コービン新党の行方――イギリス左派は勢いを取り戻せるか?

二宮 元(琉球大学人文社会学部教員)
2025/10/07
2025年7月9日、英国ロンドンの国会議事堂前で行なわれた福祉給付削減に抗議するデモで演説をする前労働党党首のジェレミー・コービン氏。Vuk Valcic/ZUMA Press Wire/共同

 今年7月、イギリス労働党の前党首で、現在は無所属議員として活動するジェレミー・コービンが新たな政党を立ち上げることを発表した。

 それよりも前に労働党を離党して新党設立の意向を示していたザラ・スルタナとの連名で出された新党設立声明には、所得と権力の大規模な再分配を実現するために最富裕層への課税を強化し、公共サービスを公的所有に移すことや、イスラエルへの武器売却に反対しパレスチナの独立を支持することなどが述べられている*1

 新党設立への賛同を呼びかけるウェブサイトの登録者数は、1週間足らずの間に60万人を超えたと言われている。また、世論調査会社Ipsosが8月に行なった調査でも回答者の20%が左派新党を支持する意向を示しており、左派新党の設立がイギリス政治に与えるインパクトは決して小さくないだろう。

 同世論調査では、特に16~34歳の若い世代で左派新党への支持率は33%と高く、35~54歳では22%、55歳以上では9%と、年齢層によって支持率に大きな違いが出ている。若い世代が中心的な支持層を形成しているという点は、コービン時代の労働党と共通した特徴である*2。ちなみに、コービンと共に新党設立を呼びかけているスルタナは、学生時代に授業料値上げ反対運動に参加して政治活動を始めた、パキスタンにルーツをもつ若手女性議員であり、まさに「ジェネレーション・レフト」と呼ばれる若い世代を代表する政治家だ。

 ただ、この左派新党の方向性や具体的な政策、党組織や指導部のあり方などは、11月に予定されている結党大会で決定されるとされており、本稿を執筆している9月の時点では、党名が何になるか、党首が誰になるかなど、具体的なことは見えてきていない。そのため、現時点で左派新党の今後の行方を占うのは時期尚早と言えるかもしれないが、本稿では、左派新党への動きがなぜ今あらわれてきたのか、その背景を探ることをとおして、左派新党が今後取り組むべき課題について考えてみることにしたい。

労働党左派のジレンマ

 ラディカルな社会変革をめざす左派は、労働党の内部にとどまり労働党を変革のための政党に変えることに力を注ぐべきか、それとも労働党に見切りをつけて独自の左派政党として活動すべきか。これはイギリス労働党の長い歴史のなかで、繰り返し左派が直面してきたジレンマである*3

3 労働党内の左派の歴史については、Simon Hannah, A Party with Socialists in It, Pluto Press, 2018.

 労働党内で右派勢力の主導権が強くなった時代には、実際に左派の独自政党がつくられた例も少なくない。1996年にかつての炭鉱ストライキのカリスマ的指導者であったアーサー・スカーギルが結成した社会主義労働党や、2004年にイラク反戦運動の盛り上がりを受けて当時労働党議員であったジョージ・ギャロウェイが離党して結成したリスペクト党などである。

 しかし、それらの左派政党は、おおむね政治的には失敗に終わっている。イギリスの選挙制度が、少数政党にとってきわめて不利な単純小選挙区制をとっており、また左派の運動の基盤となる労働組合運動が労働党との間に強固な制度的結びつきを維持している状況では、左派の新しい政党が勢力を拡大することには大きな困難が伴うのである。

 それにもかかわらず、コービンらが今再び左派新党の設立へと向かおうとしている背景には、おそらく2つの事情がある。一つは、これまでの左派新党と同様に、労働党の右傾化が進むなかで左派が希望をもてない状況が生まれたからであり、もう一つは、排外主義的な右翼勢力の台頭にたいする危機感が高まっているからである。

スターマー労働党の変貌

 コービンらを左派新党の設立へと向かわせた1つ目の背景は、2020年からコービンに代わって労働党党首に就いたキア・スターマーのもとでの労働党の右傾化だ。

二宮 元

(にのみや・げん)1977年生まれ。琉球大学人文社会学部教員。専門は比較政治学・福祉国家論。著書に『福祉国家と新自由主義――イギリス現代国家の構造とその再編』(旬報社、2014年)など。

2025年11月号(最新号)

Don't Miss