貧困の壁を突き崩すために

宇都宮健児(弁護士)
2025/01/05

生活に困っている人の相談にのりつづけている反貧困ネットワーク理事長の宇都宮健児弁護士に、現在の日本の貧困と格差の状況と、打開への道筋を聞く。(聞き手 熊谷伸一郎・本誌編集長)

物価高騰が生活を直撃している

 ──賃金が増えないなかで物価高騰が続き、生活が苦しくなっている市民が増えています。現在の状況をどう見ておられますか。

宇都宮 深刻ですね。いま、日本の貧困率は先進諸国でも高くなっていて、OECDの中ではアメリカのほうが貧困率が高かったのですが、日本のほうが高くなり、韓国よりも高くなって、G7ではワースト1になっています。

 厚生労働省の調査によると、2021年の日本の相対的貧困率は15.4%、子どもの貧困率は11.5%、ひとり親世帯の貧困率は44.5%に達しています。国民の6.5人に1人が貧困状態に置かれていることになります。

 こういう状況は、支援の現場を見ている人なら誰でも痛感していると思いますね。反貧困ネットワークで新型コロナ災害緊急アクションという取り組みを行なっていて、みんなでSOSに応える支援活動を続けているんですけど、コロナ禍の時よりも今のほうが、生活困窮者の食料支援に並ぶ人たちが増えているんです。コロナ禍は終わったけれど、ぜんぜん人数が減らない。むしろ増えている。

 東京都庁の第一本庁舎の横で、「新宿ごはんプラス」という団体が、食糧支援を毎週土曜日にやっているんですけど、コロナ前は、そこで並ぶ人が60人から70人ぐらいだったのね。それは大半が路上生活者の人たちだったんです。それが今は700人から800人、10倍ぐらいの人たちが並んでいるんです。その大半が年金生活者のお年寄りとか、生活保護利用者になっています。

 生活保護を受けているなら食費はなんとかなるのではないかと思われるかもしれませんが、支給される金額が何度も引き下げられてきているので、保護費だけでは生活できない人が増えているんです。それからシングルマザーや非正規の労働者も並んでいます。

 私が知っている生活困窮者支援の現場は、どこもそういう状況になっています。路上生活者だけではなく、この物価高の中で賃金も年金も増えない、生活保護費は減らされてきた。だから、少しでも家計を楽にするために、何百人という人がこの寒い中で並んでいるんです。

 先日の朝日新聞に出ていましたが、東京の上野で、生活困窮者のために、ボランティアでお弁当を配って回っておるお坊さんがいます。そのお弁当の数も以前の倍ぐらいになっていて、やはり路上生活者だけじゃなくなっている、と書かれていました。そのお弁当一つをもらうために、お年寄りが、板橋から上野まで電車を使わないで歩いてきている人がいると。そういう状況なんですね。

 食料支援を受け取るために並んでいる人が増えているということは、そこに来ないだけで、同じような状況にある人がものすごい数で存在しているということだと思います。

 やはり、この物価高騰が生活を直撃しているんです。

 総選挙では与党が議席を減らして過半数割れとなりました。選挙の一番の争点は政治とカネの問題であったと思いますが、与党が大敗を喫した背景には、こういう貧困や格差の広がり、物価高で生活が非常に苦しくなっていること、物価高に対する政府の無策への怒りがあることは間違いないと思います。その怒りが裏金の問題とあわさって爆発したのが今回の選挙結果だったと思いますね。

 同じことが各国で起きています。アメリカでバイデンが負けてトランプが勝ったのも、けっきょくは、「このバイデン政権の4年間で、あなたの生活は楽になりましたか」ということだったと思うんです。民主主義や人権、多様性やウクライナ支援といったことは大事なことだけど、明日の生活をどうすればいいんだ、という人には響かない。民主主義の優等生と言われてきたドイツでも右翼や排外主義的な動きが強まっていますが、こうした動きの背景には、必ず人々の生活の苦しさがあるわけです。

 今回の日本の選挙で、与党は票を減らして大敗したけど、それで野党に票が集まったかといえば、まったくそんなことはないわけです。立憲主義も大事だし、憲法を守ることも大事だけど、働いても働いても給料が上がらない非正規の労働者とか、一食のお弁当のために板橋から上野まで歩いていく人に届く政策や言葉を、野党は真剣に考えているのか。今日の生活に困っている人、明日の生活に不安を感じている人に、真剣に向き合っているのか、そこが問われているんだと思います。

 そういう人たちに響いたのは、国民民主党の「手取りを増やす」という言葉だったわけです。これに勝る言葉はなかった。

 都知事選でも僕は痛感したんですが、無党派層や若い世代に届く言葉や政策を持っていかない限り、自分たちの仲間うちだけでわかる言葉と行動だけでは、この先も広がりを持てないでしょう。偽情報の問題などは議論が必要だと思いますが、石丸現象や兵庫県知事選、名古屋市長選の結果がなぜ起きたのか、なぜ若い世代の支持が立憲民主党や共産党などに向かないのか、それを考えなければいけない。

 僕は都知事選で蓮舫さんの応援をして、反省会でもこうしたことを言っているのですが、総括の中で取り上げられない。ひとり街宣の広がりだとか、市民と野党の連帯が深まったとか、肯定的な評価ばかりで、そういう面もあるだろうけど、総括で考えるべきはそんなことではないだろうと思うんですね。なぜ若い世代の支持を得られないのか、2位にすらなれず、ほぼ無名だった石丸氏の後塵を拝すことになったのはなぜか、そこを真剣に反省していかない限り、同じことを繰り返していくことになると思いますね。

女性や外国人の貧困が深刻

ここから有料記事

宇都宮健児

(うつのみや・けんじ)弁護士。市民運動家。元日本弁護士連合会会長。多重債務問題、消費者金融問題の専門家。一般社団法人反貧困ネットワーク理事長。

latest Issue

Don't Miss