選挙後の二つの声
「トランプが勝つとは思っていたが、そうなったことに安堵している。トランプがベストな候補者ではないのは間違いないが、候補者は二人しかいないので。ベターな候補者だった」
トランプ氏が勝利宣言をした翌日の11月7日、ジョージア州のチェロキー郡に住むデール・バーク氏とオンラインでつなぐと明るい声で語った。首都ワシントンのホワイトハウス近くのホテルのパソコン画面に映るデールは、大喜びという風ではなく、抑制の効いた冷静な語りだった。
トランプ新大統領に望むことは何か?
「ニッキーとも話したが、immigration(移民問題)。私も妻も外国人が入国することに反対しているわけではない。その入国を適正に行なうようにしてほしい。違法な入国を続けることは入国する人にもよくない。そして経済。インフレは多くの人を直撃している。これは現政権の失策で多くの人が困っている。それをトランプ大統領は改善してくれると思う。さらに、中絶の問題。女性の権利を守ることに反対はしない。しかし妊娠によってこの世に生まれた命を粗末にすることは許されない。その命を殺してはいけない。他にもいろいろとあるが、まずはこの三点が重要」
ニッキーはデールの妻で、彼女もトランプ氏に投票している。デールとの付き合いは古いがその点は拙著『トランプ王国の素顔』に譲る。旧友とのオンラインでの会話を終えた私は、ホテルを出て徒歩でデュポン・サークルへ向かった。首都ワシントンにあるこぎれいな繁華街で、洒落たカフェやこだわりの書店などが軒を連ねる。ただし、今回は書店巡りが目的ではない。着いたのは非営利メディアの『マザー・ジョーンズ』誌ワシントン支局。
そこで話を聞いたのはデビッド・コーン支局長。首都で40年以上にわたって政治を取材し、数々のスクープをものにしてきた著名なジャーナリストだ。
「全体主義が起きる。もちろん、彼は自らが問われている罪は全て恩赦する。そして彼は大統領が持つ権限の全てを使って自分の意になるようアメリカを変える」
『マザー・ジョーンズ』誌はリベラルな姿勢を明確にしているオンラインと紙雑誌のメディアだ。その「顔」でもあるデビッドが選挙結果を好意的に見ていないことは予想していたが、彼は予想以上に暗く疲れ切った表情で語った。
「例えば、環境問題や健康問題に対応してきたEPA(米環境保護庁)のトップにはそうした取り組みに否定的な人間を任命するだろう。温暖化に警鐘を鳴らしてきたNOAA(米海洋大気局)は廃止すると言っているし、そうなるかもしれない」
「では、メディアはどう向き合うのか? あなたはどうするのか?」と問うた。少し黙ってから言った。
「チャレンジングだ。極めてチャレンジング」
日本語では「挑戦」といった前向きな意味でも使われるこの言葉だが、ここでは「困難」と訳すべきだろう。
「トランプはIRSを使って気に入らない企業に徹底的に課税するだろう。メディアはすでに体力を奪われている。その上で当局の徹底的な課税が加われば、メディアは厳しい状況に置かれる」
IRSとは日本の国税庁と社会保険庁を足した強大な調査権限を持つ財務省傘下の機関だ。『マザー・ジョーンズ』誌のような非営利団体でも、徹底して調査が行なわれれば課税対象と認定されるケースも出るかもしれない。また、その対応に追われれば、取材に専念することも困難になる。そういう状況を危惧したジャーナリストの吐露だった。明るい未来を語るデールと暗い表情に終始するデビッド。まさにアメリカの分断を目の当たりにする一日となった。
ホテルに戻りテレビをつけると、各局ともに選挙について報じている。これは大統領選挙の最終集計が終わっていない上に、同時に行なわれている上下両院の選挙の結果もまだ確定されていないからだ。この時点でトランプ氏の勝利とともに、上院で共和党が過半数を制することは確定しているが、どのくらい議席を伸ばすか、下院で共和党が過半数を制するのかはまだ明確ではない。それでもトランプ氏はこの時点で既に過半数の270を大きく上回っている。その結果に、日本では「接戦」と報じたメディアを批判するジャーナリストや識者が出ているようだ。しかし、これは、アメリカの大統領選挙の仕組みを知らないために起きる議論だ。接戦は必ずしも結果を意味しない。接戦でも地滑り的な勝利が起きる。それがエレクトロ・カレッジというこの国の大統領を選出するシステムだからだ。このエレクトロ・カレッジとは何か。私の取材状況を示しつつ、読者の皆さんと考えてみたい。
静かなトランプタワー
アメリカ入りしたのは日本で総選挙が行なわれた2日後の10月29日。その晩と翌日にトランプタワーに行ってみた。ワールドシリーズで崖っぷちのヤンキースがドジャースと対戦していた真っ最中だったからか、トランプタワーの前は平常通りだった。4年前はバリケードが設置され自動小銃で武装した警備が周辺の人の動きを警戒し、現職大統領だったトランプ氏を支持する人々が歓声をあげていた。そういう喧噪はなかった。翌日も変わらずマンハッタンの日常の一部となっていた。
ニューヨークで一泊してフロリダ州のタンパに飛んだ。そして老舗のファクトチェック団体であるポリティファクト(PolitiFact)を訪ねた。旧知のケイティ・サンダー編集長に選挙戦とファクトという観点で話を聞くためだった。