鶏の唐揚げや豚肉の生姜焼きにハンバーグ、チーズやヨーグルト……。食卓で人気のこうした肉類や乳卵製品の原料である動物はどのように飼育されているのか。近年、欧米を中心に、採卵鶏の詰め込み式ケージ飼いが禁止されて平飼いが急速に増え、母豚を著しく狭い檻に閉じ込める妊娠ストールが禁止されるなど、動物本来の行動欲求が満たされるよう飼育環境を改善するアニマルウェルフェア(動物福祉)の重要度が増している。一方、日本では採卵鶏のケージ飼いは約96%、養豚場の約9割が妊娠ストールを使用、乳牛の放牧は約2割といった現状にある。
牛を殴る蹴る、不衛生な飼育場
昨年3月、茨城県畜産センター(石岡市)の従業員たちが「日常的に牛を蹴る殴る、治療中の足を金属製のスコップで十数回突くなどの暴力を振るい、糞尿が堆積し泥濘化した運動場など不衛生な環境下で牛を収容した」などとして、JAVA、PEACEなど4つの動物保護団体が管理者である県と元センター長ら職員8人に対し、動物愛護管理法(動愛法)の動物虐待罪で県警へ刑事告発。石岡署は今年1月、県と職員を水戸地検に書類送検した。
センターは1902年に設立。牛乳や乳製品の原料となる生乳や和牛の受精卵の販売などを行ない、生産性向上を目的に研究を行なう動物実験施設でもある。2022年4~7月に同所で働いた元従業員のAさんは「自治体の施設だからきちんとした酪農を学べるだろうと勤めたが、あまりにも酷くて愕然とした。職場の2班のリーダーは二人とも、搾乳室に移動させる際に1刻も早く動かすため、牛を蹴っていた。ベッド(牛が休む床)に座っている牛には、足を持って踏みつけるよう指示された」と打ち明ける。
さらに、供卵牛(和牛の受精卵を採取するための雌牛)の牛舎と運動場では、「糞尿をかき出す掃除がちゃんとされてなかった。ハエがたかり、尻尾にはこびりついた糞が玉になっていた」。
乳牛のフリーストール(自由に動ける)牛舎も、「糞出しを朝1回しかしないので、翌朝は通路が糞尿でべちゃべちゃ。牛の腹から後ろ足にかけ、糞がうろこのように付いていた」。
Aさんが特に心を痛めたのが、乳牛がほぼ半日を過ごすベッド。「敷料の砂は従業員が毎日ならし、硬くなったらすきなどで砕き、数週間に1回砂を補充すれば快適な寝床になる。でも作業を怠り、どこもデコボコ、カチコチで、スコップでどうにかなる硬さではない。だから通路で寝ている牛が多かった。乳房や乳頭が当たる寝床が硬いと、どれほど痛いだろうか……。いたたまれない気持ちと怒りで眠れないほどだった」

幾分改善も、暑熱対策や監視体制は
刑事告発から約4カ月後の昨年6月以降、センターはウェブサイトで改善状況を随時掲載している。乳牛舎のカチコチのベッドは、「毎日の清掃と凹凸をならす作業に加え、定期的に小型重機で掘り返し、砂の補充を行なっている」と報告。
では、暑熱対策はどうだろうか。 牛は暑さに弱く、「24℃が限界」(乳牛に詳しい大学の研究者)で、暑熱ストレスで乳量は減り、熱中症は命に関わる。センターの乳牛舎は扇風機しかなく、Aさんによると、「6~7月には正午に34~35℃まで上がり、息が荒く、口からよだれを垂らしている牛がいた」という。センターは、「舎内が30℃を超えてきた昨年7月初旬から毎日水浴びの時間を設け、扇風機の風を当て体温を下げる取り組みをしている」と掲載した。
一方、「もっとも懸念される日よけがなかった供卵牛の運動場」(Aさん)には、「日よけを設置した」。しかし、この日よけは農作物を覆うための寒冷紗。副センター長は「本当に暑いときは牛を出していない。(夕方4時以降)の夜間放牧で当面問題ない」とする。しかし、Aさんは「働いていた時、屋外で寒冷紗が使用されていたが、その下は6月末で37℃前後あった。しかも寒冷紗は風で剝がれ、ボロボロになる。何も無いよりましだが、十分とは言えない」と危惧する。
どなる、殴る蹴るなどについては、「棒など道具を使わず、声掛けと手による誘導を行なっている」。牛の扱いについては、「有識者による調査で問題はないと評価された」。これに対し、Aさんは「視察は、事前連絡して訪問するのではなく、抜き打ち検査が必要。上から搾乳時の様子を見学できる大きい窓があり、チェックは容易にできるはず」と指摘する。しかし、副センター長は今年1月の取材に対し、抜き打ちをする予定はないと返答した。
