【連載】Sounds of the World(第13回)マリアンヌ・フェイスフル

石田昌隆(フォトグラファー)
2025/06/05
マリアンヌ・フェイスフル(1997年2月18日)©️石田昌隆

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 この写真を撮影したのは1997年2月18日、品川パシフィック・ホテルの一室で、時間は午後2時台だったはずだが、部屋の中はけっこう暗かった印象がある。黒い長袖のブラウスを着たマリアンヌ・フェイスフルは、『Strange Weather』(87年)のジャケットのように、白っぽい顔と手がスゥっと浮かび上がっていた。当時50歳。スキャンダルに翻弄された時代からすでに30年もの年月が経っていたが、マリアンヌ・フェイスフルが煙草に火をつけたときの仕草ひとつをとっても、そこに、本当のことは他者に判るはずもないのだが、退廃的で自堕落な日々をくぐり抜けてきた歴史が刻み込まれているような気がして、そのたゆたう雰囲気に、月並みだが感動せずにいられなかった。

 マリアンヌ・フェイスフルは名曲〈As Tears Go By〉でデビューした。1964年7月、まだ17歳だったときだ。清楚で透明感のある声で歌う姿が美しい。全英シングルチャートで9位、米国のビルボード・ホット100で22位まで昇って大きく注目された。ファッションやルックスからスウィンギング・ロンドンというポップ・カルチャーと絡めて語られることがあるが、そういう面より、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコのニコのような陰翳を湛えていたところに心奪われる。

石田昌隆

1958年生まれ。フォトグラファー。新刊『ストラグル Reggae meets Punk in the UK』が出ました。1982年にニューヨークでザ・クラッシュを撮影した写真に始まり、2023年にひとりでカメラ機材やテントや寝袋を持って飛行機に乗り、ロンドンと音楽フェスが行なわれたイースト・サセックス州を訪ねたときまで41年間の記録です。

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