偽情報とディープフェイク――もう一つの米大統領選

内田聖子(ジャーナリスト)
2024/12/05

 「検閲カルテルは解体され、破壊されなければならない。そしてそれは直ちに行なわれなければならない」

 2022年12月、トランプ前大統領はその演説で、2024年の大統領選で勝利した場合、連邦政府が国内の言論について語る際に、「誤情報」や「偽情報」という言葉を使用禁止とすると誓った。

 彼がいう「検閲カルテル」とは、「ディープステートの官僚、シリコンバレーの暴君、左翼活動家、堕落した企業ニュースメディアの邪悪なグループ」だ。これらが結託して「米国民を操作し沈黙させるために共謀している」という主張である。

 これは単なるスローガンではない。トランプ氏は2025年1月に第47代大統領として最初に行なうこととして、「連邦政府の省庁や機関が米国民の合法的な言論を検閲、制限、分類、妨害することを禁止する大統領令に署名」、「連邦政府の資金が国内言論を『誤報』『偽情報』とラベル付けするために使われることを禁止」「誰であれ、国内の検閲に直接的または間接的に関与したすべての連邦官僚を特定し、解雇」と、より詳細な内容を誓約している。これらは確実に実行されることになるだろう。

トランプ陣営の「歴史解釈をめぐる戦い」

 今から4年前、2020年11月の大統領選の結果に異議を唱えるトランプ支持者たちは、「選挙は不正だった」と選挙の正統性を否定した。その言動は過激化し、2021年1月6日の米国議会議事堂襲撃事件に帰結する。

 議事堂襲撃事件から半年後の2021年7月、米国下院は特別委員会を編成し、事件の調査に乗り出した。11回の公聴会を含む調査は800ページ以上にも及ぶ報告書として2022年12月22日に公表された(1)。冒頭のトランプ氏の演説から約3週間後のことだ。

 公表に先立ち、委員会はトランプ氏が暴動を煽動し、議会手続きを妨げたことなど4つの容疑を指摘。司法省にトランプ氏の刑事訴追を勧告すると決議していた。報告書は、「トランプ氏は大統領選の結果を覆そうと試みたが、そのすべてが失敗していた。それでも敗北を認めない同氏が最後の手段として議会襲撃を促した」との見方を示した。

 一方、襲撃事件直後から、トランプ氏および彼の側近たちは2024年選挙での勝利を目指し動き出していた。これは「トランプの歴史の解釈をめぐる戦い」とも言われる、組織的かつ周到に練られた戦略である。SNSはじめネット上の言論空間はその計画を動かすエンジンとなり、彼らの主張を最大限効果的に発信するために使用されてきた。

 これは単なる「ネット選挙」「SNS戦略」として矮小化してはならない、政治の質をも変えていく大規模なプロジェクトであり、日本でも起こりうる。

「盗みを止めろ」運動

 議事堂襲撃直後、Twitter(現X)はじめ複数のソーシャルメディアはトランプ氏のアカウントを凍結した。これを受けてトランプ氏は、2022年2月に自身が運営するS NS「トゥルース・ソーシャル」を立ち上げる。ここにはT Vコメンテーターのダン・ボンジーノなど保守派の有名人、共和党のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員に代表される過激な政治家、極右インフルエンサーが加わり、大統領選の結果に異議を唱えるコミュニティが形成されていった。登録者は約200万人と多くないが「検閲のない」ことを売りにしており、コアなトランプ支持者が集う。筆者もユーザー登録をしているが、大統領選前にはハリス陣営を罵るポストや偽情報が山のように流れてきた。

 「選挙は不正に操作されている。民主党はトランプから選挙を盗もうとすでに動いており、結果は不正なものになるだろう。トランプが勝たない限りは」

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内田聖子

(うちだ・しょうこ)ジャーナリスト。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表。自由貿易協定やデジタル政策のウォッチ、政府や国際機関への提言活動などを行なう。著書に『デジタル・デモクラシー ビッグ・テックを包囲するグローバル市民』(地平社)など。

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