月刊『地平』では、ジャーナリスト・小林美希さんによる連載「ルポ・イバラキ」で茨城県の大井川和彦知事によるパワハラ疑惑や、飯塚博之副知事の男性秘書が昨年亡くなった事案について全6回にわたり報じてきました。雑誌での連載は終了しましたが(7月に地平社より書籍として刊行予定)、見過ごせない状況について続編として以下お送りします。(編集部)
「あの副知事の下で仕事するのは限界、うんざりだ」――。
ノートには手書きで遺書が綴られていた。日付は「R6.10.15」。亡くなる5日前だった(以下写真)。

「あの副知事」とは、茨城県の飯塚博之副知事のことを指す。茨城県では大井川和彦知事によるパワハラ疑惑が表面化するなか、知事によって任命された県庁生え抜きの副知事、飯塚博之氏の男性秘書が昨年10月20日に41歳という若さで亡くなった。副知事によるパワハラが原因とされる自殺と見られていた。
「秘書自殺」という情報はすぐに県庁内や県議の周辺に伝わっており、一部の県議から問題視されていた。地元メディアも早くから「秘書自殺」の真相を追っていたものの、報道されることはなく、県庁側からも経過は公表されなかった。
その中で、いばらき自民党の常井洋治県議が2024年11月19日、茨城県人事委員会委員長宛てに「県職員の死去に係る調査について」という文書を提出した。
「去る10月に大井川知事直属の秘書課職員が、若くして逝去された訃報に接しました。大井川知事就任後、知事による職員へのパワーハラスメントとも言える言動を数多く仄聞しているが、当該職員の死去との関連性は無かったか、職員の職務環境を守る独立行政機関として、率先して真相究明を行うこと。全職員にアンケート調査を実施すること。知事に対して、どのような勧告をしていくのかを明確にすること」
これらを求め、すべての県職員と県民に公表するように要請していたが、調査を行っている様子は見えなかった。2025年12月5日発売の月刊『地平』(1月号)で秘書の死亡について筆者が第一報を打つと、12月10日、立憲民主党の玉造順一県議が県議会で質疑に及んだ。
「11月19日、公職にある方から県職員の死去に係る調査についてということで要請が文書で出されているものと思います。この内容については、総務部のほうに答弁をお願いしたいと思うんですけれども。去る10月に、総務部において現職死亡があったというような事実を列挙されておりますけれども、そうした事実があったのかどうかについてお尋ねをしたいと思います」(議会での玉造県議の質疑)
県側は、あくまで「職員が死亡」した事実だけを認めたが、「個人情報」を盾にして死因などについては答えなかった。調査を行なっているかどうかも回答を控えた。しかし、県議会で取り上げられたことで、初めて大手メディアが報道するに至った。
その後も県は沈黙を守ってきたが、2月に突然の記者発表が行なわれ、秘書死亡についての第三者委員会「茨城県の職場環境等に関する調査委員会」が設けられて調査を行なったとして、「パワハラはなかった」としつつ、飯塚副知事を厳重注意処分した、ということを公表した。
だが、肝心の調査内容については「遺族の意向」を盾にして非公開とされ、多くの人に疑問が残った。
ところが2025年5月28日、遺書の一部と報告書全文を入手した毎日新聞がスクープ。報告書で非開示とされている部分に「副知事言動に問題」と書かれていることを明らかにしたのだ。続いて6月2日、週刊文春も電子版で遺書の内容の詳細を明るみにした。筆者も遺書と報告書の一部を入手。遺書にはこう綴られていた。一部を抜粋する。
「今年が40年以上生きてきた中で最悪の1年だったことは間違いない。もともと沈む一方だった中で、アレの就任以降、さらに深く、激しく沈み込んでいく日々。これほど人を憎む、恨む、呪うことがあるだろうか。言い過ぎではなく、本当に毎日、目覚めればすぐアレの死を望む言葉、あるいは死にたいと願う言葉が口を突くようになった。絶望から始まる毎日。この一年足らずで、これまでの人生で述べてきた数をゆうに超える数の謝罪の言葉(本意かどうかは別)を口にしてきた。今まで経験したことのない数の叱責、非難の言葉を受けてきた」
「中には正論と思える内容、その通りになれば理想的だろうと思える内容もあったが、秘書一人で、あるいは秘書課のサポートを得ても、対応できる限度を越える範囲、程度にまで要求が及んでおり、それをことさら強硬に完ぺきを求められても応えきれない、限界がある。しかしかまわず血相を変え、痛烈に、執ように穴を突いてくる。人格を否定されるような言葉も飛ぶ、これこそ一般的にパワハラと呼べるものだと思う」

