〝過激な中道〟に抗して——新しい地平を切り拓く作業へ

酒井隆史(大阪公立大学教授)
2024/07/05

 アメリカ合衆国に『ネイション』という雑誌がある。1865年に奴隷廃絶論者たちによって創刊された「現存するもっとも古い定期刊行物」といわれる長い伝統をもつ雑誌である。「リベラル系の代表」とか「プログレッシヴを主導するメディア」などと評されるこのアメリカ史をシンボライズする雑誌が、2022年、次期プレジデント(社長)に迎えたのが当時若干32歳のバスカー・サンカラ(Bhaskar Sunkara)という人物であった。

 米国も例外ではなく出版環境はきびしい。『ネイション』誌の出版部数も、ピークとされる2006年の18万7000部から20年でおよそ半減するという状況であった。サンカラは就任の翌年には、隔週刊行だったこの雑誌を、頁数を48頁から84頁へとほぼ倍増させたうえで、今年1月より月刊誌として再出発させている。

 このバスカー・サンカラとはどういう人物なのだろうか。かれの両親は、トリニダード移民であるが、いずれもトリニダードに到着した時期こそ異なるものの、インド/パキスタンにルーツをおいている。

 サンカラが30代はじめという若さで「プレジデント」に就任するという背景には、もちろんかれの「手腕」がある。サンカラはすでに2010年代をかけて、Jacobinという名称の雑誌を成功させていたのである。

 この『ジャコバン』誌は、創刊の2010年(まずオンラインで、翌年から印刷物として公刊がはじまる)から現在にいたるまで、この時期に世界中で爆発した「新世代」を中心としたラディカルな知的・実践的流れの結集点のひとつとなってきた。

 この『ジャコバン』誌の創設者が、バスカー・サンカラである。サンカラは1989年生まれだから、その創刊時は20歳を超えたばかりいう若さだった。ジョージ・オーウェルの読書をきっかけにスペイン内戦とトロツキーへと関心をむけたサンカラは、17歳のときに「アメリカ民主社会主義者同盟(The Democratic Socialists of America;DSA)」に参加する。DSAは、ユージン・デブスのアメリカ社会党の流れを汲み、その後の離合集散をくり返しながらも、おそらく読者の方々の多くも耳にしたことがあるであろう、オカシオ・コルテスや米国議会初のパレスチナ系女性議員であるラシダ・タリーブのような下院議員も生みだしている。メンバーの高齢化とともに風前の灯だったこの組織は、2010年代にメンバー数を飛躍的に増大させ、劇的に若返らせた。2013年には68歳だったメンバーの年齢の中央値は、2017年には33歳となったのだ。

 サンカラはジョージ・ワシントン大学で歴史学を学ぶことになるが、在学中に体調を崩し、2009年には1年ほど大量の西洋マルクス主義と社会主義文献をひたすら読んですごす。2010年に復調し、大学に戻る準備をしているとき、この雑誌のアイデアが浮かんだ。おどろくのは、おなじ年、まだ在学中に、そのアイデアを実行に移してしまったことだ。こうして「『ディセント』や『ニュー・ポリティクス』のような旧来の左翼知識人の土台をなしてきた冷戦パラダイムにまったく縛られていない若い世代によるメディア」とかれ自身のいう『ジャコバン』誌が誕生する。出版にかんしてずぶの素人で、最初の年は年間予算240ドル。初期段階では制作から編集までほとんどひとりでこなしていたが、その洗練されたヴィジュアルを手がけることになるレメイケ・フォーブズ(Remeike Forbes)のようなデザイナーもふくめ多数の人が共感を寄せ、書き手もおどろくべき数を誇ることになる(数百人いるらしい)。

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酒井 隆史

さかい・たかし 大阪公立大学教授。専攻は社会思想史。1965年生まれ。著書に『賢人と奴隷とバカ』(亜紀書房)、『負債と信用の人類学 : 人間経済の現在』(共著、以文社)、『四つの未来 :〈ポスト資本主義〉を展望するための四類型』Frase Peter、以文社)、『通天閣――新・日本資本主義発達史』(青土社)、など多数。

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