南西諸島の現実から日本の軍事化を問う
〈本の概要〉「中国の脅威」に対峙する最前線として、いま、沖縄・琉球弧の島々ではミサイル配備や自衛隊・米軍基地の強化が急速に進んでいる。住民の異論は無視され、地域社会そのものが軍事化の色を帯びていく。実態と問題を詳細に整理する。(著:池尾靖志)
※この記事は、2026年3月30日発売『南西諸島の軍事化』(地平社)の一部を抜粋したものです。
本書が問いかけるのは、地域住民の生活保障が、なぜ国家安全保障の枠組みにおいて周縁化されてきたのかという問題である。
南西諸島、とりわけ与那国島、宮古島、石垣島は、長らく「防衛の空白地帯」と位置づけられ、自衛隊配備の必要性が繰り返し主張されてきた。しかし、そこに暮らす住民にとっての「安全」とは、農業や漁業、観光を支える生活基盤の安定、水資源や医療体制の確保といった、日常に根ざしたものである。
国家が強調する「脅威」や「抑止」の論理の中で、こうした生活保障は、安全保障政策の中心的な対象としては扱われてこなかった。その結果、地域住民の生活世界は不可視化され、軍事化を正当化する言説の周縁へと追いやられてきた。
従来、地域住民の生活世界を対象とする分析は、環境社会学や地域社会学の分野において行われてきた。環境社会学者の朝井志歩は、厚木基地の騒音被害を原点に、国家の安全保障政策が地域住民の「生活保障」に強いる不条理を、「環境正義」の観点から実証的に問いつづけてきた。現在は、馬毛島の問題に精力的に取り組んでいる。普天間飛行場の代替施設建設が進む辺野古の集落を長年研究してきた地域社会学者の熊本博之は、軍事基地建設に揺れる地域は、国家の政策に翻弄され、地域住民が最終的に受け入れを決定するにもかかわらず、政策決定過程からは排除され、国の意向を容認せざるを得ない存在に追いやられてきたさまを「決定権なき決定者」と呼んだ。これに対して、安全保障政策を考える際に参照される国際関係論は、国による安全保障政策を正当化し、地域社会に国の意向を押しつける側に回ってしまい、地域住民の視点を十分に組み込んでこなかった。そこで本書は、南西諸島で今まさに何が起きているのかを、「安全保障化(securitization)」の理論を手掛かりに明らかにする。そのことによって、地域社会の側から国家安全保障政策の再検討を試みる。
本書の分析は、特定の一時点における調査結果に依拠するものではない。著者は南西諸島をめぐる軍事化の進行について、高江のヘリパッド建設阻止行動を起点として、与那国島、宮古島、石垣島を中心に、長期にわたって現地での出来事を追ってきた。その過程で、行政資料、議会記録、新聞報道、市民運動の記録などを継続的に収集してきた。また、住民集会や説明会、抗議行動、意見交換の場に断続的に立ち会い、そこで交わされる言葉や沈黙、対立のあり方を観察してきた。本書は、こうした継続的な関与を通じて蓄積された記録と資料にもとづき、南西諸島における安全保障化の過程を描き出すものである。
南西諸島への自衛隊配備
南西諸島の地理的・歴史的経緯
南西諸島は、九州南端の鹿児島県・奄美群島から沖縄本島、宮古諸島、八重山諸島、そして日本最西端の与那国島まで、約1200キロにわたって弧を描く島々から構成されている。これらは東シナ海と太平洋を隔てる位置にあり、中国大陸、台湾、フィリピンを結ぶ「第一列島線」の要衝として、地政学的にきわめて重要な意味を持つ。琉球弧とも呼ばれるこの地域は、古くから東アジアの海上交易の中継地として栄え、琉球王国は15世紀以降、明や日本、東南アジア諸国と交易を行う「海の王国」として独自の文化を育んだ。
しかし、1609年の薩摩侵攻を機に、琉球は日本と中国双方への朝貢関係を維持しながら、実質的には薩摩藩の支配下に置かれた。1879年の「琉球処分」により琉球王国が廃され沖縄県が設置されると、近代日本国家への統合が進む一方で、差別的な扱いや経済的周縁化が進行した。
この時期、日本と清国の間では、宮古・八重山諸島を清国に割譲する代わりに日本の通商権を拡大するという「分島・増約案(先島分島案)」が検討されるなど、琉球諸島の領有をめぐる外交的駆け引きも行われていた。最終的にこの案は成立しなかったものの、琉球が列島間の国益のはざまで揺れ動いていた実態を象徴している。
