『杉並は止まらない』

岸本聡子(杉並区長)
2026/06/09
Japanese book cover: author 岸本聡子 on white header, large white title on green background, and a photo of a smiling woman with vertical text beside.

民主主義を、アップデートする。

杉並区初の女性区長が実践する「対話の区政」とは何か?

さまざまな壁にぶつかりながらも、住民と一緒に前進してきた、就任からの2年間を振り返る中間報告。

※この記事は、2024年11月12日発売『杉並は止まらない』(地平社)の「はじめに」です。


 2024年9月の杉並区議会第3回定例会、私にとっては9回目の定例議会。保健福祉委員会では、これまで約2年をかけて取り組んできた、子どもの居場所づくりに関する基本方針の素案を報告することになっていた。同時に、1年間議論を重ねた審議会からの答申に基づいて作成した「(仮称)杉並区子どもの権利に関する条例」の骨子案も提示した。

 「みんなのことは、みんなで決める。児童館守って、ゆうゆう館(高齢者施設)守ろう。商店街守って、街並み守ろう。みんなでつくろう、明日の杉並。選挙は続くよどこまでも」

 2年前の2022年6月19日の杉並区長選挙。すべてを終えて翌日の開票を待つのみの夜、私は一人で「もし勝ったら、万歳三唱はやりたくないな」と漠然と思い、念のためつくっておこうと、そんなコールを考えていた。そして開票日の正午過ぎ、大接戦の結果、私は狭い選挙事務所のなかでみんなと一緒に、たくさんの笑顔と涙交じりでこのコールを唱えていた。

 それから2年。児童館を守り育てる道筋が見えてきた。

 かつて18歳までの子どもがいつでも自分の意思で来られる児童館が、杉並区内に41館あった。前区政時代に、児童館の中心的な機能である小学生の学童保育と放課後の遊び場を学校内に移し、41館を段階的に廃止する計画が打ち出されていた。地域社会と行政がともに長年育んできた子どもの居場所である児童館を守りたいというのが、区長選挙の一つの争点だった。

 児童館の廃止をめぐる問題は、老朽化した公共施設の改修、改築、統廃合などの、大きく複雑な区立施設再編整備計画の一部であり、進行している計画を即座に止めることはできず、私が就任してからも2つの児童館が廃止された。見直しのためにはこの大きな計画全体の修正が必要だった。その過程は本書に書かれている。

 この2年の間に、国ではこども基本法が策定され、加速する少子化への危機感が高まった。コロナ禍を経て不登校児が倍増し、学校でも家庭でもない子どもの第三の居場所(サードプレイス)としての児童館の社会的な再評価が高まるなか、区立施設再編整備計画の検証に着手した。事業者や利用者の意見を聞き、地域住民や利用者との粘り強い話し合いなどを重ねる仕事は膨大だった。

 そのなかでいちばん力を入れたのは、当事者である子どもたち自身から居場所について意見や考えを聞いたり、一緒に話し合ったりすることだった。この取り組みは、「(仮称)子どもの権利に関する条例」制定の準備とともに進んだ。子どもの権利を理解するうえで大切な、子どもの意見表明権。本質的に「子どもの意見を聞く」とはどういうことなのか。子どもの権利の議論と、子どもの居場所の議論は、シンクロしながら、何よりも子どもを真ん中に、試行錯誤が重ねられた。

 子どもの居場所づくり基本方針では、子ども自身が選択可能な多様な居場所をつくっていくこと、子どもの視点に立って子どもの声を反映して取り組みを進めることを大きな理念とした。そして今ある25の児童館のすべてを残し、機能と役割を強化すること、今後、児童館がない7地域で新たな児童館の整備を検討することを示すことができた。

 物事はこういうふうに少しずつ変えていけるんだ、自治体の政策はこうやってつくることができるんだと、私はこの2年間を思い返している。子どもの意見を聞く取り組みは、子ども分野を超えて、公園、まちづくり、いじめ対策、多文化共生などさまざまな分野に広がった。自治体が行なうさまざまな仕事を子どもの目線から見たらどうなるだろうかと、一拍おいて考える想像力が、職員の間で共有される様子を見てきた。

 今までに決まってきたことには、そのときの論拠や正当性があり、それを一気に変えることはできない。それでも、社会の変化や声を受けとめ、今までの成果や課題を検証し、やり方を変えたり修正を加えることはできる。

 地方自治の現場で政策をつくるのは、壮大な協働作業だ。その過程で、区役所や議会だけでなく地域社会の多くの人が関わることで、方針や条例や計画の言葉が編まれ、いのちが吹き込まれていく。地方自治体の仕事は、住民と職員が元気になり成長し合えるものでなければいけないし、そうしたプロセスを創っていける。

 区長就任後の2年間でできたことは限られているし、それをつぶさに伝えることが本書の目的ではない。何もかも始まったばかりだし、本質的な変化が必要だとすれば時間もかかる。4年間の任期の途中で本書を書くことには躊躇もあったし、勇気もいった。それでも、行政経験も政治経験もない女性区長が誕生して、その後の区議会議員選挙で女性が約半数となるパリテ議会となった杉並区は、確実に「新しい政治の景色」をつくっている。そのリアルな日常と奮闘を社会に伝えたいという気持ちが勝り、筆を進めた。

 これは私の物語ではなく、私たちの物語だ。杉並が特別なのではなく、どこにでもある、もしくはありうる挑戦である。個人が個として人権や尊厳を守られて幸せを追求することも、民主主義と社会正義を希求することも、長い歴史のなかでたくさんの人が挑み、傷つきながら、あきらめずに声をあげつづけたから今があり、私たちはその延長線上にいる。その努力に終わりはなく、たとえ今変わらなくても、10年後や100年後に生きる人たちにつながっている。

 杉並で市民的行動や自治を実践してきた名もなき生活者の蓄積に、生きにくさを声にしていいんだという個人の小さな勇気がたくさん合わさって、集合的(コレクティブ)な力が生まれた。私は今もっているすべての能力を使って、私が背負った責任を果たしていきたい。それが私らしい幸せの追求の仕方。

 杉並での現在進行形の挑戦が、一人でも多くの人に、一つでも多くの地域に、勇気を共有できることを願っている。

もくじ

1 3年目に入った「対話の区政」
2 手探りのスタート
3 職員はコストではなく財産
4 当たり前の人権、当たり前の多様性
5 修復しながら前に進む
6 議会も変わった!
7 杉並は止まらない


【著者】
岸本 聡子(きしもと・さとこ)
東京都杉並区長。公共政策研究者。1974年東京生まれ。20代で渡欧しアムステルダムを本拠地とする政策シンクタンク「トランスナショナル研究所」に所属。新自由主義や市場原理主義に対抗する公共政策、水道政策のリサーチ、市民運動と自治体をつなぐコーディネイトに従事。2022年6月の杉並区長選挙で現職を破り勝利、初の女性区長となる。著書に『地域主権という希望』『私がつかんだコモンと民主主義』ほか。


杉並は止まらない
2024年11月発売
四六判並製、224ページ、1600円(税抜)
書籍 978-4-911256-10-7

『地平』編集部

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