【対談】桐生市事件の教訓――第三者委の報告と再発防止をめぐって(小林美穂子×小松田健一)

2025/06/07
群馬県桐生市で生活保護費の分割支給や一部不支給があった問題に関し、市議会で答弁する荒木恵司市長(奥右から3人目)。2025年5月9日

第三者委員会の報告

(司会:熊谷伸一郎/本誌編集長)――お二人の本『桐生市事件 生活保護が歪められた街で』(地平社)の刊行とほぼ同時に、この本で報告した桐生市における異常な生活保護行政をめぐって、第三者委員会(桐生市生活保護業務の適正化に関する第三者委員会)の報告書が公表され、荒木恵司市長の定例記者会見が開かれました。

 第三者委員会は2024年3月の設置から1年間の調査を行ない、桐生市はその報告を受けて事実経過とその責任・問題性を認め、再発防止をはかることを約束しました。まずは報告書をどうご覧になったでしょうか。


小林美穂子(こばやし・みほこ)
一般社団法人「つくろい東京ファンド」スタッフ。群馬県出身。著書に『家なき人のとなりで見る社会』(岩波書店)、『コロナ禍の東京を駆ける』(共編著、岩波書店)、『桐生市事件 生活保護が歪められた街で』(地平社)。地平での他の記事はこちら

小松田健一(こまつだ・けんいち)
東京新聞記者を経て現在、東京新聞事業局出版部。2022年7月~24年8月、東京新聞前橋支局長。24年6月に「地域・民衆ジャーナリズム賞2024」受賞。著書に『桐生市事件 生活保護が歪められた街で』(地平社)。地平での他の記事はこちら


小林美穂子(以下、小林) 報告書については、市民による生活保護の申請を阻止しようとする申請権の侵害、いわゆる「水際作戦」が行なわれていたことを認めるかどうか。そしてさまざまな違法で不適切な対応が組織的なものであったと認めるかどうか、この2つをポイントに読みました。

 一読して、かなり踏み込んでいることに驚きました。多くの事例がある中で、今回、調査の対象にした事案は3つだけだったのですが、双方の言い分や記録をこまかく検証し、それらの行為がどの法律に違反しているかが逐一指摘されています。(弁護士の)吉野晶委員長によって書かれたこの報告書は、法律家らしい文章で、まるで裁判の判決のようでした。

小松田健一(以下、小松田) 限られた時間と人数などの制約の中でここまで漕ぎ着けたことは、私も率直に評価していいと思います。

 この一連の問題は、地元の司法書士・仲道宗弘さんが2023年11月に告発したことにより明らかになりましたが、市はずっと「不適切」という表現を繰り返し、利用者の「同意」を得ていたとして、対応の違法性については頑として認めようとしませんでした。その意味で、第三者委員会が一連の問題を生活保護法と憲法25条に違反する行為であると断じた意味は非常に大きいと思います。違法である以上、そもそも「合意」というものは成立しない。これは画期的な判断だと思います。

小林 事案1で「分割支給計画」、生活保護費の満額不支給についてかなり踏み込んで強く糾弾していましたね。1日1000円の分割支給計画が同意の下だったか否かは、桐生市で生活保護を利用している男性2名が市を相手に起こしている国家賠償請求訴訟でも争点となっています。それを報告書では、「真にやむを得ない事情に基づく例外的事案であったと判断することはできず、更に、最低基準を下回る給付を内容とする分割支給計画は生活保護法違反であるばかりか、憲法25条の趣旨にも合致しない」と書いています。これは国賠訴訟の行方にも影響するでしょう。

 ただ、生活保護費受給者が半減した理由については、「その可能性」という言葉に止まり、申請権の侵害(水際作戦)があったとは断言しないなど、不十分に思える点もありました。

小松田 刑事事件でいうところの状況証拠を積み重ねれば、限りなく黒に近いグレーですが、決定的な裏付けとなる物証が出てこなかった、ということでしょう。

数え切れない違法行為

――この報告書から、桐生市の生活保護行政の実態という面で新たに分かったことはありますか。

小林 先ほどの事案1のケースなどはまさにそうですね。この方は毎日、指示されたとおりにハローワークに通っていたにもかかわらず、ケースワーカーから書面の就労指導の文書、「指導指示書」を渡されていたと、この報告書で初めて知りました。

 この指導指示書とは、指示に従っている人に出すものではありません。さらに、指示に従わないという場合は、指導指示違反として生活保護を廃止する理由となりますので、あらかじめ廃止できる理由を作っていたのではないかと勘ぐってしまいます。

