軍需産業の供給力低下を日本が補い、米軍向けのミサイル生産や戦闘機・艦船の維持整備を日本企業が担う仕組みづくりだ。

 2024年6月、10月、12月と、3回にわたって会合が開かれ、親会議の下に設置された「ミサイルの共同生産」など4つの作業部会でも協議が進むが、いつどのような形で、どんな事業が始まるのか、いまだに全体像は見えていない。

 さらに米大統領選で「米国第一主義」を掲げるトランプ氏が勝利したことで、DICASの先行きは不透明さが増しているが、協議体が設置された背景や日米両政府の思惑、米軍の武器生産の「下請け化」が懸念される日本の防衛産業への影響をできる限り報告したい。

ミサイル生産の行動計画を提出

 はじめに事実関係をおさらいする。日米両首脳の意向を受け、ラプランテ米国防次官(取得・維持整備担当)が2024年6月に来日し、当時の深沢雅貴防衛装備庁長官を交えてDICASの初会合を開き、日米防衛産業協力を進めるためDICASの設置要綱に署名。さらに「ミサイルの共同生産」「前方展開される米海軍艦船の維持整備」「米空軍機の維持整備」「サプライチェーンの強靱化」をテーマにした4つの作業部会を設置することで合意した。

 艦船維持整備の作業部会はさっそく6月に開かれたほか、9月には残り3つの作業部会も開催。前後するが、7月下旬の日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)では、DICASを通じて、弾道ミサイルを迎撃する地対空誘導弾「PAC3MSE」と、中距離空対空ミサイル「AMRAAM(アムラーム)」の共同生産を目指すことで合意した。その実現に向け、両政府は「実行可能なビジネスケースの促進」「計画のタイムラインの設定」「求められる調達量の確定」「資金メカニズムの特定」などに関する行動計画を2024年末までに提出することを決定。10月のハワイでのDICAS第2回会合を経て、12月にオンラインで開かれたDICAS第3回会合では、アムラームとPAC3MSEに関するそれぞれの行動計画が了承された。

 防衛装備庁は取材に、行動計画の内容について「共同生産の課題の特定や、どれくらいの費用や時間がかかるのか、日本側でどのような生産活動が可能かに関する検証項目が書かれている」と説明するが、行動計画そのものは「相手国との関係や、共同生産の可能性を検討している段階の文章」として非公表という。両政府は行動計画の具体化に向けて両国の関連企業との連携を深め、ミサイルの共同生産に向けた議論を2025年に「さらに加速する」ことを確認。同年6月までに第4回会合を開くことも決めた。

 ミサイル生産で具体名が出たPAC3とは、米国のレイセオン社とロッキードマーチン社が開発し、自衛隊向けは日本側が特許料を支払って国内で生産する「ライセンス生産品」として、三菱重工業が請け負っている。アムラームとは最新鋭ステルス戦闘機F35などに搭載するミサイルで、米企業が開発・生産しているが、日本国内では現在生産されておらず、計画がまとまれば日本でライセンス生産されることになる。いずれも、ロシアの軍事侵攻を受けたウクライナへの武器供与などにより米国内の備蓄が不足し、生産が追いついていないとされている。

武器生産に苦しむ米軍

 「揺らぐ米の防衛力、日本は支援できる」という見出しの寄稿が6月10日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された。書いたのは、かねて日本の防衛力強化を歓迎する米国のエマニュエル駐日大使(本稿の執筆時点ではトランプ政権発足前の退任の意向とされている)だ。寄稿が掲載されたのはちょうど日本でDICASの初会合が開かれた時期で、米政府の意図を発信し、米国民、とりわけ米国内の軍需産業関係者の理解を得たい狙いがあったとみられる。

 エマニュエル氏の寄稿では、米ソ冷戦の終結にともない国防予算が削減されるなかで、米軍需産業の統合・縮小と生産力の低下を嘆く文言が並ぶ。いわく「1990年代以降、防衛の主力請負企業の数は51社から5社に減少した」「防衛部門は2018~23年の間に推定1万7000社を失い、米海軍の造船所は第二次世界大戦中の11カ所から4カ所に激減した」。さらにウクライナへの対空ミサイルや対戦車ミサイルの大量供給で米軍の備蓄は枯渇しているとし、「武器生産能力を再構築するための計画を立てることが最も重要で、日本のような信頼できる同盟国がどのように貢献できるかを考えなければならない」と主張した。

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川田篤志

(かわた・あつし)中日新聞(東京新聞)政治部記者。1981年生まれ。岸田政権が発足した2021年から退陣した24年までの3年間、防衛省を担当。「防衛費5年で43兆円実は60兆円 ローン16.5兆円積み残し 防衛省全体像示さず」や「『敵基地攻撃』議事録なし 有識者会合 概要も公表せず」など独自記事を執筆した。

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