地続きの戦争――再び封鎖されたガザ

アフメド・ドレムリー、イブティサム・マフディ(ガザ出身ジャーナリスト)
2026/04/05
イスラエル軍の爆撃で破壊された4階建ての自宅の瓦礫の中でラマダン明けの食事を準備する一家。数カ月にわたり、父親と息子たちは、自宅を何とか再建しようと手作業で瓦礫の撤去作業を続けている。3月10日。 Tariq Mohammad/APA Images via ZUMA Press Wire/共同

イラン爆撃の日──よみがえる飢餓の恐怖

 2月28日、イスラエルとアメリカがイランへの空爆を開始した時、20歳のショルーク・ダワス(Shorouq Dawas)はガザ市のアル・ヤルムークスタジアムにある仮設シェルターの中でまだ眠っていた。間もなくして姉のナガム(Nagham)が慌てて駆け込んできて、彼女にその知らせを伝え、急かした。

 「ガザの国境が閉鎖される。食料がなくなる前に買い出しに行かなきゃ! 姉はそう叫んだんです」とダワスは言う。「急いで服を着替え、テントにあったお金を全部持って姉と飛び出しました」

 ダワスはいま63歳の母親と兄とシェルターに暮らしており、姉のナガムは数キロ離れた別のテントで彼女の家族と暮らしているが、姉妹はよく一緒に食料の買い出しに行く。2025年8月に父親を亡くしてからは、ダワスが家族の大黒柱だ。

 その朝、市場に到着したふたりはその人混みに衝撃を受けた。

 「小麦粉、砂糖、油、米、トマトペースト、レンズ豆……買えるだけのものを買おうと、大勢の人が殺到していました」とダワスは言う。「そして一部の店主らは、供給が尽きて新たな商品が入荷しないかもしれないと考え、値段を上げ始めていたんです」。

 市場のパニックを見てダワスの脳裏によみがえったのは、昨年、イスラエルがガザ地区を封鎖した時に起きた飢餓の記憶だ。2025年10月にイスラエルとハマスの停戦が始まってからも、彼女は絶えず、飢餓が再び訪れるのではないかという恐怖の中で暮らしてきた。

 「たとえ食料を備蓄できたとしても、いずれは尽きてしまう。他の人たちと同じように飢え死にするでしょう」と彼女は話す。

 一家は、食料不足の恐ろしさをよく知っている。ダワスの父ズハイル(Zuhair)は、昨年夏の飢饉で重度の栄養失調に苦しみ、63歳で亡くなった。ズハイルはがんも患っていたが、医療物資が不足するガザでは治療を受けることができなかった。

 「父は飢えていて、最期の数日間、身体は骨と肋骨が浮き出ていました」と彼女は振り返る。「父の体力を回復させたくて、卵や野菜など健康的な食べ物を求めて何日も探し回りました。でも免疫力が低下して、容態が急速に悪化したんです」

 飢餓が大切な父を奪った、と彼女は言う。「もう二度と、同じ理由で家族を失いたくありません」。

 ダワスは、世界の注目がイランや中東全域に拡大する紛争に集まることで、ガザが再び人々の記憶から消えてしまうのではないかと心配している。

 「ネタニヤフ首相は、いつでも好きな時にガザを爆撃する。そのことに理由なんて必要としないんです。私たちはもう、この不安定な生活に疲れ果てています」

食料価格の高騰

 イスラエルがイランへの攻撃を開始した直後、「安全保障上の理由」でイスラエルがガザの国境検問所を閉鎖したというニュースは、SNSを通じてガザ地区全域に急速に広まった。このことは、人々の間に食料価格急騰への大きな不安を引き起こした。10月の停戦以降も、ガザ地区への援助物資や商業物資の流入はすでに限られている。こうしたことからも、不安はいっそう高まった。

アフメド・ドレムリー、 イブティサム・マフディ

アフメド・ドレムリー:ガザ出身のジャーナリスト、翻訳家。10・7以降、自身も避難生活をしながらさまざまな媒体に記事を発表しつづけている。
イブティサム・マフディ:ガザ出身のジャーナリスト。女性や子どもに焦点をあてた社会問題の取材・執筆をするほか、ガザのフェミニスト団体の広報なども行なう。

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