治安立法の季節――国家秘密法とその文脈

荻野富士夫(小樽商科大学名誉教授。博士(文学))
2026/03/03

「極端な思想の人たち」の排除

 二〇二五年五月、自民党の「治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会」(高市早苗会長・当時)は「『治安力』の強化に関する提言」をおこなった。「外国勢力による偽情報・誤情報拡散対策」や「情報力の強化」などをかかげ、スパイ防止法案の検討導入を意図していると報じられた。今回の総選挙の際の議論においても、高市首相はスパイ防止法導入を急ぐと表明している。

 すでに二〇一三年に特定秘密保護法が、二〇一七年に共謀罪法が、そして二〇二四年には重要経済安保情報保全法が、さらに二〇二五年には能動的サイバー防御法があいついで成立しており、新たなスパイ防止法案は屋上屋を架すものと思われるが、為政者にとっては、なお十分ではないという認識があるのだろう。たとえば、特定秘密保護法の罰則の最高は懲役一〇年であるが、スパイ防止のためには最高刑を死刑とする威嚇が必要と判断されているのかもしれない。

 そして、実はそれ以上に重大な役割が期待されていることを、二〇二五年七月の参院選での参政党代表の演説が示している。公務員を対象に「極端な思想の人たちはやめてもらわないといけない。これを洗い出すのがスパイ防止法だ」という発言である。「極端な思想」の持主は公務員の職務として知り得た情報を漏洩する、あるいは漏洩するおそれがあるという理由で洗い出され、やめさせることが可能となる、ということだ。スパイ防止ということになると、どうしても「外国勢力による」違法な情報収集工作ということがイメージされるが、「極端な思想の人たち」にも狙いが定められているとみるべきだろう。そして、まずは公務員に対象を限定しているが、一般に拡大していくことを防ぐ保障は何もない。

 往々にして治安法というものは小さく誕生させたのち、解釈運用の拡大や法「改正」を通じてその威力を増強していくという性質を内包していることは、治安維持法の歴史が雄弁に証明している。

 参政党のほかにも、自民党はいうまでもなく、国民民主党や日本維新の会もスパイ防止法の制定を求めており、まだ法案の内容は固まっていないとはいえ、この思想選別の狙いが内包されるだろうことは十分に予想される。

レッド・パージの再来か

 「極端な思想の人たち」の排除からは、戦後民主化への反動という「逆コース」のなかで猛威をふるったレッド・パージが想起される。これは一九四九年から五一年にかけて、GHQの指令をもとに吉田茂内閣が日本共産党員およびその「同調者」を「民主化を妨げる」ものとして解雇や懲戒免職としたもので、公務員だけでなく、民間企業の労働者も対象となり、おおよそ三万人が理不尽に職場から追われた(明神勲『戦後史の汚点 レッド・パージ』二〇一三年)。

 では、現代における「極端な思想」とは何を指すのだろうか。やはり参政党代表の「たとえば昔、共産主義者がやっていた天皇制の打倒、国体の破壊とか、そういったことを言って、それを実際に計画に移したり行動するということが大事だったり、もしくはそういう団体の情報を流すということ、情報漏洩、そういったことに問題がある」として、「それをちゃんとチェックするような法律」を作らなければならない、という発言が手がかりとなる。

 この場合の「国体」とは、参政党「新日本憲法(構想案)」の前文にある「天皇は、いにしえより国をしらすこと悠久であり」とする戦前復古の考え方である。「国体」を批判したり、否定したりすることは「極端な思想」とみなされ、さらに「情報漏洩」などを名目に排除される。あるいは「日本国旗損壊罪」法案が浮上する状況からは、掲揚される「日の丸」への批判ないし無視・等閑視の行為・姿勢などまでがその対象となるかもしれない。東京や大阪などの教育現場においてなされてきた「日の丸」「君が代」への踏み絵的な処分を拡大するものといえる。それらの判断、そして思想の線引きは法の運用にあたる当局者・政府によってなされ、恣意的に問答無用でなされていくだろう。

 こうしたスパイ防止法案に埋め込まれるだろう思想選別・排除を可能とする機能は治安的観点に発している。戦前の治安維持法体制の一角を構成する各種の防諜法令が「スパイ防止」の名の下にどれほど人々の生活や思想に襲いかかったか、その実態を知ることは現在のスパイ防止法案がめざすものが何であるかを理解する一助となろう。そして本論では、戦後の為政者がつねに防諜法案を画策し、実現をめざしていたことも明らかにする。

軍機保護法の改正

荻野富士夫

(おぎの・ふじお)小樽商科大学名誉教授。博士(文学)。専門は日本近現代史。著書に『思想検事』『特高警察』(ともに岩波新書)、『検証 治安維持法』(平凡社新書)など。

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