【関連】特集:米=イスラエルの戦争――ガザからイランへ(『地平』2026年5月号)
2026年2月28日土曜日、現地時間の朝9時半過ぎ、イランの国家元首のアリー・ハーメネイー最高指導者が、テヘラン中心部の自らの事務所の執務室で、パークプール革命防衛隊司令官、ムーサヴィー全軍統合本部司令官、ナスィールザーデ国防大臣、および最高指導者軍事顧問でもあるシャムハーニー防衛会議書記ら、軍トップとの会議中、突然の空爆によって殺害された。土曜日はイランでは週の初めであり、その朝一番の会議中に、不意打ちの攻撃を受けたことになる。最高指導者は、憲法の規定上、行政・立法・司法の三権のそれぞれの長(大統領、国会議長、司法府長官)の上に位置し、1979年のイラン・イスラーム革命の産物としての、イスラーム共和国という名の「イスラーム革命」体制を、軍事・安全保障・外交を含む全ての側面において統率する職務を負う。
他国の国家元首を軍事的に殺害すること、さらにそれを不意打ちとして行なったことの問題性については次節以降で議論するが、2月28日のアメリカ・イスラエル側の攻撃は最高指導者事務所とそれに隣接する住居(公邸)だけに留まるものではなかった。テヘラン市上空ではイスラエルの戦闘爆撃機の飛来が目撃され、市内の異なる箇所が複数回に亘り爆撃を受けた。さらにイラク国境に近いケルマンシャー州から南東部のシースターン・バルーチスタン州など、テヘランを含む8つの州で軍事施設等への爆撃が続いた。後に問題になるミナーブ(ホルムズ海峡に近いペルシア湾北岸の小さな町)の女子小学校への爆撃も初日に起こった。
イラン側は、2時間後より、イスラエルおよび、ペルシア湾の南側のアラブ諸国にあるアメリカ軍基地への反撃を開始した。すぐさま、バフレーン、カタール、アラブ首長国連邦、クウェートで攻撃が確認された。さらに北イラクのエルビルのアメリカ領事館も、イラクの親イラン武装勢力から攻撃を受けるなど、2025年6月の前回の「12日戦争」とは異なり、初日から地域的な拡大の兆候をみせた。とりわけ、バフレーンのアメリカ海軍基地とアメリカ空軍が使用しているクウェートのアリー・アッサーラム基地では、イランの無人機やミサイルが着弾し、死傷者を含むかなりの被害が出る事態になった。イランからの攻撃は、翌3月1日にサウジアラビアにまで拡大し、同国随一のスルタン皇太子空軍基地が攻撃を受け、米兵の死傷者が出た。
アメリカ・イスラエルとイランの攻撃の応酬は、その後連日続き、本稿執筆時の3月20日まで3週間に亘り続いている。以下、ここでは、①イラン側の反撃から何がわかるか、②攻撃内容から攻撃国側の目的・目標について何がわかるか、③このような事態からどのような歴史的なパターンがみえてくるか、について議論したい。
イラン側の反撃から何がわかるか
攻撃を受けたイラン側は、反撃を通じて応戦をしている。もちろん、昨年すでに、同様の挑発なき一方的軍事攻撃を発端とする戦争を12日間に亘り経験していたため、1月中旬にトランプ米大統領が、南シナ海にいた第七艦隊の空母リンカーンを中核とする打撃群にアラビア海への移動命令を出して以来、その準備をしていた。








