日本のエネルギー政策はなぜ歪むのか──私たちの未来と第7次エネルギー基本計画

平田仁子(一般社団法人Climate Integrate代表理事)
2024/11/05

 日本のエネルギー政策の根幹をなす「エネルギー基本計画」が、今年度、7回目の見直しの時を迎えている。

 電気や熱のエネルギーは、私たちのくらしのライフラインであり、今日の世界経済を動かす血液のようなものだ。平穏で充足された社会が維持できるよう、安定的かつ安価に供給されることが重要であるが、膨大なエネルギーの利用は、資源をめぐる紛争や人権侵害、環境汚染、そして深刻な気候変動の原因でもあり、それらの課題解決も急がれる。日本がどのようなエネルギー政策の方針を定めるのかは、国内だけでなく、世界にとっても重要だ。

 ところが、国で進められている議論では、直面する課題に挑むどころか、新たな問題を作り出しかねないと懸念されることも多く見受けられる。ここまでの議論の状況を紹介し、どのような手を打つべきなのか、電力部門に焦点を当てて論じたい。

気候の危機・エネルギーの危機に向き合う

 エネルギー政策を考える上で、私たちが直面する危機や課題を捉えることから始めよう。

 まずは、気候変動の危機だ。2023年の世界の平均気温は観測史上もっとも暑い年であり、2024年も非常に高い気温で推移している。日本でも今夏、各地で熱中症警戒アラートが何度も発出され、私たちは厳しい猛暑を経験した。本稿を執筆している10月19日現在も関東地方で30℃を超える暑さで、観測史上もっとも遅い真夏日となっている。海水温も上昇し、台風の進路が極端に遅まって大規模化したり、能登半島など各地で記録的豪雨をもたらしたりし、被害が拡大している。

 アントニオ・グテーレス国連事務総長は今年7月、40℃、50℃という命取りの熱波が世界各地を襲っていることを受けて緊急レポートを発表した。高齢者などの弱い立場の人たちをケアし、屋外で仕事をする労働者を守ること、データと科学を使って経済と社会を強くし、地球の平均気温の上昇を産業革命前の水準から1.5℃に抑える行動を強化することを各国に呼びかけたのだ。

 このように、「異常」が「日常」になり、気候危機が牙を剥いて人間社会を脅かし始めている。深刻なのは、問題が今のレベルにとどまらないことだ。2100年までに予測される5つのシナリオのうち、このままでは平均気温は中央値に近い3℃ぐらいまで上昇すると予測されている(図1)。2100年といえば、今の乳幼児が70代になる年であり、それほど先のことではないが、そのころには、今よりもはるかに厳しい災害の勃発、熱波や病気の蔓延による健康悪化、食料や穀物の生産減、生態系の絶滅などが進行し、平和な社会を望みようもない世界になる。社会はパニックに陥っているかもしれない。だが今なら、次の世代が生きる世界を、1.5℃の温暖化の水準に止めることができる。だから、大胆な行動を今とる必要がある。エネルギー政策を考える上で、気候の危機に向き合い、最大の原因である化石燃料からの脱却を軸に据えることは、緊急で重大な視点である。

 同様に私たちは、化石燃料に依存したエネルギーシステムの危機にも直面している。世界経済は、化石燃料を大量に消費して発展してきたが、エネルギーは、世界の人たちに公平に届いているわけではない。資源の搾取と不公正な社会の上に現在のエネルギーシステムがある。日本も、化石燃料利用の恩恵を受けているが、一次エネルギーの9割は海外依存だ。石油、石炭、天然ガスの化石燃料はほぼ100%輸入であり、海外における開発行為による環境破壊などの要因とも結びついている。それらの環境汚染の負のコストは適切に内部化されていないままだが、それでも日本の化石燃料の輸入額は毎年30兆円前後に上り、自動車など国内産業が外貨で稼いだお金をすべて失ってしまうほど巨額である。不安定な中東への依存度が高いこともあり、有事には極めて脆弱であり、エネルギー途絶や価格高騰にも直面しかねない。実際、私たちが家庭の光熱費や事業コストの高騰にひどく苦しめられているのも、ロシアのウクライナ侵攻後にエネルギー価格が高騰したことが主因である。価格高騰を緩和するために政府が2022年から始めたガソリンへの補助は今年12月まで続けられる見通しだが、その支出は通算で計11兆円にも上る。化石燃料に依存した日本の産業社会は、莫大な経済的負担の上に成り立っている。

 今日も、ロシアによるウクライナへの攻撃、イスラエルによるガザへの残忍な爆撃が止まらず、数々の悲劇が連なる不安定な世界情勢が続いている。日本のエネルギーシステムは、地政学的リスクと無関係ではなく、危ういエネルギー安全保障リスクにさらされている。安定し、かつ安価なエネルギー供給の確保は、エネルギー政策における重大な課題である。

私たちの現在地──エネルギー転換はまだ始まっていない

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平田仁子

(ひらた・きみこ)一般社団法人Climate Integrate代表理事。早稲田大大学院社会科学研究科博士課程修了。2021年、環境分野のノーベル賞と言われるゴールドマン環境賞受賞。

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