【連載】TECH JUSTICE――公共性と倫理ある人々の技術へ(3)接続は人権

内田聖子(ジャーナリスト。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表)
2025/08/08
ミルナ・エル・ヘルバウィさんが立ち上げたConnecting HumanityのHPより

【連載1回目】新たなSNSの構想
【連載2回目】データの権力を可視化する

 「今、人生の中で唯一欲しいものは、ガザにいる家族に電話するためのeSIMだけです。たとえそれが最後の会話になるとしても、家族が殺される前に別れを告げさせてほしい」

 2023年11月、エジプトのジャーナリストであり活動家でもあるミルナ・エル・ヘルバウィは、自身のXにこのメッセージを引用した。ガザの外にいて家族との交信が絶たれた、ある父親からのものだった。

 1カ月前の10月、ハマスからの大規模攻撃への「報復」として、イスラエルはガザ地区を中心に子どもやお年寄りを含む多数のパレスチナ人を虐殺してきた。「停戦」が約束された後の現在も止むことはなく、2025年7月までに5万5000人以上の命が失われた。

 ガザの通信状況も最悪となっている。イスラエルは電話とインターネットを遮断するため、意図的に通信施設を次々と破壊した。通信の遮断は、家族の安否確認をはじめ被害の把握、安全な場所や移動ルートの確保、緊急支援物資の調達など、あらゆる面で人々の生存を脅かす。さらに、ジャーナリストや市民による記録と発信を困難にし、戦争犯罪とあらゆる人権侵害を覆い隠す。

 直近では、2025年6月17日、沿岸部のアル・ラシード通り沿いの光ファイバーインターネットデータケーブルが切断され、ガザ中央部と南部の大部分が通信不能に陥った。控えめな推計でも、2023年10月以降にガザ地区で起こった23回目の通信障害となる。

 インターネットが遮断されるたびに、ガザの人々は通信の真空状態に陥る。救急車を呼ぶことも、警報を受信することも、愛する人々と連絡を取ることもできなくなる。しかもイスラエル軍は通信インフラ復旧を行なうパレスチナの修理作業員をも容赦なく直接爆撃してきた。

 そもそも、ガザ地区は長年にわたる厳しいインフラ輸入制限により、4Gまたは5G技術へのアクセスが拒否されている。さらに燃料の封鎖もあいまってスマホの充電すら困難で、まさに「デジタル封鎖」の中に人々は留め置かれ続けている。

 「このメッセージを受け取った時、私の心は粉々に砕け散りました。彼はYouTubeを見たいわけでもSNSを使いたいわけでもありません。ただ、家族と別れの言葉を交わしたいだけなんです」と、ミルナ・エル・ヘルバウィはメディアに語った

インターネットの武器化と世界のネット遮断

 24時間どこでもWi-fiにアクセスできる環境に恵まれた日本を含む先進国では、通信障害やインターネット遮断の重大さを実感することは難しい。しかし、ひとたび災害が起こった時、安否確認や正確な情報を得るためにネット接続が死活的に重要であると私たちは思い知る。

 インターネットが命をつなぐインフラとなった今、世界の紛争地では民間の通信網を攻撃の標的とする「インターネットの武器化」という事態が広がっている。あるいは、国内での動乱や民主化運動を抑制するため、政府が人々のインターネット通信を遮断する国もある。直近では2025年6月13日、イスラエルがイランを攻撃した際、イラン政府は「サイバー攻撃を懸念し」、国民のインターネット接続を遮断・制限した。人々は必要な情報を得られず、危険に晒されている家族や知人との連絡も困難な状況となった。今回に限らず、イランはこれまでも何度もネット遮断を行ってきている。

 「ネット遮断は決して正当化されるものではありません。2016年以来、私たちはその明らかな害悪を記録し、『遮断は人権と両立しない』という国際的なコンセンサスを強固にしてきました。その成果にもかかわらず、世界のネット遮断の加害者は増加し、罰せられることなく人々を沈黙させ、孤立させつづけています」

 世界106カ国・345以上の市民社会組織、研究機関、技術者、メディアなどが参加する国際ネットワーク「KeepItOn(接続しつづけろ)」は、2025年2月発行の年次報告書の冒頭でこう記した。

 報告によれば、ネット接続を遮断する国と件数はこの8年で増加の一途で、2016年に78件だったネット遮断は2024年には296件と3倍以上となった(図1・表2参照)。突出しているのはミャンマー85件とインド84件で、実に4日に1回は何らかの形での遮断が行なわれたことになる。

 ネット遮断がなされる理由はいくつかに分類できる。多くの場合、市民に抑圧的な政権が抗議活動や言論を制限するために特定のアプリ(X、Facebook、WhatsAppなど)を遮断する。また大学や高校入試、公務員試験での「不正行為の防止」を名目に政府がネット遮断を行なうケースもある。さらに2024年は多くの国で重要選挙が行なわれた「選挙イヤー」だった。このタイミングを利用してネット遮断や検閲が強化された国もある。

 遮断の方法はデバイスの妨害やケーブルの意図的な切断、重要な通信インフラの破壊、サービスプロバイダーへの妨害、ドメインネームシステム(DNS)の操作、スロットリング(帯域制限)など、年々複雑化・多様化してきている。

ガザと接続せよ

 「孤立し、家族と連絡が取れず、救急車を呼ぶこともできず恐怖と不安の中にいる人たちが無数にいます。これは、間違いなくガザにおける戦争犯罪の一つです」

2023年11月16日、アルジャジーラでのインタビュー

内田聖子

(うちだ・しょうこ)ジャーナリスト。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表。自由貿易協定やデジタル政策のウォッチ、政府や国際機関への提言活動などを行なう。著書に『デジタル・デモクラシー ビッグ・テックを包囲するグローバル市民』(地平社)など。

Previous Story

台湾は脱原発を完遂できるか

Next Story

広島・タイムライン事件――戦争の伝え方とメディア

2025年9月号(最新号)

Don't Miss