『地平』2025年12月号

熊谷伸一郎(『地平』編集長)
2025/11/06

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編集後記 

 また日本政治の振り子が右に振れてしまった。

 民主社会における政治の最低限の責任とは、つきつめるところ、私たちみんなの生存の保障ということだろう。日々の十分な食事、安全な水や空気、それらの基盤としての豊かな環境と安定的な気候。病気や障がいを得たとき、年老いたときの医療や介護など社会保障システム。そして——戦争を防ぐこと、だ。

 この責任を顧みず、一部の「強い者」の利益を優先する政治は、勇ましいが空虚な言葉でナショナリズムや排外主義をあおることでその本質を隠そうとする。大軍拡や原発再稼働、「スパイ防止法」などのメニューを並べる新政権の連立合意などを読み、そう痛感する。だが、その道筋はそう遠くない過去、すでに歩んだことがあり、内外に膨大な犠牲を出して破綻した道なのだ。

 政治的な知性とは反省する力だと考えるならば、新政権にはその力が根本的に欠けているのではないか。私たちが8・15のみならず、それに到る9・18(柳条湖事件)、7・7(盧溝橋事件)、あるいは3・11(原発事故)を胸に刻もうとするのは、周年行事ではなく、反省と教訓を風化させず、現在において同じ過ちを繰り返させないためにほかならない。

 「反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」。一年生議員の時代にこう国会で語っていた高市首相だが、高橋哲哉氏が今号インタビューで指摘するように、歴史に学ばない無責任な態度で外交を進めることはできないだろう。

 戦後80年を考えるための今号の第1特集「加害と和解――東アジアの不再戦のために2」は、もっと早く掲載したかったのだが、深刻きわまるガザの情勢のこともあり、石破氏の「所感」ではないが、遅れてしまってこのタイミングとなった。だが、加害の過去と向き合うことで和解は可能であり、日本社会はそうした地道な実践を積み重ねてきているということを、このタイミングで共有できたのは、むしろよかったかもしれない。

 新政権が続くようならば、過去への認識の問題は、再び強く日本のありようを試していくことになろう。日本の戦後民主主義を成り立たせてきたのは、戦前のありように対する反省であったのだから、当然だ。

 特集2「沈黙を拒む――ジェノサイドに抗議する国際社会」は現在進行形の加害行為に対峙する国際社会の努力について取り上げた。本誌もまたそうした努力の一端に連なり、共演者であることで、共犯者であることを拒みたい。

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熊谷伸一郎

(くまがい・しんいちろう)月刊『地平』編集長。株式会社地平社代表取締役。1976年8月生まれ。フリージャーナリストを経て2007年、岩波書店『世界』編集部に参加。2018年7月から2022年9月まで同誌編集長をつとめる。2023年7月、独立のため退職。著書に『なぜ加害を語るのか』(岩波ブックレット)、『反日とは何か』(中公新書ラクレ)、『金子さんの戦争』(リトルモア)、『私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点』(合同出版)、坂本龍一氏らとの共著に『非戦』(幻冬舎)など。

2025年11月号(最新号)

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