「アレの就任から更に日常で他人とのコミュニケーションが上手く取れなくなった。他人にいまの状況を聞かれるのが苦痛で仕方なかった。この先、秘書課で、あるいは別の部署で働くとして、常に今年のことが苦痛として付きまとう、悪化した関係が尾を引く、あれもすぐにいなくならないだろう。そんなことを想像すると立ち上がる気持ちがどんどん弱くなって、沈んでいくのが分かる。毎朝そんなことを考えながら、いつ立ち上がれなくなるのだろうと不安に思う」
こう書いた5日後、彼は自ら命を絶った。
遺書の内容が今回初めて明らかになったが、この遺書の文面を読む限り、「パワハラがなかった」とした第三者委員会の判断が正しいものだったといえるか、強い疑問が残る。そして、県が非開示としていた報告書の「付言」には、こう書かれていた。
「本委員会は、副知事による〇〇氏へのパワーハラスメントはなかったと結論づけた。しかし、〇〇氏の遺書からすれば、〇〇氏がパワーハラスメントを受けていたと感じていたことは明らかであり、このような齟齬が一体どうして生じたのか等について若干付言する。副知事による〇〇氏へのパワーハラスメントはなかったと結論づけたものの、副知事の言動に全く問題がなかったというわけではない」

この付言を非開示とした意味は、どこにあるのか。
毎日新聞がスクープを出したのは、知事の定例記者会見が行なわれる当日の朝刊だった。記者会見で毎日新聞は、付言にあった「副知事の言動に全く問題がなかったわけではない」という指摘についてコメントを求めると、大井川知事はこう答えた。
「内容に関わる開示・不開示の判断についても、御遺族の意向をきちんと踏まえた、十分検討の上で、公表できるものに限って我々は発表しておりますので、現在公表している以外のものについて公表する予定はございませんし、それ以外のものについてコメントすることはできない、一切差し控えたいというふうに思っています」
毎日新聞が「プライバシーや御遺族の方に配慮しつつも、ただ、付言の指摘に関してはもう少し公表すべきだったと考えますが、知事はどのようにお考えでしょうか」と切り返すと、大井川知事はこう答えた。
「いや、私は、毎日新聞の報道姿勢が問題なんじゃないかなというふうに思っています。全ての御遺族の御意志を確認していませんよね。しているんだったら、言ってください。していないはずです。我々はきちんと御遺族の御意向も確認して公表できる範囲というものを決めて、本当に細心の注意を払って公表していますので、その範囲を逸脱してこういう報道をされている姿勢というのは、私たちは非常に問題があるんじゃないかなというふうに考えております。いかがでしょう」
これではまるで”死人に口なし”ではないか。報道に至らなければ、亡くなった秘書の悲痛な胸の内について遺族以外は知らないまま。第三者委員会の報告も調査内容も、ほとんど全てが非開示のまま封印されていたのだから。大井川知事の言う遺族以外に納得のいかない遺族がいるから、遺書と報告書が明るみになったということだろう。
大井川知事の言動が幹部職員に影響し、茨城県庁でパワハラの連鎖が起こっているのではないかという懸念の声は大きい。パワハラ問題を追及してきた共産党の江尻加那県議は6月3日、知事宛てに要望書を提出。秘書課職員の自死について再調査を求めた。実際、筆者にも県庁内部におけるパワハラの告発が複数、届いている。
9月に任期満了の知事選を控え、大井川知事は3選目を目指して5月30日に出馬表明をしている。知事選では、職員の自殺をめぐる知事の責任、副知事の任命責任、報告書を非開示とした責任などが大井川知事に問われるのではないだろうか。

※本記事は、7月下旬刊行予定の書籍『ルポ イバラキ』(地平社刊)の関連部分を短くまとめたものです。

月刊『地平』での連載『ルポ・イバラキ』の記事一覧はこちら
・(第1回)民主主義が消えていく
・(第2回)地元政財界の強固なつながり
・(第3回)メディアのチェック機能はどこへ?
・(第4回)生徒の生命を脅かす“教育改革”
・(第5回)生徒を苦しめる超・競争教育