高市軍拡とその問題点

平和構想研究会
2025/12/05

中国との戦争を語り始めた日本政治

 2025年10月21日に就任した高市早苗首相は、2022年の安保三文書のもとで進められてきた軍拡政策をさらに加速させ、これまで日本がかろうじて保持してきた、軍事大国化を防ぐための諸原則を改廃しようとしている。

 「ジャパン・イズ・バック」。日本を再び「強い国にする」という、かつての安倍晋三首相のスローガンを、安倍氏の後継者を自任する高市氏も誇らしげに掲げる。「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」(MAGA)の日本版ともいえるこの政治姿勢は、しかし、日本を平和に向かわせるどころかむしろ地域の危険を高め、国際社会に不安を与えている。台湾有事をめぐる高市首相の国会答弁とこれをめぐる日中間の応酬が、その一例だ。

 高市首相は11月7日の衆議院予算委員会で、台湾有事をめぐり「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁した。これに対して中国政府は強く反発し、日本への渡航自粛呼びかけや日本産水産物の輸入再停止など、対抗姿勢を強めている。中国の総領事による不適切な言葉を使ったSNS投稿などから日本国内でも反中感情が渦巻き、両国関係は急速に悪化している。

 「存立危機事態」とは、2014年に安倍内閣が集団的自衛権の行使を限定的に容認し、翌15年にそれを法制化する中で導入された概念である。当時の国会議論で政府は、台湾有事が存立危機事態に該当するかは明言せず、「個別具体的な状況に即し情報を総合して判断する」などとしてきた。さかのぼれば、1999年に周辺事態法が作られた際にも、台湾有事が該当するのかという議論があったが、政府は、周辺事態は「地理的概念」ではないとして言明を避けてきた。

 中国政府は台湾を「核心的利益」と位置づけており、それへの介入や侵害と見なしうるものに対しては一貫して厳しい対応をしてきた。国交回復以来の日中間の度重なる交渉と合意も踏まえ、日本政府は現在のような事態を招くことを意図的に避けてきたといえる。今回、高市首相は、どの程度自覚してかは不明だが、その一線を越えてしまった。

 首相は10月31日に習近平国家主席との初会談で「『戦略的互恵関係』を包括的に推進し、『建設的かつ安定的な関係』を構築するという日中関係の大きな方向性」を確認したばかりだった。高市氏はこれまでの靖国神社参拝や歴史問題をめぐる発言などから中国や韓国との外交関係が不安視されていたところ、日中関係はひとまず良好に滑り出したかにみえていた。その直後の、このような事態である。日中関係は「建設的かつ安定的な関係」とは真逆の方向に走り出してしまった。これは、台湾の平和にとっても不安定要素となっているといわざるをえない。

 この問題が起きてからの世論調査では、台湾をめぐり米中間で武力衝突が発生した場合に日本が集団的自衛権に基づいて武力行使に踏み切ることについて「必要だ」が33パーセント、「必要ない」が48パーセントだったとの結果が出ている(11月17日、ANN)。米中で戦争が起きた場合に日本も「参戦すべきだ」と3人に1人が答えているということになるが、現在の感情的反発が影響していると思われる。それでも「米中戦争に日本も参加する」ということが政治の中心的話題として論じられるようになっていること自体、きわめて憂慮すべき状況である。

 そもそも存立危機事態とは「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義されており、これは、日本による武力行使にゴーサインを出すための要件として作り出された概念である。

 2015年の安保法制をめぐる国会審議では、これに該当しうる事例として、ホルムズ海峡における機雷敷設、弾道ミサイル警戒中の米艦艇の防護、邦人輸送中の米艦船舶防護などが論じられてきた。しかし、海外派兵禁止原則との適合性や、個別的自衛権による対応の可能性などを含め、いずれもその妥当性、現実性に疑問が投げかけられてきた。今回の台湾海峡をめぐる首相の答弁は、これまでの議論と比較してもあまりに粗雑である。今回の件は、存立危機事態が政権によってきわめて恣意的に認定される危険性を浮き彫りにした。問われるべきは安保法制そのものである。

戦争準備の流れを食い止めるために

 「強い日本」でありたい、あるいは、強い日本を率いる「強い指導者」とみられたいという政治家たちの勇み足によって、現実の国際安全保障が左右されていく。

 2015年の安保法制によって、日本は、平和憲法との関係に緊張をはらみつつ、法的に「戦争できる国」になった。その後、2022年の安保三文書によって、敵基地攻撃能力を保有し軍事費を倍増するなど、日本は「戦争をする国」としての準備に着手した。そのもとで、ミサイル基地や弾薬庫の整備による臨戦態勢づくりが急スピードで進められてきた。高市首相は、10月24日の所信表明で、これらをさらに加速させ、軍事費の「対GDP比2%」を2025年度に前倒しして達成し、2026年中に安保三文書を改定することを言明した。

 財源の見通しも必要性の検証もないままでの軍事費のさらなる拡大、国是とされてきた非核三原則の見直し、原子力潜水艦導入の検討、殺傷兵器の輸出のさらなる拡大など、これまで考えられなかった政策が次々と打ち出されている。「平和の党」を掲げてきた公明党が連立から離脱し、自民と維新の連立政権となったことで、この流れに歯止めがきかなくなっている。両党は憲法改定までも具体的な作業に着手しようとしている。

 本誌において、これら重要な論点のいくつかについて第一線の専門家とともに深掘りし検証する。無益で危険な軍拡競争を止め、軍縮と持続可能な安全保障へと大きな政策転換を図るための材料になることを期待する。

平和構想研究会

平和構想研究会は、日本の平和・安保政策を総合的に研究し市民的立場から構想を提言する。集団的自衛権問題研究会を引き継ぎ、研究者、ジャーナリスト、弁護士、NGO関係者ら有志により、2021年10月に発足。

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