NHKの経営は正常化できるか――「かんぽ」問題文書開示訴訟の和解にあたって

長井 暁(ジャーナリスト、元NHKチーフプロデューサー)
2025/01/05

画期的な和解成立

 2018年10月に、NHK経営委員会が、後述する「かんぽ不正」報道をめぐって当時の上田良一会長を「厳重注意」とした際の議事録の開示などを求めて、2021年6月に市民グループが起こしたNHK文書開示等請求訴訟は、2024年2月20日に東京地裁で原告の市民側勝訴の判決が言いわたされた。

 これに対して被告のNHKと森下俊三氏(前NHK経営委員長)が判決を不服として控訴したため、控訴審が東京高裁で争われてきたが、同年12月17日に和解が成立した。

 和解の主な内容は、控訴人NHKは経営委員会の決議にしたがい、会長厳重注意をめぐる議事録をNHKホームページに公表すること、控訴人の森下氏が解決金として被控訴人(一審原告)に各1万円(合計98万円)を支払うこと、というものである。

 市民グループが手弁当で3年半にわたって取り組んできた裁判が、公共放送NHKの運営の透明性を確保する情報公開を実現する画期的な成果となったといえる。この裁判の経過については、拙著『NHKは誰のものか』(地平社)で詳述したところだが、ようやくここに一つの節目を迎え、成果を得ることもできたので、読者にかいつまんで報告したい。

放送に影響を与える経営委員会の「会長厳重注意」

 まず、問題の経過を簡潔に振り返る。

 2018年4月24日、NHKは「クローズアップ現代+ 郵便局が保険を“押し売り”!? 郵便局員たちの告白」を放送し、郵便局員によるかんぽ生命保険の不正販売問題(以下「かんぽ問題」)の実態を伝えた。

 しかし、その後も郵便局員による不正販売が続いたために続編を放送しようと、同年7月、視聴者に情報提供を求める30秒の動画2本をSNSに掲載した。すると、日本郵政三社からNHK会長あてに抗議の書状が届いた。この抗議を主導したのは日本郵政の鈴木康雄上級副社長(元総務事務次官)だった。

 これを受けてNHK執行部は8月3日、同月10日に予定されていた続編の放送を延期し、動画の掲載も中止することを決定した。しかし、不正販売による被害者が増えつづけていることに危機感を抱いた放送現場は取材を継続し、10月末に金融商品トラブル全般を取り上げる番組の中で「かんぽ問題」を取り上げようとした。

 現場が取材を続け、放送を諦めていないことを知った鈴木上級副社長は、今度はNHK経営委員会に働きかけた。森下俊三委員長代行(当時)を訪ねて相談し、経営委員会あてに「ガバナンス体制を改めて検証し、必要な措置を講じてほしい」とする書状を送ったのだ。

 その結果、10月23日に開催されたNHKの経営委員会で石原進経営委員長が、「郵政三社にご理解いただく対応が出来ていないことは遺憾」「視聴者目線に立った適切な対応を行う必要がある」として、上田良一会長に「厳重注意」を与えたのだ。

 この厳重注意は、放送に大きな影響を与えた。2日後の10月25日、上層部から放送現場に、「かんぽ問題」をすべてカットするようにとの指示が出されたのである。その結果、10月30日に放送された「クローズアップ現代+ あなたの資産をどう守る? 超低金利時代の処方箋」には、「かんぽ問題」は一切登場しなかった。

 NHKが「かんぽ問題」の続編を放送したのは、翌年(2019年)6月に、日本郵政が不正販売を認めた後の7月31日となった。その間にもお年寄りを中心に、被害者は増えつづけていた。いつでも放送できるだけの材料を持ちながら、それを放送しなかったことは「被害者を見捨てた」と言われても仕方がなく、公共放送としての責務を投げ捨てたに等しい痛恨の出来事だった。

新聞報道で公に――開示拒む経営委員長

 会長への厳重注意の事実は隠され、経営委員会の議事録は非公表とされていた。その事実が初めて公となったのは、2019年9月26日の毎日新聞の報道だった。この報道をきっかけにこの問題は国会でも取り上げられた。

 これを受けて、メディアや視聴者が非公表部分の議事録の開示をNHKに求めた。これに対しNHKは、「NHKの事業活動に支障を及ぼすおそれがある」として開示を拒んだ。しかし、再検討の求めを受けたNHK情報公開・個人情報保護審議委員会(以下、「審議委員会」)は、2020年5月22日に「本件議事録を公開したとしてもNHKの事業活動に支障を及ぼすおそれがあるとは言い難い」として、開示を求める答申を出した。

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長井暁

(ながい・さとる)ジャーナリスト、元NHKチーフプロデューサー。NHK文書開示等請求訴訟原告団事務局長。著書に『NHKは誰のものか』(地平社)がある。

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