【関連】
・【演説翻訳】「みんなのための自由を、私たちは勝ち取れる」ゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani ニューヨーク州下院議員)
・【連載】「TECH JUSTICE――公共性と倫理ある人々の技術へ(7)フィアレスシティのデジタル政策」内田聖子(ジャーナリスト。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表)
壮大な「実験」が始まる。
2025年11月4日投開票の米ニューヨーク市長選挙で、民主党選出のニューヨーク州下院議員、ゾーラン・マムダニ氏(34)が初当選した。9・11の米同時多発テロ後、肩身の狭い思いをしてきたイスラム教徒で初、南アジア系で初、そして初の民主社会主義者の市長が2026年1月1日、誕生する。
米最大都市で、宗教でも人種でも政治思想でもマイノリティの権化のような彼が今後、何を達成するのか。彼の移行チームが求人したところ、全米から約5万人が応募した。市内はワクワクする空気が続いている。この「実験」結果によっては、2026年中間選挙、28年大統領選挙に向けて、米政治史になかった新たな潮流が生まれる予感がする。
-768x1024.jpeg)
若者をとらえた非伝統的な選挙戦略
なぜ彼が勝利したのか。ニューヨークに22年間住んだ私の目から見ると、ミレニアルとZ世代の「パワー」が炸裂したとしか言いようがない。
投票日に近所の交差点で若い男女がキョロキョロしていたので声をかけた。すると、「ゾーランのボランティアで、体が不自由な人や高齢者が投票所に行くのを手伝っていて、○○番地を探している」という。この日、投票所に送り迎えする人々の住所リストをスマホで見せてくれた。リストは、ボランティアが投票日前の個別訪問や電話作戦で「投票所に連れて行ってあげますよ」と呼びかけ、作成したものだ。
彼らと別れて数分も経たないうちに、40代前半ほどの女性が話しかけてきた。「私、ゾーランに投票したけど、あなたは? ゾーランが勝てるか心配で、突然声をかけてごめんなさい」と真剣な表情だ。その後もアパートの外でタバコを吸っている人や通行人に語りかけ、チラシを配りつづけていた。
米国の選挙では、ボランティアが電話作戦、党の登録者への個別訪問、一軒一軒を訪問するドアノッキングの3点セットを展開する。しかし、ニューヨーク市は市民の大多数が政治的にリベラルで、民主党が難なく勝利できる地盤。市長選だけでなく、4年に1度の政治的お祭りである大統領選でもボランティアの姿を見たことはなかった。ところが今回は、ゾーランTシャツを着た人々が地下鉄内でマムダニ氏への投票を呼びかけていた。ドアノッキングで不在だった家のドアノブに掛けたカラフルなチラシがあちこちで風に舞っていた。こんなに多くのボランティアが動いている選挙をニューヨーク市で見たことはかつてない。マムダニ氏は勝利集会で、10万人ものボランティアが関わったと明らかにした。
10月26日にスタジアムで開かれた集会も、過去に取材した同様の集会とは大きく様子が異なっていた。マムダニ氏は演説の中で1万5000人が集まったと発表、大統領選挙並みの参加者数だ。しかも、圧倒的に若い人が多く、ヒジャブを被った人や南アジア系、アジア系が目立った。非白人がこれほど占める選挙集会を見るのは、2008年のバラク・オバマ氏の大統領選挙以来だ。当時はイスラム教徒やアジア系ではなく、黒人が多かった。
舞台の大スクリーンに黄色い文字で映し出された「ニューヨークは売り物ではない」という集会テーマも、エッジが効いている。「○○氏を2026年に」といったベタなものではない。マムダニ氏の公約は「ニューヨークを手の届く市に」。家賃や物価高騰に苦しむ中低所得層の市民に「家賃据え置き」「バス運賃無料化」「保育手当を無料に」を打ち出し、人気が急上昇した。しかし、集会のテーマはさらに富裕層攻撃のトーンを強めている。家賃平均が4500ドル(約70万円)を払える人々が中心部マンハッタンに住み、特権層だ。さらに、米経済誌フォーブズによるとマイケル・ブルームバーグ元市長など26人の億万長者が総額2200万ドル(約34億5000円)を対立候補のアンドリュー・クオモ前州知事らに寄付し、マムダニ氏の当選を阻止しようとしていた。まさに、ニューヨークは、富裕層による金の力で支配されてきた。
民主社会主義を長年訴えてきた、人気のバーニー・サンダース上院議員(84)が応援に駆けつけ、重々しく強調した。
「この選挙はこれまでと異なっている。誰が勝つのか心配している全米の人々だけでなく、世界中が選挙結果を見守っている。なぜか?」「異常な時代の通常ではない選挙だからだ。世界最大の経済大国で、富の集中と不平等が歴史上、最高に達しているという中での選挙だ。60%の国民が、チャイルドケア、ヘルスケア、引退生活費をどうやって払っていこうかと苦しんでいる」「ニューヨーカーが今回一丸となって、オリガルヒ(富豪)たちと寡頭政治を潰せば、同じことがカリフォルニア州でもできる。オリガルヒたちは、この生存競争の勝ち組が彼らではなくて、私たちだと感じる結果になるだろう」













