女性差別撤廃委員会からの勧告――選択議定書の批准を

山下泰子(文京学院大学名誉教授)
2025/01/05

はじめに――問題の所在

 1985年7月25日に、女性差別撤廃条約(以下、「条約」)が日本に対して効力を発生してから、今年で40周年を迎える。2024年10月17日、ジュネーブ国連欧州本部で開催された第89期女性差別撤廃委員会(「CEDAW」。以下、委員会)2104会合および2105会合*1で、第9次日本報告の審議が8年ぶりに行なわれ、日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク*2(以下、「JNNC」)から84名が、傍聴に出かけた。

①「簡易報告手続」の導入

 昨今の国際連合における国際人権への認識の劣化が懸念される。条約第18条にもとづく国家報告制度では、従来、①締約国は、少なくとも4年ごとに条約の実施状況報告を国連事務総長に提出し、②委員会の会期前作業部会(当該締約国の国家報告審議が行なわれる2会期前の委員会会期後に開催)で事前質問事項が策定され、③事前質問事項に対する締約国からの回答が提出され、④国家報告の審議が委員会と当該政府との「建設的対話」によって行なわれ、⑤その結果が、委員会による「総括所見」として締約国に示される、という手順で行なわれてきた。

 しかし、今回の日本報告の審議では、①の締約国による実施状況報告抜きで、②委員会からの事前質問事項が発出され、③それに対する回答をもって締約国による定期報告とする「簡易報告手続」が導入された*3。また、委員会は、2022年の第82会期で報告書提出のサイクルを8年にすることを決定した*4。これらは人権条約機関改革の一環として国連総会決議*5に裏付けられており、国際連合草創期の国際人権確立への国連加盟国の熱意が後退したことを意味する。「平和なくして人権なく、人権なくして平和なし」という趣旨に鑑みて、慨嘆せざるを得ない。

 日本は、第1次(1987年)~第7・8次(2014年)まで、①の国家報告を提出してきた。しかし、今回は「簡易報告手続」を希望し、2020年3月、25項目の事前質問事項*6が示され、2021年3月の期限6カ月遅れで、2021年9月に日本政府は、事前質問事項への回答を「第9次日本報告*7」として提出した。条約全体をカバーする日本政府による実施状況報告が行なわれなかったことが残した問題は、大きい。

②日本政府の見解への疑問

 今回の傍聴で、筆者がもっとも違和感をもったのは、10月17日委員会2104会合における外務省の次の発言である。

 「日本国憲法第98条第2項は、『日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする』と規定しており、国が締結し、公布された条約などは国内法としての効力を持っております。

 その上で、女子差別撤廃条約第24条は、『締約国は自国においてこの条約の認める権利の完全な実現を達成するためのすべての必要な措置を取ることを約束する』と規定していることから、この条約はそもそも直接個人の権利義務を創設するものではなく、締約国に対して差別を撤廃する措置をとる義務を課しているものと考えております。これらを踏まえまして、我が国としては、本条約は国内法としての効力を有するものの、既存のものを含め、何らかの国内的措置を講ずる必要があり、また、この条約の諸規定は、直接個人の権利義務を規定したものではないため、必ずしも国内でそのまま適用されることを前提としていないと考えております*8」(太字筆者)

 本条約の実体規定は、女性に対するあらゆる形態の差別を撤廃し、固定的性別役割分担観念を変革することを中心理念として、締約国が女性の権利を確保するために措置をとることを義務づける形で規定されている。したがって、第24条は、「自国における条約上の権利の完全な実現を達成するためのすべての必要な措置をとる」ことを重ねて念押しした規定である。

 条約第2条(c)は、裁判所その他の公の機関による女性の権利の効果的保護を定めており、だからこそ、委員会は、総括所見2016 para.8で、東京高裁が、「本条約は直接適応可能性ないし自動執行力をもつものと認めない*9」と判断したことに懸念を示し(表を参照)、事前質問事項 para.1で、国内裁判所における条約規定に言及された判例の例示を求めたのである。

 選択議定書に定める個人通報制度は、条約上の権利を侵害され、かつ国内救済手段では救済されなかった個人または集団が委員会に通報することができる*10、としており、女性の権利を条約が保障していることを当然の前提としている。前述の委員会2104会合における日本政府の発言は、誤りと言わざるを得ない。

③選択議定書批准の必要性

 2009年7月23日、第44会期委員会890会合における第6次日本報告審議の際のドゥブラヴカ・シモノヴィッチ委員(クロアチア)の次のコメントが、示唆的である。

 「レポート(筆者注:「第6次日本報告」)全体を通じて、本条約がまるで宣言のようにしか受け止められず、女性の人権に関する人権条約として法的拘束力をもち、国内法に適用されなくてはならない、と受け止められていないと思うのです。これを変えていくためには、選択議定書を批准することがきわめて重要です」

 「現段階においては、日本の女性の権利が、日本国内の裁判官によって保護されていることを確保することが重要です。選択議定書を批准すれば、裁判官がより本条約の内容に焦点をあてることができるようになり、十分な協力を得られるようになるでしょう*11

 今回の外務省発言は、まさにシモノヴィッチ委員の指摘を裏付けるものであって、本条約は、女性の権利に関する法的拘束力ある文書として扱われていない。これを克服するためには、シモノヴィッチ委員の言うように、日本の選択議定書批准を一日も早く実現する以外に道はない。

「総括所見」による選択議定書批准の勧

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山下泰子

(やました・やすこ)文京学院大学名誉教授。博士(法学)。国際女性の地位協会(JAIWR)名誉会長、日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(JNNC)初代代表世話人。『女性差別撤廃条約と日本』(尚学社)ほか著書多数。

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