3月、水戸地検は「嫌疑不十分」として不起訴にした。4団体は不起訴は不当だとして4月、検察審査会に審査を申し立てた。
強制力のない動物福祉指針
牛以外の状況はどうだろうか? 西日本の窓がないウインドレス型養鶏場で働いた経験があるBさんは「1つのケージに6羽で、1羽あたり20センチ四方のぎゅうぎゅう詰め。換気扇で温度管理される鶏舎で、鶏は3月上旬から暑さで口を開けハァハァし、7〜9月には30℃後半となり、1日に200羽が死んだこともあった」と明かす。鶏の扱いについて、農場長は「(動物福祉に配慮した)砂浴び場や止まり木の設置はハードルが高い。日本ではそこまで求められていない」と話したという。
さて、日本において動物福祉あるいはアニマルウェルフェアという言葉が広がったのは、5年前に発覚した鶏卵汚職事件がきっかけだった。鶏卵大手の元代表から採卵鶏の国際飼育基準案に反対するよう求められ、現金を受け取ったとして2022年に元農相の収賄罪が確定した事件だ。その後、第三者委員会の提言を受けた農水省は翌年、牛、豚、鶏、馬について「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」を策定した。ただし、数値基準が乏しい上に、法的強制力がないため、実効性が疑わしい。
動物福祉は近年、国際的に、経済的利益やCSR(企業の社会的責任)の観点からも重要度が高まっている。アニマルライツセンター(ARC)の岡田千尋代表理事は「欧米を中心に近年、動物福祉は投資機関にとって、運用実績を評価するための指標の一つとなりつつある」と説明する。
こうした潮流の中、日本の食肉大手も動き出している。日本ハムは22年、「アニマルウエルフェアガイドライン」を策定。▽23年度までに国内の全直営農場の牛、豚の食肉解体場で飲み水設備の設置を完了▽30年度までに国内の全直営農場で豚の妊娠ストールの廃止などを挙げる。スターゼンはグループ会社の▽全食肉解体場に飲み水設備・監視カメラの設置を22年に完了▽豚の歯切りを同年廃止などと発表。伊藤ハム米久ホールディングス、プリマハムも動物福祉の方針を掲げる。
動物愛護法から〝除外〟される産業動物
食品大手が動物福祉に重点を置きつつある中、全国的にレベルを上げるには法的整備が欠かせない。しかし、不適切飼育や虐待から守る仕組みはない。
不衛生な飼育環境や虐待が疑われる場合、対象が犬猫などのペットや展示動物であれば動愛法にもとづき、行政による立ち入り検査や勧告などが行なわれる。ところが、産業(畜産)・実験動物は動愛法の除外規定で取り締まり対象から外されている。問題があっても、都道府県には立ち入りなどを行なう権限がないのだ。
そもそも、動愛法では産業・実験動物の関連施設が動物取扱業の対象に入っていない。取扱業の登録義務があるのは、ペットの販売・繁殖業者、動物園、水族館などの展示業者などに限られる。岡田ARC代表理事は「畜産関連施設の場所や動物の数、飼育環境を把握し、動物福祉や虐待防止などに関わる規制が運用できるようにするべき」と述べる。
動物福祉が配慮された農場では、抗生物質の投与が少ない、出荷時の体重が重く肉は軟らかい、放牧の採卵鶏は日光を浴びるため、ケージ飼育の卵よりビタミンDの含有量が多いといった研究結果が国内外で明らかになっている。良い環境で育った畜産物は消費者の健康にも資するのだ。
現状を少しでも改善するためには、早急の法整備が必要と考える。が、今年予定される動愛法改正で、超党派の議員連盟のとりまとめ案に産業動物は入っていない。これまで4回改正されたが、常にペットが中心だった。産業動物の課題に関心が高いのはごく一部の議員に限られ、本格的に議論されたことはない。産業動物を管轄する農水省と厚生労働省は後ろ向きで、動愛法を所管する環境省は主導的に動こうとしない。動愛法は〝ペット法〟ではなく、産業動物も対象のはずだ。政治と行政が長期的な視野で法整備することを真に望む。




