斎藤元彦・前兵庫県知事の失職にともなう知事選挙が2024年10月31日に告示され、17日間にわたる選挙活動を経て同年11月17日の投開票により、斎藤氏が再選を果たした。ひとつの地方選挙ではあるが、全国的に注目を集めたこの選挙戦で、にわかに台頭したウェブポピュリズムが民主主義に与えた功罪を概観する。(本稿は投開票翌日の11月18日に執筆)
兵庫県の地政的位置
兵庫県は大阪府に隣接し、大阪を中心とする関西経済圏における中核県のひとつであるが、政党支持傾向は大阪とは異なる。国政選挙では、かねてより自民・公明が第1党を占める保守優位の地域であり、維新はブームの真っ只中でも第1党には至らなかった。直近の2024年衆議院選挙でも、小選挙区ではひとつも議席を獲得していない。また、県下に維新の会に属する首長はいない。
異変が起きたのは2021年の兵庫県知事選挙だった。5期20年にわたって知事を務めた元知事の任期満了による選挙では、その後継指名を受けた前副知事が本命視されたが、維新の会が推薦した元総務省官僚の新人・斎藤元彦氏が当選したのである。これは維新が兵庫県下の首長選挙で本命候補に挑んで勝利した初めてのケースとなった。留意すべきは、第1党である自民党県議団が、いずれの候補にも一本化できず、県政史上初めての保守分裂選挙になったことだった。県選出の自民の国会議員の全員が斎藤氏を推したため、県議団の内部分断だけでなく、国会議員団との間にも大きなしこりが残り、結果、相対的に維新の発言力が増した。それは、その後の県下の地方議会で維新の議員が増えたことと無関係ではない。
知事の失職
2024年3月12日に前西播磨県民局長が、県会議員や報道機関等に宛てた内部告発文書を送付した。告発をされた斎藤氏は犯人捜しを行なって発信者を突き止め、記者会見で「事実無根」「信用失墜や名誉毀損」「嘘八百」「公務員失格」などと厳しい言葉で糾弾をし、その後、県民局長に対する懲戒処分を行なった。
しかし、告発文書に書かれていた贈答品の受領が事実であることがわかるとともに、県民局長が4月4日に実名で県庁内の公益通報窓口に告発文書を提出、さらに県職員のアンケートで斎藤氏によるパワハラが行なわれていた疑いが強まったことで情勢は一転し、県議会に百条委員会が設置されることとなった。
6月に始まった百条委員会の模様の一部はテレビ中継され、「パワハラ」「おねだり」「公益通報保護法違反」等の論点をめぐって世間の耳目を集めた。7月7日に県民局長が自死したこともあって、知事退任の声が日増しに強まり、支持母体であった維新の会が9月9日に斎藤氏に辞職を求め、9月19日の県議会で斎藤氏の不信任決議が全会一致で可決された。斎藤氏は議会解散や辞職を選択せず、期限経過により9月30日に自動失職し、知事選が行なわれることになった。事実上の選挙戦は、この前後からスタートした。
告示日まで
斎藤氏は出直し選挙として出馬を宣明していた。そこに、本命と期待された元県議会議員・前尼崎市長の稲村和美氏が立候補を表明。稲村氏は、神戸大学在学中に体験した阪神淡路大震災のボランティアを通じて、合意形成、公費配分、制度改善の必要性を感じて政治の世界に入ったが、自らの県議選・市長選の時と同じく特定の政党の推薦を求めない市民派として名乗りを上げた。日本維新の会からは、参議院議員を2期務めた清水貴之氏が立候補を表明した。以前から立候補を期していた共産党推薦の医師大澤芳清氏のほか、元経産省官僚、元加西市長、会社社長など多数の候補者が戦列に加わった。さらに、NHK党の党首でYouTuberの立花孝志氏も立候補を公表。立花氏が自身のほか10人程度の立候補もありうると述べたことから、2024年7月の東京都知事選と同じような乱立を懸念し、県内各地の立候補者ポスター掲示板は増設を余儀なくされるなど、選挙スタート前から混乱を極めた。