はじめに——国際法を死の淵からどう救うか
この数年、国連憲章に具現される国際秩序は深淵に臨んでいる感がある。
二〇二二年二月に始まるロシアによるウクライナ侵略の先は、まだ見えてこない。二〇二三年一〇月のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃と人質連行に端を発するガザ紛争は、イスラエルによるジェノサイドに至り、トランプ米大統領が提起した和平案の第二段階が先日実施に移されたというが、状況はまだ安定にはほど遠く、ガザの人民の苦難も和らいだようには見えない。
そして二〇二六年一月二日に行なわれた米国によるベネズエラ侵略は、国連憲章と国際法の多くの原則や規則のあからさまな侵犯であるだけでなく、これらの原則や規則に基づく説明と正当化が一切行なわれなかったという意味でも、きわ立っていた。それどころか、トランプ大統領は「私は国際法を必要としない」と言い放ったと報じられている。これは、国際法に対する死亡宣告に等しいといわねばなるまい。
しかしもちろん、国際社会はこうした状況を黙過しているわけではない。多くの国と人民が、米国の侵略行為に対して厳しい批判の声を挙げている。この小論ではこうした状況を素描することを通じて、国連憲章と国際法に基礎をおく現存の国際秩序を死の淵から救うための道を考えたい。
ベネズエラ侵略と国際法
米国は本年一月二日夜にベネズエラの首都カラカスに対して大規模な空爆などの攻撃を行ない、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拉致して米国に移送、麻薬密輸等の嫌疑で訴追した。このような行動は、明確な「侵略行為」に該当する。
一九七四年の国連総会決議「侵略の定義」によれば、一国の軍隊による他国領域に対する砲爆撃と攻撃は侵略行為となる。国連憲章上、武力行使とその威嚇は禁止され(第二条四)、例外は武力攻撃に対する自衛権の発動(第五一条)と安保理事会の決定に基づく軍事的強制措置(第四二条)だが、本件ではこうした規定に該当する事実は存在せず、米国自身がこのような根拠を主張していない。
トランプを始めとする米国当局者は、この作戦の目的は何よりもベネズエラからの麻薬の密輸を阻止するためだと説明した。またマドゥロ大統領は正当な選挙によって選ばれたのではなく、国民に対して苛酷な弾圧を繰り返してきたとされた。さらに、当該の作戦はベネズエラに対する戦争ではなく「法執行活動」だといわれた。これらの説明は事実として妥当するかどうかをおくとしても、法的には今回の武力攻撃を正当化するものではない。
仮にマドゥロ大統領やベネズエラ国家が麻薬密輸に関与していたとしても、それは「武力行使」には当たらず自衛権の発動を正当化しない。マドゥロ大統領がたとえ血に飢えた暴君だったとしても、その政権を変更することはベネズエラ人民がなすべきことであって、他国が武力によって「体制変更」を実施することが違法であることは繰り返して認められてきた。さらに、国際社会は領域主権を有する国によって構成されるから、一国の国家機関は他国の領域において一方的な「法執行活動」を行なうことはできない。先の「侵略の定義」決議は、政治的、経済的、軍事的などのいかなる事由も、「侵略を正当化するものではない」と規定する。
それでは、国際社会はこの事件をどのように受け止めたのだろうか。一月五日に開催された安保理事会(1)では、米国批判の声が圧倒的だった。たとえばメキシコ代表は非同盟諸国の支持を受けて、米国の侵略は憲章に違反し多国間主義を脅かすものであって許容されてはならないと述べた。その国の運命を決定するべきなのは主権を有する人民で、外部のアクターによる体制変更と域外的措置の適用は国際法に違反するだけでなく紛争を悪化させ国の社会・政治構造を弱めるものだという。マドゥロ大統領のレジームの正統性に重大な疑義を有する西欧諸国の代表も、彼に対する軍事作戦は紛争の平和的解決の原則に違反し国際秩序を掘り崩すものであって、国際の平和と安全を損なうものだと述べた。米国の行動を支持したのは、右派政権を有するアルゼンチンなど二、三のラテンアメリカ諸国にとどまる。
(1) 本稿執筆の段階ではこの日の理事会の議事録は公表されていないので、以下の叙述は国連による「新聞発表(SC/16271)」によった。
本事件にかかわる国連機関の正式の態度表明はまだ見られないが、本件と酷似した一九八九〜九〇年の米軍によるパナマ侵攻については、総会決議が採択されている。当時のパナマの事実上の統治者マヌエル・ノリエガ将軍が麻薬密輸等にかかわっているという理由で米軍がパナマに侵攻してノリエガを捕縛、自国に連行して裁判に付したのである。一月五日の安保理事会で米国代表は、本件を地域に安定をもたらした積極的な先例として援用したが、国連総会は一九八九年一二月二九日に採択した決議四四/二四〇において、米軍のパナマ干渉を重大な国際法違反として非難し、干渉の即時中止と米軍のパナマからの撤退を要求した。






