私たちの食は、 なぜこうも不安定に、脆弱になっているのか

平賀 緑(京都橘大学経済学部准教授)
2025/01/05

「ありあまるごちそう」の世界での食料危機

 2024年夏、「日本人の主食」といわれるコメがピンチに陥ったと騒がれた「令和のコメ騒動」。異常気象で供給が減ったところに、インバウンド回復や南海トラフ地震情報で需要が増加し、店頭のコメが品薄状態になって価格が高騰したと、たいていはこう伝えられている。

 それ以前からも食料品の「値上げラッシュ」は毎月のように報告されつづけ、ロシアによるウクライナ侵攻が開始された2022年2月には小麦の国際的な指標価格であるシカゴ相場が高騰した。これもたいていは、小麦輸出大国であるウクライナとロシアからの供給が滞ったためと説明された。

 さらにその前、コロナ禍が始まったころから、日本各地で食料品の無料配布に長蛇の列ができるようになった。人々の間に、「食料危機」が、どこか遠い途上国における世界的イシューから、四季折々の国土と「和食」文化を持つ「経済大国」日本における国内イシューになったとの危機感が広まったかもしれない。

 それでも、相変わらず食品ロスが問題視されるほど店頭には大量の食品が並び、「本当に日本で食べられない人がいるのか?」と他人ごとのように話す声も消えていない。

 私たちの食は、なぜこうも不安定に脆弱になり、「ありあまるごちそう」の世界で食の格差を広げてきたのだろうか。

農業・食料システムの脆弱性と構造的暴力註1

 食料危機は、ひと夏の「騒動」で終わらせられる問題でも、喉元過ぎれば忘れられる問題でもなく、国内外における現在の農業・食料システムの脆弱性と構造的暴力は、ずっと奥深くまで根を張った歴史的構造的な問題だ。加えて「食」は、農業や消費者だけの問題ではなく、資本主義経済の根幹に関わってきた問題であることを強調したい。

 ざっくり語るとすれば、120億人を養えるはずの世界で、10億人弱が飢餓に苦しみ、約20億人が食料不安をかかえ、他方、十数億人が食べ過ぎによる不健康状態にある。食料を生産しているはずの農民が1番食べられておらず(日本式に言えば「コメ作ってちゃ飯食えない」)、さらには、生産された食料の3分の1ともいわれる量がムダにされている。

 食農分野が温室効果ガスの4分の1を排出しているとの概算もある。自然の恵みであり生命の糧であるはずの農業・食料システムが、気候危機の一大要因として、食生活由来の不健康の一大要因として、自然も人も壊しているといえるだろう。

 さらに、食と農の世界にも「金融化」が浸透し、農地や食料価格がポートフォリオに組み込まれた「金融資産」になっている。冒頭でコメや小麦の価格高騰について「たいていは」と但し書きしたように、穀物の価格を設定する仕組みがマネーゲームと化している現実もある。

 コメについては別途その分野の研究者による分析を待ちたいが、小麦の価格については、2007~08年の世界的な食料価格高騰後、さらにウクライナ開戦後に、少なくとも英語圏では議論が展開されていた。短くまとめると、世界的な小麦価格を牽引するシカゴの商品先物取引のうち、実際のモノの流通をともなったのは2%のみ。つまり、小麦の価格を定める取引の9割以上は、農家でもパン屋でもない、ただその値動きで短期的な儲けを狙う「投機筋」だったという。穀物価格が高騰した前後の2006~08年に小麦先物取引の35~50%はインデックス・トレーダー(指数取引から利益を得ようとする投機筋)から出されたものだった。その後、2010~12年にまた食料価格が急騰したとき、食料価格への投機で金融大手のゴールドマン・サックス、JPモルガン、モルガン・スタンレー、バークレイズ、ドイツ銀行は27億米ドルの利益をあげたという註2。農地を金融資産として「北」の国々や富裕層が大規模購入する「ランドグラブ」も終わってはいない。

 穀物の先物取引も投機的な取引も、それ自体は古くからあった。もとは農家やパン屋がリスクヘッジして価格を安定化させるための仕組みだった。しかし、1980年代からの規制緩和などで「自由化」され、世界的に倍増した金融資産が運用の場を求めてさまよう動きの中、情報工学を利用した複雑な金融派生商品(デリバティブ)が開発され、近年ではAIによる人の目にも留まらない高速取引によって取引量を膨張させ、同時に値動きを不安定化させたと指摘されている。

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平賀 緑

(ひらが・みどり)京都橘大学経済学部准教授。国際基督教大学卒業後香港中文大学へ留学。香港と日本で新聞社、金融機関、有機農業関連企業などに勤めながら、1997年から食・農・環境問題に取り組む市民活動を企画運営。11年に大学院へ移り、ロンドン市立大学修士(食料栄養政策)、京都大学博士(経済学)取得。著書に『植物油の政治経済学――大豆と油から考える資本主義的食料システム』(昭和堂)、『食べものから学ぶ世界史』『食べものから学ぶ現代社会』(ともに岩波ジュニア新書)がある。

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