日本版DARPA発足――新たな軍事研究所は何を狙うか

井原 聰(東北大学名誉教授)
2024/12/05
恵比寿ガーデンプレイスタワー

 首相就任以前の発言を次々に反故にしている石破首相が10月1日、初閣議後、中谷防衛大臣に9項目の指示(1)を出したが、それを見る限り、防衛政策もまた従来と変わりはない。この政権がどのような道を辿るのかは未知数だが、「日米同盟の抑止力・対処力を一層強化する」というお題目も変わらない。43兆円というかつてない巨費が岸田前内閣によって防衛費に投じられたが、それを湯水のように垂れ流すのではないかと危惧する。目黒の防衛装備庁の広大な施設と敷地を活用せず、隣接する恵比寿ガーデンプレイスに研究所のオフィスを構えるというのも、防衛費の大盤振る舞いがなせる業ではないかと勘繰りたくなる。

恵比寿ガーデンプレイス

 東京・山手線の恵比寿駅東口を出て、約400メートルの「動く歩道」(スカイウォーク)を行くと高層ビルとレンガ造りのヨーロピアンな、瀟洒なビル群が出迎えてくれる。恵比寿ガーデンプレイスである。「ヱビスビール」醸造場(旧日本麦酒醸造、現サッポロビールHD)の跡地に「良好で活力に満ちた山の手の居住環境を向上させることを基本に、都市機能の更新を図るとして、工場跡地に都市型住宅、商業、文化等の施設を建設し、土地の高度利用、複合利用を図る(2)」として計画され、それにこたえてサッポロビールは「恵比寿工場跡地再開発計画……水と緑と山の手情報文化都市構想」をたて、30年前の1994年に開業した複合都市型施設である。1997年に建築学会賞を受賞し、2022年には「25年以上の長きにわたり、建築の存在価値を発揮し、美しく維持され、地域社会に貢献してきた建築」に与えられるJIA25年賞・JIA25年建築選(JIA=日本建築家協会)に顕彰・登録された都市空間でもある。設計に当たった久米設計はコンセプトとして21世紀の都市開発のモデル、サッポロビールの生活全般に関わる「豊かで味わいのある生活」をデザインする総合的情報発信基地の形成、食文化を担う企業イメージに裏付けされた「健康空間」としての安全で快適なアメニティ空間の形成を目指したという(3)

 ガーデンプレイスのホームページには「『暮らす人』、『働く人』、『訪れる人』がゆるやかに交わり……ゆとりある空間や美しい建物、個性輝く文化施設、ハレの日にふさわしい特別なレストランなどが、日々の生活に新しい刺激や発見を与えて」くれるとある。名称のガーデンプレイスは「ガーデンシティ(庭園都市)」と「マーケットプレイス(商業都市)」を融合させたものだという。

防衛装備庁の軍事研究所が入居

 驚いたことに「個性輝く文化施設、ハレの日にふさわしい」街を謳うガーデンプレイスに、防衛イノベーション科学技術研究所(以下、本研究所)が本年(2024年)10月1日に入居し、開所式を行なった。

 先に触れたようにガーデンプレイスに近接した恵比寿・目黒エリアには防衛装備庁の広大な施設・敷地や国有地があるにもかかわらず、そこを利用せず、なぜ、ここに入居したのか(図)。うがってみれば、軍事研究所を一般のオフィスや商店街に馴染ませ、軍事研究への抵抗感を下げる狙いがあるのではないかとも考えられる。いずれにしても豊富な予算あればこそと推測する。同日創設された「新世代装備研究所」は「次世代装備研究所」の看板架け替えということもあって、陸自世田谷駐屯地内で開所式を迎えた。

 木原稔防衛相は本研究所開所式(石破内閣発足により、木原防衛大臣は退任前の最後の公務となった)で、「我が国の国力を確保していくためには、防衛当局者だけでなく、企業、大学、研究機関等の叡智を結集し、先端技術を社会実装につなげていく必要がございます。このため、ここ防衛イノベーション科学技術研究所には、安全保障分野における産学官連携のハブ拠点となり、防衛省・自衛隊の活動だけでなく、社会や生活を大きく変化させるような従来の常識を覆すブレークスルーを実現すること、そのことを期待しております(4)」と述べ、「産学官自」(自は自衛隊)の軍事研究複合体の結集を呼び掛けた。防衛省が自衛隊の活動だけではなく社会や生活を大きく変化させる研究を創出するという。とすれば予算の目的外使用ともいえる。そのような余裕があるのなら、その部分の予算と人材、設備はそっくり大学、研究機関に譲り渡すべきである。

 また「米国防総省の研究機関『国防イノベーションユニット』(DIU)の東京事務所の併設を調整し、協力を推進する」とし「DIUの事務所設置に関し協力の促進と同時に競争でもある。革新的技術の先駆者であるDIUに教えを請いながら、失敗を恐れず果敢に挑戦し続けてほしい(5)」とも訓示し、DIUの事務所誘致計画のあることを公表した。DIU(米国防省の軍事研究所の一つ)に教えを請い、「産学官自」連携が米軍の研究部門とタッグを組むことは、課題ごとに契約を取り交わして共同研究する従来のありかたとは異なるレベルに踏み込むことになり、この分野まで米国の足下に組み込まれる危険性を指摘しておきたい。

 なお、2021年に創設された「次世代装備研究所」の看板をなぜかくも早く架け替えたのか不明だが、本研究所の成果の橋渡しともなり、新創設となれば大きな予算が取りやすいのかもしれない。

防衛イノベーション科学技術研究所

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井原聰

(いはら・さとし)東北大学名誉教授。科学史・技術史。著書に『経済安保が社会を壊す』(地平社)など。

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