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民間主導? の衛星網構築
それは新たな局面を象徴する光景だった。10月16日、総合重機大手のIHIが合成開口レーダー(SAR)を備えた人工衛星の調達契約締結を発表した。相手はフィンランドのICEYE(アイサイ)社。小型衛星の開発で急成長している新興企業だ。東京・豊洲のIHI本社ビル25階で開かれた調印式には両社のトップが並んで姿を見せた。「今回の契約はIHIの未来を見据えた投資です」。井手博社長は力強く語った。

宇宙から地表の状況を探る人工衛星。一般的な光学衛星はその名の通り光を必要とし、雨天や夜間だと観測が難しい。対して、SAR衛星は電波の一種であるマイクロ波を地球に放射し、跳ね返りの信号の強さで分析するのが特徴だ。電波は雲を通過するため、モノクロ画像にはなるものの、昼夜天候を問わず地上や海上の動向を把握できる。
IHIが調達を決めたのは、多数の衛星を一体運用する「衛星コンステレーション」を構築するためだ。コンステレーションは英語で星座を意味し、同じ軌道上に飛ばした衛星を次々と通過させて特定地域をカバーする仕組みを指す。従来の静止軌道(高度3万6000キロ)ではなく低軌道(高度200~1000キロ)に小型衛星を大量に打ち上げ、地球全体を網羅する手法が近年広がっている。
代表格は、世界中に高速インターネット通信を提供する米スペースX社の「スターリンク」だ。ロシアの侵攻を受けたウクライナに、重要な通信インフラを供与したことで一躍注目された。同様に、SAR衛星の画像を供給してきたのがICEYE社である。ウクライナ軍は、同社の衛星でロシア軍の動きを継続監視し、標的の破壊に成功したと称えている。
実戦環境での確かな実績を持つ衛星を獲得したIHI。井手社長は調印式でICEYE社のラファル・モドジェフスキCEOと固く握手を交わした。ここまでなら、単なる民間企業同士の協業のように思える。事前にそう判断したためか、取材に訪れた大手メディアの記者も少なかった。
ところが、調印式の会場には脇で見守る防衛官僚たちの姿があった。防衛省の遠藤敦志・国際政策課長と、防衛装備庁の森浩久・防衛装備移転戦略官である。すべてが終わると、2人は井手社長に歩み寄り、満面の笑みで言葉をかけた。そして共に記念写真へと収まったのである。
同盟国との連携深化に重要
この場面は何を意味するのか。政府は衛星コンステレーションの構築を重視している。2022年末の安保関連三文書の改定で、「防衛力の抜本的強化」に必要だと国家防衛戦略に明記した。今年度予算に関連費用を初めて盛り込み、2832億円を計上した。PFI方式で構築し、2027年度中の本格運用を目指すとしている。
PFIとは、公共施設の建設と維持管理に民間の資金やノウハウを使う契約手法を指す。自治体の体育館やゴミ処理施設の整備などで広く導入されており、コスト軽減と民間の事業機会創出が主な利点だ。民間主導のようだが官民一体で進め、発注元の公金が投じられる。
IHIの防衛分野への期待は大きい。石川島播磨重工業の時代からジェットエンジンの製造が看板事業だが、近年は変調が目立っていた。2019年に航空機エンジンの検査不正が発覚。昨年も子会社でエンジンの燃費データ改ざんが起き、井手社長が株主総会で謝罪に追い込まれた。
今回の契約でIHIはSAR衛星を4基取得した。契約額は非公表だが、同社の担当者は「4基で数百億円規模」だと明かす。20基を追加調達できるオプション契約も付いており、2029年度までに最大24基体制のSAR衛星網を築く方針だ。さらに、光学衛星や熱赤外衛星、超短波で船舶を識別するVDESなども組み合わせ、全体で100基規模の多層型衛星コンステレーションの構築を目指して英国や豪州の企業とも提携を進めている。
衛星網は商業利用も進めるが、「需要はこれから掘り起こす」段階だ。一方、衛星画像の優先撮像権を防衛省に提供する。防衛省は対価として衛星網や地上局の整備費、画像の取得費を支払う。
「航空・宇宙・防衛事業は当社の成長事業で、2024年度の実績では営業利益の8割強を占める。中長期的に成長ドライバーと位置づけています」。今回の契約が持つ経営上の意義を強調した井手社長は、さらにこう続けた。「この取り組みは日本の国家安全保障および経済安全保障を強化するだけでなく、同盟国・同志国との協力連携を深化する上で重要な役割を果たすと考えています」。