小松田 金銭管理団体の問題について踏み込めていない点は、若干不満です。生活保護利用者の家計が、民間の第三者団体によって管理されていた問題です。この件で行なわれたのは金銭管理団体へのヒアリングだけで、その主張だけを論拠にして書いてしまっています。

小林 桐生市は、利用者を民間の金銭管理団体に引き合わせ、金銭管理契約を結ばせていました。市側は利用者の同意のもとであり、あくまで民民契約であると強弁していますが、保護費を大きく下回る額しか渡されないような契約に同意する人がいるでしょうか。実際、自分の意思は無視されたと証言している方々が多くいらっしゃいます。

小松田 桐生市当局も第三者団体を紹介したことまでは認めています。現にその福祉団体の契約書にも、桐生市福祉課と当事者の協議でこういう契約を結びます、という趣旨の一文があるので、無関係ということはありえない。

 では、なぜそのようなことをしたのか。福祉課の事務負担を軽減するためとも推測できますが、その動機ははっきりしません。

小林 今回は事案を3つに絞って調査を進めましたが、その事案1つの中から数え切れないぐらいの違法行為が出てきていますね。一人ひとり、申請前の段階からすべてのプロセスでいくつもの違法行為があります。すべての事例で調査することは、とてもではないけどやりきれなかったのでしょう。だから序盤で明るみに出た3つの事案に絞って、それらを事細かに調べ上げたのだと思います。

 そのため、積み残しはたくさんあります。民間の金銭管理団体と桐生市の関係のほか、扶養届の偽装も明らかな犯罪行為ですし、福祉課が保有していた1948本のハンコの不正利用の実態解明も掘り下げられていません。だからこの報告書に書かれていることがすべてではないのです。他にもたくさんの問題があったということを、書籍として記録に残せたのは良かったです。

小松田 表に出てきていない被害者は何十倍、いや、何百倍もいるかもしれません。第三者委員会はこれら3事案を詳らかにすることで、一罰百戒を狙ったのかもしれません。

桐生市職員の意識は変わるのか

――今後、桐生市が行なうべき課題は何でしょうか。

小松田 根本的に、桐生市福祉課の生活保護行政をどうしていくのか、ということです。本当に正せるのかどうか。ほとぼりが冷めたら元に戻ってしまわないとも限らない。

小林 職員の意識を変えられるか、ですね。第三者委は引退した元幹部職員や現職職員からも事情聴取をしていますが、元幹部職員の回答などは読んでいて具合が悪くなります。現職職員のアンケートによれば、職員の6割は、過去を振り返ってみると確かにあれは良くなかった、という意識をもっていることがわかります。でも、裏返せば4割は未だ適切だった、と言っているわけです。この1年4カ月間、これだけ報道され、これだけ世間を怒らせているのに、です。ここの闇の深さ。愕然とします。

 特に酷いのはある元幹部の言葉です。いわく、身勝手な考えをする受給者がいた、ケースワーカーから悪い点を指摘されたのを追い返されたと受け取る相談者がいた、大きな声を出す警察OBの職員もいたが、職務経歴を生かして対応してくれていた、利用者数が減っている理由は高齢者の死亡数の増加、あるいは境界層措置の適切な適用……。いちばん頭にきたのは、ケースワークとして自宅訪問をしっかり行なったことで、不適切な申告をしても発見されるという情報が広がり、反社会的な者が桐生市で生活保護申請をすることが減った……、というコメントです。

 この元幹部が誰かはすぐ分かります。その言い分は、過去の市議会における彼自身の答弁と重なっていますから。しかしこの幹部はすでに引退しているので処罰の対象にはなりません。やりきれない気持ちです。

小松田 職員が幹部以下このような意識でいたことから、調査は大変だったと思います。だからではないかと思うのですが、第三者委員会は最終盤で市民に、どういう事例があったか、体験を寄せてほしいと呼びかけました。そうしたところ、100件を超える情報提供が短期間のうちに寄せられ、そこには市職員たちが話していることとは正反対の実態が示されていた。この呼びかけがなければ、これらの声は公表されないままになっていたかもしれません。

小林 この市民の声が、説得力を持って第三者委の皆さんに届いたことが決め手となったのだと思います。

 そして、指摘しておかなければいけないのは、こうした桐生市の暴走を後押ししてしまったのは国の姿勢だということです。「不正受給防止」に重点を置き、「適正化」の名の下に相談者や利用者を厳しく調査するよう指導してきたことを、ある意味で徹底的に行ない、虐待にまで発展させていったのが桐生市です。たしかに桐生市は論外ですが、国の責任は無視できません。