第二次世界大戦末期の沖縄戦では、住民を巻き込む地上戦が行われ、県民の4人に1人が犠牲になった。戦後、沖縄は日本本土から切り離され、米軍統治下で大規模な基地が建設された。1972年の本土復帰後も、在日米軍基地の約7割が沖縄に集中し、基地問題は地域社会に深く根を下ろしている。また、一部の米軍施設は自衛隊へ移管されたが、地上戦を経験した沖縄では、自衛隊の存在を容易に受け入れることはできなかった。
これらの島々では、人口減少や高齢化が進み、医療・交通インフラの脆弱さが深刻化している。診療所や離島医療体制の維持は困難を極め、定期航路や航空路線の減便によって生活の利便性も低下している。若年層の流出と自治体財政の逼迫は地域の存在を揺るがしているが、「地域振興」と「安全保障」の名の下に進む基地整備が、しばしばそうした生活基盤の課題を覆い隠してきた。こうした社会経済的条件の脆弱さは、防衛政策の展開と密接に絡み合い、国家による安全保障の論理が地域の持続可能性を左右する構造を形成している。
与那国・宮古・石垣といった先島諸島は、冷戦期には防衛政策の周縁に位置づけられていた。このような状況は、後に「防衛の空白地帯」という言説が登場する下地となった。冷戦の終結は、南西諸島の戦略的重要性を再定義する契機となり、1997年4月に改訂された「日米防衛協力のための指針(97ガイドライン)」や2004年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱(16大綱)」において、「防衛の空白地帯」という言説が政策論議の中で広く用いられるようになった。これは、そこに生きる人々の現実を不可視化しつつ、軍事的配備を正当化するレトリックとして機能した。
その後、2010年の中国漁船衝突事件や2012年の尖閣諸島国有化を契機に中国との緊張が高まる中で、防衛省は与那国島への沿岸監視部隊配備を進め、2016年の与那国駐屯地開設を皮切りに、2019年には宮古島・奄美大島、2023年には石垣へと展開を拡大した。こうして形成された自衛隊の「南西シフト」は、地域の生活基盤が脆弱なまま軍事化が進行するという構造を生み出している。
さらに注目すべきは、この動きが南西諸島にとどまらず全国化しつつある点である。種子島の対岸に位置する馬毛島では、米海兵隊艦載機の離発着訓練(Field Carrier Landing Practice:FCLP)施設に加え、陸・海・空の自衛隊三軍種が集う大規模拠点の建設が進行中である。佐賀空港には陸上自衛隊のオスプレイが配備され、九州各地でもミサイル部隊の展開や弾薬庫建設が進む。とりわけ弾薬庫建設は全国に広がりつつあり、「防衛の空白地帯」論を起点とした南西諸島の軍事化は、全国的な軍事インフラ整備へと接続しつつある。(本書序章より抜粋)
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もくじ
序章 問題の所在——南西諸島における国家と住民の断絶
第一章 「脅威」の構築——リアリズムが正当化する軍事化
第二章 日米防衛協力の変遷——米軍再編からEABOへ
第三章 南西諸島の要塞化——基地建設の過程と住民
第四章 国民保護——住民を守らない「保護」の虚構
第五章 列島を覆う軍事化——安保三文書以後の軍事的展開
第六章 批判を許さない社会的雰囲気——平和運動への圧力のメカニズム
終章 日本の安全保障国家化と平和の課題
【著者】
池尾靖志(いけお・やすし)
立命館大学産業社会学部非常勤講師。1968年名古屋市生まれ。平和学、国際関係論専攻。編著に『平和学をつくる』(晃洋書房)、『自治体の平和力』(岩波ブックレット)、共著に『地域から平和をきずく』(晃洋書房)、『日本から発信する平和学』『教養としてのジェンダーと平和II』(法律文化社)がある。
南西諸島の軍事化
2026年3月発売
四六判並製、336ページ、2640円(税込)
書籍 978-4-911256-44-2







