【解説】パレスチナの自己決定権を世界は否認しつづけるのか――アルバネーゼ新報告の射程と意義

早尾貴紀(東京経済大学教授)
2025/12/15
破壊された家屋の残骸に座る少女たち。ガザ南部の都市ハーン・ユニス、アル・カティーバ地区。2025年11月11日。Abed Rahim Khatib/dpa/

※この原稿は、「ガザにおけるジェノサイド―集団犯罪〔抄訳〕1967年以降のパレスチナ被占領地の人権状況に関する特別報告者報告書」(フランチェスカ・アルバネーゼ)についての解説記事です。

 国連人権理事会のパレスチナ担当特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼが2025年10月20日に「ガザにおけるジェノサイド――集団犯罪」という報告を提出した。6月の「占領経済からジェノサイド経済へ」という報告書に続くものである。前回の報告書が民間企業を中心にイスラエルによるパレスチナ占領およびガザ地区でのジェノサイドに対する協力をとり上げたのに対して、今回の報告では、イスラエルのジェノサイドを阻止する行動を取らず、また積極的にイスラエルを支援する国家を取り上げている。

ジェノサイド加担という「集団犯罪」

 アルバネーゼはこの報告で、国連加盟の各国が国際法に照らして、イスラエルによるジェノサイドを阻止する法的義務を負っていることをまずは指摘し、イスラエルがジェノサイド条約に違反しているのみならず、国際社会が、とりわけ欧米諸国が、その法的義務を果たさずに、ジェノサイドに加担していること、それは「集団犯罪」に等しいことを論証している。アルバネーゼの報告書では、もちろん詳細に項目立てて書かれているが、ここでは報告書が外交・軍事・経済・「人道」の4つの分野に分けていることに沿って、単純に以下のように整理しておく。

 ①国連総会や国際司法裁判所などがイスラエルによるパレスチナでの占領やジェノサイドを違法行為として認定している以上、各国には占領・ジェノサイドを阻止する外交措置を取る義務がある。しかし、多くの国が「イスラエルの自衛権」を支持するという誤った姿勢を示し、犯罪者・責任者の訴追や処罰の義務を怠り、違法行為を助長している。

 ②武器・弾薬をイスラエルに対して輸出することを禁止しなければならない。しかし、米国とドイツがとくにイスラエルに武器・弾薬を提供しつづけているほか、軍事的な補給支援や情報提供、技術供与、部品輸出も含めると、日本も含む数十カ国が関与しており、これらがすべてイスラエルによる軍事占領およびジェノサイドを助長している。

 ③人権尊重規定や平和尊重規定などへの違反を根拠に、イスラエルとの貿易協定や経済協力協定を停止しなければならない。しかし、ごくわずかな例外を除いて、多くの国がイスラエルとの経済関係を維持し、そのことでパレスチナに対する占領・ジェノサイドの継続を支えてきた。

 ④イスラエルによる違法な占領・封鎖下に置かれたガザ地区の難民キャンプは「人道」支援で支えられてきたが、エジプトが封鎖に協力しているほか、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出金を日米も含む十カ国以上が一時停止し、さらにイスラエルは、米国が協力した擬似人道組織を利用して、UNRWAを活動禁止に追い込んだ。

 したがって、この報告書「ガザにおけるジェノサイド――集団犯罪」は、各国に対し、イスラエルとのすべての外交・軍事・貿易関係の停止(イスラエルの国連加盟資格の停止を含む)、ジェノサイドに関与した政治家・公務員や企業への捜査・訴追、UNRWAをはじめとした国連機関への支援などを勧告する(73項)。

 すなわち、この報告書は、国際社会に対する共犯性のきわめて明快な指摘と、その集団犯罪を止めるための端的な勧告である。しかし、国家レベルでの、そして国際的な「合意」という体裁をとってのイスラエル支援の問題を考えるうえで、報告書で言及されている事項には掘り下げた補足説明が必要なものがある。それは、パレスチナの国家承認や「トランプ計画」といった動きについてである。この動きは、前記の外交・軍事・経済における明確なイスラエル支援とは異なり、表面的には和平を推進する取り組みであるうえに、欧米諸国とアラブ諸国とが巧妙にイスラエルと連携しているために、「集団犯罪」には見えにくい。

後見制度としての国家承認・「トランプ計画」

 まず、パレスチナの国家承認をめぐる問題だが、パレスチナが独立すること自体は大きな前進に聞こえるかもしれない。だが、この国家承認は、アルバネーゼも指摘するように、統治機構からハマースを排除し、自衛権(軍備)を認めないことを条件にしていることが多く、また東エルサレムも含む入植地の返還と国境管理権も棚上げになっていることから、自己決定権の欠如した象徴的なものにすぎない(ハマースは2006年の最後のパレスチナ議会選挙で勝利したパレスチナで唯一正当な政権であったことは付記しておく)。これをアルバネーゼは「事実上、植民地的後見制度の形態の再現」と評している(28項)。