なぜ桐生市で起きたのか

――国の責任ということと同時に、なぜ桐生市の生活保護行政はこんなに酷いことになったのか、疑問が湧いてきます。なぜなのでしょうか。

小松田 それは私にも確たる答えはありません。生活保護事業というのは国からの委託事務で、保護費の4分の3は国費、残りの4分の1を地方自治体が負担しますが、ただそれも地方交付税でおおかたカバーできますので、市の実質的な負担はほとんどありません。にもかかわらず、生活保護法違反、憲法違反と指弾されるような運用を行ない、10年間で利用者を半減させた。もちろん他の自治体でも生活保護行政に問題がないわけではないでしょうが、桐生市でここまで酷いことが常態化していたのはなぜか、不思議です。

小林 私は群馬県出身なので、家父長制の意識が色濃く残る保守的な雰囲気を多少は知っています。自己責任論も強く、生活に困窮する人に対して寛容な目で受け入れる雰囲気に乏しいと思います。生活保護を申請するような市民は差別的に見てもいいという認識が行政にもあったのではないかと思います。生活困窮者は怠け者・脱落者だと見なすような人がトップに立ってしまうと、その思想・価値観がその部署内に伝わっていくだろうと容易に想像できます。

 桐生市のような小さな街では、同級生や親戚の中に誰か一人は市役所や県庁に勤めている人がいます。そんな中で行政に助けを求めるのは大変な覚悟が必要です。しかも役所の窓口に行ったら行ったで酷い目に遭う。

 職員も働きはじめた頃は使命感に燃えていたかもしれません。でも、その部署の雰囲気にだんだんと変わっていく。桐生市は外部の研修にも過去9年間、職員を参加させていなかったそうです。外の空気も入らない中で、自分たちのしていることがいかに異常なことなのか、ひどいことなのか、職員もわからなくなったのかもしれません。

 それに加えて、困窮者を支援する市民団体が群馬ではまだ少ないですし、議会も圧倒的に行政寄りの保守系議員が多く、チェック機能が働かない。こういう要素が揃ってしまった。今回は、仲道さんが当事者の声を受け止めて行動したからこそ、状況が是正されることにまでなりました。仲道さんが声を上げていなければ、まだ問題が明るみに出てすらいなかったかもしれません。

 この1年4カ月の間、仲道さんの訴えを受けてメディアが継続的に報道を続け、支援団体が追及しつづけてきたからこそ、100人の市民の声が集まり、状況が具体的に是正されるところまできました。

小松田 しかし、本来は地元メディアがもっと先に頑張っていなければならなかった。当事者の声を報道すべきだった。それは私自身の反省でもあります。当事者が積極的に声をあげることができない空気の中、メディアがもっと目を配っていたら、ここまで酷い状況が長く続くことはなかったかもしれない。そう考えると忸怩たるものがあります。

 現在、地方駐在の記者の数がどんどん減らされる傾向があり、県庁所在地や政令市レベルならまだしも、桐生市ぐらいの自治体では記者が定点観測をしにくい状態です。桐生市に拠点を置くのは、日刊紙では上毛新聞と読売新聞、それと地域夕刊紙の桐生タイムスの3社に限られます。

 しかし、限られたリソースの中でもやれることはあるはずです。その地域のキーパーソンの動静を追い、議会をきちんとウォッチする。リアルタイムでは難しくても、議事録に目を通すだけで、その地域で何が問題になっているのかをある程度知ることができます。

今後の桐生市の課題

――この報告書と同時に市長は今後の再発防止策などを公表しました。今後、この市の対応がどこまで具体化されるかですが、どういった点に注目していけばいいでしょうか。市のウェブサイトを見ると、「生活保護を受給するのは権利」という感じに変わっていましたが。

小林 荒木市長は謝罪会見で過去の申請権の侵害を認めました。いちおう見た目では努力しています。「生活保護のしおり」を改訂しましたし、改善項目については逐一報告しています。問題はソフトの部分です。市の幹部や職員の根強い差別心をどうやって取り除いていくのか。

 相談・面談を全件録音することにしたのはいいことだと思います。記録を残すことで「言った言わない」という争いはなくなりますし、録音されていると分かっていれば言動に気をつけるようにもなります。ただ、相談者の中には追い詰められた精神状態の人も少なくありません。それをカスハラだとして録音が証拠に使われるようなら、それは別の問題です。また、福祉課の保護係に警察OBを配置しないということですが、隣の困窮者支援窓口に置くのなら意味がありません。生活に困窮した市民を支配や排除すべき対象としてまなざしてきた姿勢と真摯に向き合う必要があります。

