東海村から原子力に異議を唱える
(司会:熊谷伸一郎/本誌編集長)――小林美希さんの「ルポ イバラキ」(本誌2025年1月号~6月号)を連載し、いま、日本の「地域」で何が起きているのか、茨城をフィールドとして報告していただきました。そこで見えてきたことは、戦後作られてきたさまざまな民主主義の装置―議会やメディア、労働組合や自治会など、地域から民主主義を具体化していくためのシステムが劣化している現状でした。今日は、この茨城から、地域の現実と課題をめぐって、村上さんと小林さんに語り合っていただきたいと思います。
村上さんは、日本の「原発発祥の地」である茨城県の東海村で、村長をしていらっしゃった時に原発再稼働へ異議を申し立て、退任後も地域の自治を強靭にしていくための行動をされてきました。それでは、まず村上さんのこれまでの歩みからうかがいます。
村上達也(むらかみ・たつや)
1943年生まれ。常陽銀行ひたちなか支店長を経て1997年に東海村長に就任。四期を務め2013年に勇退。脱原発をめざす首長会議世話人。共著書に『東海村・村長の「脱原発」論』 (集英社新書)がある。
村上達也(以下、村上) 私はこの東海村に生まれ育ち、小林さんと同じ水戸一高を経て、大学を出たあとも地元に戻って、地銀の常陽銀行に勤め、村長になる直前はひたちなか支店の支店長をしていたんです。当時、4期務めていた須藤富雄村長が私の高校の先輩にあたる関係で、その須藤村長から後継になってくれないか、という話があったんです。私はそれまで政治の世界に入るなんて考えたこともなかったので、とんでもないとずっと拒否していたんですが、繰り返し、あの手この手で要請を受けつづけて、結局、折れて出馬することになりました。1997年のことです。
それで、これまで政治活動などしたことのない私がどうやって選挙をすればいいのかと思っていたら、日立製作所の労働組合の人たちが現れてきて、まあ、丸抱えです。選挙活動の中心は原子力関連の労働組合、業界団体などでしたね。それで、1997年9月に村長になりました。
当然ながら、私は前村長の後継ということで、その路線も引き継ぐと思われていた。「東海第3号をよろしく頼む」と前村長からは申し送りされました。当時、日本原電(日本原子力発電)には東海村に3つ目の原発を造る計画があったんですね。それも115万キロワットぐらいの超大型の原子炉で、さらにはもう1つ、135万キロワットの原発を造るなんて話も出ていました。「そんな敷地はないんじゃないの?」と言ったら、「いや大丈夫です。海の中に造ります」と言われたことを覚えていますね。
そうこうしているうちに、1999年9月30日、JCO臨界事故が起きてしまった。私は国や県の対応を待たずに、これは住民の安全と生命が第一だということで、避難を進めました。原子力の怖さを骨身にしみて知りました。それで事故後の記者会見の場で私は、「原子力推進の旗はもう振りません」と言ったんです。そうしたら私を取り巻く局面はガラリと変わりました。
JCO事故は私が村長になって2年経ったときで、1期目だったのですが、当然、その後は原子力関連の人たちは村長の首をすげ替えようとしてきますよね。2期目、3期目と対抗馬を立ててきた。そして4期目になると、当時の茨城県知事・橋本昌氏が本格的に私を潰しにかかってきた。
原子力の閉じたサークルの中にいると思われているときは、たいそうな接待も受けました。大手企業の幹部やその傘下の建設会社などからですね。現金を渡されそうになったこともあります。断りましたけどね。
その当時、東海村の原子力界隈では、動燃の東海事務所(現在の核燃料サイクル工学研究所)がトラブルばかり起こしていました。臨界事故より少し前、1997年3月の東海再処理工場の火災爆発事故のほかにも、放射性物質を入れていたドラム缶が腐ってしまったとか、多いときには1週間に2、3回もトラブルを起こしている状態だった。
原子力産業というのは風通しの悪い世界だけど、動燃は特にそうで、会合で動燃に行って部長や課長と会うときには、必ず目つきの鋭い監視役みたいなのがついているんです。内部の人まで監視している。
小林美希(以下、小林) 誰が敵か味方かわからない。
小林美希(こばやし・みき)
ジャーナリスト。1975年茨城県生まれ。『エコノミスト』編集部を経て2007年よりフリーのジャーナリスト。著書に『ルポ 保育崩壊』『ルポ看護の質』『ルポ 学校がつまらない』(以上岩波書店)、『年収443万円』(講談社)など多数。
村上 そう。恐ろしい組織だな、と思いました。そうやって組織の内部をガチガチに固めてしまっているから、事故が起きるんです。働いている人たちにまったく余裕がない。東電にも火力とか水力とかありますけど、原子力のセクションはかなり閉鎖的ですね。みなさん、いつも何かにビビっている。保身のかたまりです。問題があったらまず隠そうとする。情報を出さない。
小林 原子力推進の旗振りはやめると宣言した後は、周囲が敵ばかりに……。