 ところが、イスラエルと米国はこの象徴的な国家承認に対してさえ反発し、米国は日本に対して国家承認をしないよう要請、実際に承認を見送るとイスラエルが日本に感謝を表明する、といったことまであった。そしてこの雪崩を打ったような国家承認に対して、その議論をひっくり返すまでではないにしても、それを無化することが意図されていたのが、国連総会も会期末の9月28日に米国トランプ大統領が発表した「トランプ計画」である(ネタニヤフ首相は29日に原則合意)。これは大きく3段階に分けることができ、①双方が停戦し双方の人質交換、イスラエル軍はガザ地区の半分程度まで撤退、②国際安定化部隊が展開しイスラエル軍がガザ地区の3分の1程度まで撤退、③ハマースを武装解除し暫定統治機構のもとで復興、イスラエルは一定の緩衝地帯を残して撤退、といった具合だ。

 ところが、第1段階についてもイスラエル軍が「治安維持」の名目で攻撃を継続し、第2段階への移行を拒否している。第2段階の国際安定化部隊については米国主導で参加国を調整しているが、米国はガザ・ジェノサイドの最大の支援国であり、中立な仲介国にはなり得ないうえに、イスラエルはこの国際安定化部隊に11月の段階で反対を表明した。ガザ地区の約半分を軍事支配下に置いた状態を恒久化する分断計画も漏れ聞こえている。さらに、まったく見通しのない第3段階の暫定統治機構については、当初トランプ大統領が代表を、英国のブレア元首相が監督を務める行政機構となり、ハマースの排除はもちろんパレスチナ側の政治参加はないという、完全に植民地主義的な支配構想であった。このトランプ計画についてアルバネーゼが、「パレスチナ人の自己決定権を実現するどころか、いっそう損なうものである」と指摘しているのも当然だ(31項)。

オスロ・アブラハム合意への植民地的回帰

 この問題を辿ると、国家承認であれトランプ計画であれ、その諸悪の根源は1993年のオスロ合意であるということが重要である。ヨーロッパ諸国が国家承認につけた条件も、米国が停戦合意に盛り込んだ項目も、共通するのは、イスラエルの占領権益を最大限に尊重し、パレスチナ側には武装解除の受け入れと入植地返還および国境管理権の断念によって、政治的な自決権の無化を迫るものであったが、これはまさにオスロ合意の内実と重なる。それは当時「画期的和平」と言われ、また「二国家解決」を目指すものと言われたが、実際には「国家」を認めるということは合意されておらず、かつ、国家の実態をなす条件(東エルサレム返還、入植地返還、国境管理権、難民帰還権、自衛権など)が欠けた行政機関を、名目的な「自治政府」と呼ぶものだった。

 つまり、今回の国家承認の動きであれ、トランプ計画であれ、共通して土台にあるのは、「オスロ体制への回帰」であり、そうである以上「反オスロ」のハマースは排除されなくてはならず、あとは、どちらにしても実質的な独立国家のない「象徴的国家」か「行政機関」か、という違いでしかない。そしてトランプ計画は、国家承認の流れを阻止するものとして提起され進められたのである。

 加えてこのトランプ計画には、アラブ諸国の支持が織り込まれていることにも注意を要する。この「和平」を装った体制に加担しているのは、欧米諸国だけではない。オスロ合意と並ぶもう一つの土台に、アルバネーゼも論及している「アブラハム合意」によるイスラエルとアラブ諸国の関係正常化があるのだ(24項)。これも米国が仲介し、2020年にアラブの4カ国がイスラエルと和平合意を結んだものだが(実は先にエジプトとヨルダンが先行してイスラエルを承認していたが)、アラブ諸国はすでに米国゠イスラエルを軸とした新中東和平へと移行していた。中東和平の焦点は「パレスチナ問題の公正な解決」ではなくなっていたのだ。2023年9月(すなわち〈10・7〉の前)の国連総会演説でネタニヤフ首相は、アブラハム合意を土台とした「新中東構想」を発表し、その地図には西岸地区・ガザ地区は存在していなかった。パレスチナの全土がイスラエル・カラーの青色に染められ、そして周辺アラブ諸国を「同盟国」として色分けして示していたのだ。

 トランプ計画はこうして、オスロ合意とアブラハム合意の遂行と見るほかなく、その意味ではパレスチナ抹消は欧米諸国とアラブ諸国も共犯となった「集団犯罪」なのだ。この一連の犯罪について、アルバネーゼが報告書のなかで「植民地主義」と批判を繰り返す所以でもあり、パレスチナ人の強制移住(追放)へとつながると懸念する所以でもある。私たちは、「停戦」や「和平」や「援助」といった美名のもとで、国際社会がパレスチナの無力化・抹消に加担しているという現実を知り、それを阻止しなければならない。アルバネーゼは報告書の最後に、市民社会・一般市民にも行動を呼びかけている(74項)。

早尾貴紀

はやお・たかのり パレスチナ/イスラエル研究、社会思想史。ヘブライ大学客員研究員(2002-04年)。著書に『パレスチナ、イスラエル、そして日本のわたしたち』(皓星社)、『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(平凡社)ほか。訳書に、ハミッド・ダバシ『イスラエル=アメリカの新植民地主義 ガザ〈10・7〉以後の世界』(地平社)、同『ポスト・オリエンタリズムーテロの時代における知と権力』(作品社)ほか。

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