 いずれにしても、職員の意識改革が最大のポイントです。そしてそれは福祉課だけでなく、桐生市役所全体として言えることです。

小松田 それには、人事の刷新が必要だと思います。1つの部署に長くいると、どうしても内向きの論理に染まりがちです。利用者の立場より自分たちの論理を優先するようになってしまう。それを打ち破るためには、人事をもう少しフレキシブルに行なったほうがいい。そして全職員が福祉部門を一定期間経験するキャリアパスを作ることも1つの方法かもしれません。さらには外部からの人材登用、他自治体との交流も考えられます。桐生市のような小さな自治体は、外と交流をして他所はどのようにやっているのかを知ることも必要です。そういう努力をしないことには、いずれまた同じようなことが起きないとも限りません。

小林 「生活保護情報グループ」という、桜井啓太さん(立命館大学准教授)ら支援現場経験者や研究者らでつくる集まりがあり、「生活保護率増減マップ」というデータをインターネットサイトで公開しています。970自治体の2012年から10年間の推移が分かります。こういうデータをチェックすることも重要です。

 自民党が生活保護バッシングをしながら政権を奪回したのは2012年ですが、それを画期として「不正受給」がクローズアップされるようになり、生活保護に対するバッシングが激しくなりました。そしてその流れに背中を押されるようにして、桐生市は利用者を減らしてきた。この10年の推移を見るとそれがよく分かります。

 もちろん、生活保護の減少が一概に悪いわけではなく、その地域の人口流入、雇用、経済状況なども考慮に入れる必要がありますが……不自然にその自治体で生活保護率が下がっている場合には、水際作戦の可能性も調査してみたほうがいいと思います。

 もう1つは、自治体のウェブサイトの生活保護に関する書き方でもわかります。『地平』の5月号でも報告しましたが、東京・国立市のサイトでは生活保護は生きるための権利で、差別は許されないと強調されています。一方で、家族を頼ってください、民生委員を通して申請してくださいなどバリアを設けているような自治体もあります。

小松田 桜井さんたちが取られている手法は、公開されている情報を分析していくオシント(オープン・ソース・インテリジェンス)という手法ですね。

小林 今回、仲道さんの告発後すぐに、桜井さんたちが桐生市の過去10年の生活保護率とその他自治体の保護率を比較したグラフを出しました。そのチームの人たちはみんな現場経験者なので、そこでどんなことが行なわれているかが直感的に分かるのだと思います。だから警察官の数など必要な資料を情報公開請求して可視化していった。

差別を許さない街へ

――外国籍の住民に対するバッシングやヘイト行為が起きています。桐生市の問題をめぐっても、「日本人を助けないのは問題だ、外国人は“優遇”しているのに」という声も目にします。

小林 生活保護の利用者というのは、バッシングに遭いやすい存在です。差別されてもいい存在であると、権力者たちによって一度レッテル貼りをされてしまったからです。でもそれよりさらに弱いところに置かれているのが外国人です。そういう人たちを叩く風潮が日本にはあります。弱い人たちを叩くことでいい気持ちになれる。そういった差別感情を、政治家たちが利用します。でも、それで削られるのは自分たちの将来ですよ。共生する方法はないかと常に考えています。私たちはどういう社会に生きたいのでしょうか。弱い人たち同士で叩きあうような社会でしょうか。

小松田 生活保護と排外主義がセットとなってバッシングが起きていることに危惧を感じています。ネットなどを見ていると、「外国人には簡単にカネを出すくせに、日本人にこの仕打ちはなんだ」といった論調のものがとても多い。もちろんそれはまったく事実ではありません。現に今回の報告書の事案3は外国人の方で、桐生市は外国籍の住民にも「公平」に酷い対応をしていたわけです。しかしそういう主張をする人たちの多くは、すでに自分たちの中でストーリーができてしまっているので、事実を突きつけてもなかなか考えを変えてはくれません。それでもしつこく言いつづけていかなければいけないと思っています。

 そしてやはり当局の人たち、公的な立場にある人たちにはきちんと正確な情報を発言してほしい。差別を許さないという姿勢を示してほしい。それは国会の場でもいいし、大臣の記者会見の場でもいい。彼らの口から「そんなことは決してない」「公平公正にやっている」ということを繰り返し強く主張してほしいです。繰り返し言っていかなければ、フェイク情報ばかりが流通し、それがいずれ「事実」になってしまいかねません。それに抗うためにはジャーナリズムは腰を据えて踏ん張りつづけるしかありません。

――本日はありがとうございました。ひきつづき本誌もチェックを続けていきたいと思います。
(2025年4月7日 地平社にて)

『地平』編集部

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